1007 激闘の快感
「あぁ……これはディアンドル様に申し訳無い事をしてしまいました」
グルバヌスの中でやっと辻褄が合ったのだ、何故私がギルドに目を付けられたのか、ディアンドルが告げ口を言ったわけではなかった。
崖崩れを不審に思ったギルドがあれだけの大事故を起こせる者を考えれば野良しかいないと考えたのかと、しかしまだ私が野良というだけで犯人と思うにはまだ足りなかった。
「しかしおかしいですね、それだけで何故私が崖崩れを起こした犯人とは断定できないでしょう、確かに私はディアンドル様とお話にローザンまで行った事は認めますが、それだけで私が犯人とされるのは納得出来ませんね」
「それは今でもマルティアーゼ様を付け狙っているからではないですか、これまでマルティアーゼ様の周囲の者を傷付けていたではないですか、そこに大公夫妻の死と不審な崖崩れを考えれば犯人は貴方以外出来る者はいないでしょう」
「ですが状況証拠だけで他の野良がした事ではないですか?」
「野良魔道士が魔導と関係のないローザン大公を殺す理由はなんでしょうね、もし貴方に理由はなくともローザン王に理由があるとしたらどうですかね、ローザン王の為に貴方が手を貸していたとも考えられます」
「それもただの推測でしかないです」
「ええそうですが、この事をローザン王に直接聞けば分かる事です、それともエストラ王に貴方がローザンに行ってる理由を聞いた方が良いですか?」
「…………」
ゴゴゴゴッ、グルバヌスの魔力の高まりにランバーは正解を引いたと確信した。
(ローザンとの繋がりを知った事でギルドはもう私が犯人だと断定しているのですね……)
例え状況証拠しか出て来なくともローザンとの繋がりを知ってしまったからには生かしておく事は出来ない、相手はローザンから出て来た人物が私だという事を今知ったばかり口封じをするならこの機を逃していけないと思った。
(来るか)
グルバヌスが手を胸に上げたのを見てランバーも同じように手で印を結んだ。
突然、周囲の砂が巻き上げられ渦となった風が三人を襲う、そこに地面から盛り上がった土の壁が突風を防ぐ。
「私達も手伝います」
クレスとトロイもランバーの援護に加わり、クレスは火をトロイは光の球をグルバヌスに投げつけた。
「そんな攻撃で私は止められませんよ」
一般魔道士の魔法に脅威すら感じないグルバヌスは、詠唱短縮で出した黒球で二人の球を打ち消した。
「くっ、やはり力の差が……」
「ここは私が相手をします、貴方達はギルドに報告を」
「その様な事は出来ません、トロイさんだけでも帰還を」
「私だけが帰るなど……」
三人が言い合いをしているのをグルバヌスは笑った。
「帰れると思っているとは呑気な方ですね」
黒球を生成するとランバーは水球を作り、お互い同時に投げ合った二つの巨大な球が荒野で弾けて混じり合った。
辺りに腐敗臭が漂い三人の顔が歪む。
「早く帰還しなさい、命令です」
ランバーが悪化する状況に声を上げると、クレス達は焦った顔で仕方ないとトロイを目配せをすると道路を開いた。
「ランバー様お気を付けて」
と、クレスが言うと、
「逃がすとお思いですか」
グルバヌスが無数の黒矢を二人に向けて飛ばした。
「させません」
ランバーが砂壁で防ごうと地面から伸ばしたが、黒矢の数本がすり抜けクレス達を襲った。
きゃあ、うわあっ。
クレスの太股にトロイの脇腹に黒矢が刺さり悲鳴を上げた。
ドロリとトロイの脇腹に穴が空いた瞬間、彼は口から血を吐き倒れた。
「トロイ!」
ランバーの声は既にトロイには聞こえていなかった。
腹部は大きく抉られたように黒く広がり、彼の内蔵や骨までもじわじわと溶けながら白い煙が立ち昇り、死んでも尚ゆっくりと蝕んでいく闇魔法の恐怖がそこにあった。
「ひいいぃ」
そしてもう一人、傍らで倒れ込むクレスは溶けていく自分の右足に恐怖の顔を浮かべていた。
足首に刺さった黒矢が彼女の足首を黒く染め、痛みを感じる事無く分離した自分の足を見て悲鳴を上げた。
「ふんっ」
ランバーが素早く彼女の足に向けて氷の矢を飛ばし彼女の足を凍らせた、すると溶けるいた足の進行が止まる。
