1008 強者達
おおおおおぉ……。
「これは……」
まるで彼女の人生を走馬灯で味わったグルバヌスに新たな感動を与えていた。
彼女の死の直前まで感じられた感覚を体験したグルバヌスは、素晴らしい経験をしたと喜んでいた。
「まるで彼女の力を吸収したような不思議な感覚です」
彼女が自分の体を触っている感触も分かる、滑る様な肌触り柔らかな顔からお尻まで彼女を抱いたように興奮した。
(私の魔導に何か変化が起きたのでしょうか、それとも力を付けた魔道士に感じられる付加効果なんでしょうか)
自分の力が上がってる事は知っている、しかし今まで到達しなかった力にグルバヌスにも初体験の事ばかりで分かるはずもなかった。
(先程の魔導が私の魔導であるならもっと研究しなくてはいけないですね、もしこれを自分の物に出来たとしたら……)
自分の力の可能性に気付いたグルバヌスははっとした。
「いけません、あの魔道士を追わなければ……」
我に戻ったグルバヌスは焼き石を取り出して手負いの魔道士を捕まえる為に飛んで行った。
そのクレスは二度の導路でベストラまで飛んでいた、片足でよろめきながらも懸命に逃げてきたクレスの顔は焦りと恐怖で疲れ切り、凍らせて貰った足先から滴る水滴がなくなった時が自身の死の宣告のように感じていて、早くエスタルに帰らなくてはと気持ちだけが先行して精神が崩壊寸前にまで追い詰められていた。
「あと一回だけでも飛んでおきたい」
精神を集中させ詠唱するが、混濁する思考に言葉が詰まってしまい、地面に倒れ込んだ。
「はっはっはっはっ……」
自分の死が迫る恐怖に血の気が引いて力が入らない、この氷が溶けた時、進行の止まった闇魔法が活動を始めたらどうなるのか考えると恐ろしい。
もう自分の片足は脛まで黒く蝕まれている、これ以上の進行を抑える為には早くエスタルに帰って治療をして貰わないといけない。
「もう一度……」
クレスはブルブル震える手で詠唱に集中し飛ぶことが出来た、しかし飛んだ先に姿を現した瞬間、その場に倒れ気を失ってしまう、そこは西の街道、明るくなった街道に人の姿はなく彼女が意識を失い倒れている間に、頭上を一筋の光が通り過ぎていった。
「ふう」
明るい街道に出たグルバヌスは空に航跡が見当たらない事に、逃げた魔道士を追い越したのだと。
「逃げた方は一般魔道士、飛ぶだけの力がなく休憩に入ったのかも知れませんね」
何処で追い越したのか分からないが逃がすわけにはいかない、グルバヌスはいつ流れるかも分からない空を眺め、
「時間はまだありますね、一般魔道士ならそれ程距離は稼げないはずです」
休憩しても飛ぶ気配がなければアルステルまで地上を進もうと考えた、相手の次に飛ぶ地点に近付ければその時に抹殺出来るかも知れないし、降りた地点さえ分かればおおよその距離も測れる。
そう思いグルバヌスは腰を下ろして僅かな休憩に入った。
陽光が真上から差す時刻にクレスは目覚めた、起き上がった彼女は自分の足を見て驚く。
ランバーが掛けてくれた氷は溶け、グルバヌスの黒魔法が彼女の膝を過ぎ大腿部まで寝食し始めていて悲鳴を上げた。
「は、早く……帰らなくては」
焦りや恐怖はあったが、休んでいたお陰で先程よりも意識ははっきりしている。
「あと三回は飛べればアルステルに行ける」
彼女はせめて魔道士のいるアルステルまで飛べれば助かるかも知れないと焼き石を握り詠唱に集中した。
クレスは飛ぶと続けて詠唱を唱えて飛んだ時、後ろで誰かの声が聞こえた様な気がした。
「はぁはぁ……あと一回」
誰かがいたなんて気にしている暇もなかった、自分に時間がないこの状況で早く誰かに助けを求め、ギルドにこの事を知らせるのが自分の役目だ。
その一心でクレスは三度目の詠唱を唱えた。
「はわわ、デビさん付き合わせてご免です」
バルートは仕事をしようとフィッシング達に話を持ちかけたが、今からじゃ安い仕事しか残ってねえからまた明日だと断られ、仕方なく一人で軽い仕事でもして時間潰しをしようと思っていた所に町中でデビットと出会い一緒に仕事でもどうかと誘ったのだ。
二人は町の外で待ち合わせをして馬で西の街道へと進んでいた。
「いや良いんだよ、俺も家ばかりいると体に悪いってスグリが煩くてね、偶には外に散歩でもして太陽の日差しを浴びてくればどうですって言われたんだよ」