「行きなさい、その氷が溶けるまで死に物狂いで飛び続けるのですよ」
消え入りそうな導路を見て、クレスは片足で立ち上がり導路に身を投げ入れた、それと同時に青い通路が荒野から消失した。
クレスの姿が消えたのを確認して、
「これで貴方も終わりですね、ギルドが知ればエストラにも知る事となるでしょうね」
「……何度も言いますが、私が貴方達を帰すとお思いですか、貴方を殺してから追えば簡単に追いつけますよ」
「そう簡単に私は殺せませんよ」
暁から黎明へ、荒野を照らしていた月が姿を消し始め、まだ見ぬ太陽が少しずつ遠くから二人をほのかに明るく照らし始める。
荒野で向かい合うグルバヌスとランバーはお互いの素顔が朧気に認識出来るかという明るさで睨み合っていた。
「では全力で行かせて貰いますね」
パシンッと両者手を叩く音が響き詠唱を唱える、グルバヌスの周囲が爆発したように砂塵が舞い上がり上空に飛び上がると、ランバーは無数の水矢を上空に向けて飛ばした。
グルバヌスはすかさず黒球を飛ばし、飛んで来る水矢が黒球に吸い込まれる様に消えそのままランバー目掛けて急降下していく。
「ふんっ」
とランバーが土壁で身を守る攻防戦、両者の詠唱速度や魔力は互角に見えた。
空中と地上で次々とお互い得意な魔法の攻撃と防御と、瞬時に状況を見極め一瞬の迷いが致命傷となる魔道士の戦いが行われた。
中級のランバーの出す氷の魔法が夜明けの光に反射してキラキラと荒野に夜空を作り出しているように幻想的で、それをグルバヌスの闇の魔法が掻き消すように荒野を黒く塗りつぶしていた。
死力を尽くした魔法合戦も永遠に続くはずもなく、蓄積されていく疲労はお互いの表情に表れ始める。
はぁはぁ、飛び回るグルバヌスを追うランバーが先に息を切らし始めていた、上空という広い空間で攻撃を避けられ、こちらが移動出来る距離なんてたかが知れている範囲しか移動出来ず狙いを定められやすく、身を守る為にグルバヌスよりも魔法を使っていた。
「どうしました、動きが鈍くなってきましたよ」
間髪入れずに打ち込まれる魔法にさしものランバーの集中が落ち始める、そこを見逃さないグルバヌスではない、足の止まったランバーに向けて突風を吹き付けると彼女は両腕で顔を覆った。
「これで終わりです」
巨大な黒球を投げつけたグルバヌスが歪んだ笑みを浮かべる、獲物の隙を見つけた勝利の笑みだった。
頭上に落ちてくる黒球にランバーが反応して水球を生成して投げつける、しかし出来た水球はグルバヌスの黒球よりも小さく相殺する事が出来なかった。
「ああっ……」
ランバーの軽い悲鳴が黒球によって覆い被された刹那、グルバヌスの中に彼女の意識が流れ込んできた。
「おおう……おおぉぉ、なんですかこれは」
不意に流れ込んできた映像、思考に飛んでいたグルバヌスは驚き魔導を解除してしまい地上に落下した。
砂地に落ちたグルバヌスは全身の痛みに耐え身を起こすと、辺りには静けさが戻っていた。
ランバーが立っていた場所には黒い水溜まりだけが残り、彼女の姿は見えなかったので勝った事は理解できたが、彼女の死の間際に流れてきたあれは何だったのかとグルバヌスは呆然としていた。
「今のは彼女の魔法……なんでしょうか、いやいや彼女の意識のようでした」
交わった魔法みたいにランバーの意識がグルバヌスの中に溶け込むように入ってきた。
彼女の思考、感覚が混じり合い自分が自分でなくなってしまった浮遊感、一瞬、彼女になったように身体の感触さえも感じられていた。
「おおおおぉぉぉ……」
初めての感覚にグルバヌスは咆哮を上げる。
えも言われぬ快楽にグルバヌスの全身は震え恍惚の中にあった。
「これはもしや……私の新しい魔導」
相手の体に染みこんだ闇の魔法によってもたらされた効果なのかとグルバヌスは思った、それが本当ならなんて素晴らしい魔法なんだと彼は喜びの声を上げて笑った。
意識の同化、相手と交合えるなんてこれ程の興奮はないと感じた。
「ふふふっ、もっと魔導について勉強しなくては……」
荒野で一人、グルバヌスは下半身を濡らしながら恍惚の笑みを浮かべて余韻に浸っていた。