ははっと笑い合う二人が検問所を出て進んでいると、彼らの前に誰かが焼き石で飛んで来た。
「わっ」
バルートが声を上げた、こんな街道の真ん中に飛んでくるなんて危ないなと感じた二人は、目の前で倒れている人物を見た。
「……た、助けて、足が……」
顔を上げた相手が二人に助けを求めてきて驚く。
「……え?」
何事かと二人は見合わせ馬を下りて駆け寄ると、彼女が自分の足を指し示し不穏に感じながらデビットが失礼と言ってローブの裾をたくし上げた。
「これは……なにがあったんだい?」
二人の目には彼女の右足が腐り落ち大腿部まで黒くなっていて、デビットが彼女に聞いた。
「闇魔法で足をやられました……助けて早く治療を」
「しかしこれはもう切るしかないよ」
このままでは彼女自身の命に関わる事で、治療というより切断した方が助かる見込みがあった。
「それで構いません」
彼女もそれを承知なのか脂汗を滴らせながら答えた。
これは一刻の猶予も無いと感じたデビットはバルートに目配せをして、
「バルさんこの部分だけを凍らせてくれないかい?」
と彼女の足を示し、バルートははいですと答えた。
浸食する足をバルートが魔法で瞬時に凍らせると、デビットが真空の風を作り彼女へ狙い通りの場所に当てた。
ズバッよりもザクッの方が合ってるのか、血飛沫も飛ばずに切り離された足がゴロンと彼女から転げ落ちる、それに悲鳴も上げない彼女は痛みを感じなかったのか一言も発せなかった。
「もうこれ以上の寝食はしないよ、足は凍らせてあるからまだ痛みは感じないだろうけど、溶けた時には覚悟した方が良いよ」
「……有り難う」
消え入りそうなか細い声で感謝を述べる彼女は、今にも気絶しそうな程に顔色は青白く、必死で意識を保っているのが分かった。
「けど一体誰にやられたんだい?」
「それより……私をギルドまで、連れていっ……」
そこで彼女は意識を失いぐったりと倒れ込んだ。
「おいっ、しっかりして」
「デビさん、このままじゃ危険です、一旦僕ん家に連れて行くです」
「そうしよう」
と一陣の風がデビット達を遅う。
「それは困るんです、その人を置いて行くなら貴方達は見逃してあげますよ」
振り向いたデビット達の前にグルバヌスが立っていた。
「!」
瞬間、デビットの形相が変わった。
あのローザン街道で対決した時以来の再会に表情が険しくなる。
「……グルバヌス」
デビットのいつもの軽そうな声ではない低い声に吃驚したのもあったが、それよりも彼が言った言葉にバルートは驚いた。
「えっ、グルバヌス?」
「ほう、私の顔を見て知ってるとは驚きですね貴方は誰ですか?」
「何度も会ってるが覚えてないのか、ローザンでお前にやられた魔道士だ」
グルバヌスはデビットの言葉に思い出そうと考え込み、ぽんっと手を叩いた。
「おおっあの時の魔道士でしたか、確か剣士と一緒に崖に落ちて死んだと思ってましたが生きてたのですね、それは僥倖……それなら分かってるでしょう力の差というものが、その人を置いて立ち去ってくれますよね」
ゆらゆらと体を揺らしながらグルバヌスが言う。
「バルさんその人を連れて逃げよう」
デビットが囁くように素早くバルートに告げた、だがバルートの目はグルバヌスに釘付けになっていてデビットの声が届いていなかった。
(あれがグルバヌス……マルさんを追いかけている魔道士)
初めて出会ったのに前に一度感じた事がある感覚、魔導師バルグのように強大な力ではないまた違う異質で嫌な感じがする。
(皆が気持ち悪がっていた理由が分かったかも、でも……)
バルートはグルバヌスに対して気味悪さはあっても不思議と怖さが湧いてこなかった。
「デビさんはその人と僕ん家に行って下さいです、僕が時間を稼ぐです」
「バルさん危険だ、それは出来ない」
「大丈夫です」
バルートがこれ程きっぱりと言った事にデビットは息を呑んだ。
これまで弱気だったバルートがこれだけの発言をした事に、彼の自信と実力を信じてデビットは分かったと一言告げるとクレスを抱き上げ馬に乗せた。
「全くギルドの人達は……私がどれだけ優しい人間か分かって頂けないようで困ったものですね」
グルバヌスが黒球をデビットに投げつけると、それをバルートが光球で消滅させた。
「させないです」
バルートの言葉にグルバヌスの顔が怒りに満ち始める。




