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「ランバー様、航跡がありません」
エスタルの上空高くを流れる航跡からアルステル方面に行くと踏んだランバー達も同じようにアルステルの首都まで飛んで来たが、導路から出て来て直ぐに上空を確認してのだが、夜空の何処にも航跡が見当たらなかった。
「方向は合ってたはずです……」
クレスが言う。
導路の欠点は方向しか分からない事である、距離は飛んで行く高さで測るしかなく、それに人それぞれ焼き石をする場所も違うので遠ければ遠いほど距離を測るのは難しくなる。
「もしかしたらエスタル、アルステルの何処かの町に住む魔道士かも知れないですね」
「しかしあれだけの力を持つ者ならギルドが把握しているのではないですか、首都には力を持つ者がいるのは知ってますが……」
ランバーの言葉にトロイが答える、つい最近アルステルのバルートと会ったばかりのトロイは彼の住む場所を知っている、しかし首都まで航跡が来ていないとすればその手前の何処かの町で導路を出たに違いないのだが、上位魔道士の存在をギルドが把握していないはずはない。
「野良ならまた何処かで飛ぶはずです、交代で休憩しておきましょう」
「ではランバー様はお休み下さい、ここは私達だけで見張っておきます」
とクレスが言うとランバーは頷き、
「そうさせて貰うわ」
相手が何処まで行くのか分からない内はなるべく体力を温存させておきたい。
三人は着替え等の手荷物など一切持ってきてないので、なるべく下草がある柔らかい場所を探して地べたに腰を下ろしたランバーはそのまま体を横たえた。
夜が明けるまでの間、クレスとトロイは数刻交代でアルステルの北の夜空を何も言わずに眺めていた。
(ランバー様の言ったとおりこの辺りに住んでいる上位魔道士なのか)
薄らと周囲の景色が朧気に輪郭が浮かび上がってきた時、南西に一筋の光をトロイが見つけた。
「あっ、飛んだ! ランバー様、クレスさん」
立ち上がったトロイが声を上げ、横になっている二人を呼んだ。
「南西に飛んで行きました」
「此処から?」
二人が驚き空を見上げると、確かに航跡が南西に向けているのを見つけた。
「此処からなら西の街道しかありませんよ」
クレスの言う通り、西には広大な森と西の街道しかない、その方向に飛ぶとなれば野良魔道士か沿岸州に向かう者しかいないと言う事だ。
「兎に角西の街道に飛びましょう」
袋から取り出した焼き石に詠唱すると、三人は急いで導路に飛び込んで行った。
ランバーが飛んだ先は西の街道の酒場近く、しかし出て来たクレスが空を見ると航跡はまだ西へと伸びていた。
「ランバー様、まだかなり西に飛んでいるようです」
「この方向なら相手は森に飛んだようではなさそうですね、それなら……」
がさごそと袋から取り出した二つの焼き石を手に、
「一気にベストラ国手前まで飛びましょう、そこで再度確認です」
クレスとトロイはその言葉に冷や汗を覚えた、簡単に飛ぶと言っているが一般魔道士なら西の街道を越えるだけで一日が潰れてしまう程の距離だ、それをアルステルから西の街道を飛び越え沿岸州まで飛べるだけの魔力に、流石は中級魔道士だと尊敬した。
「ランバー様、もしや相手は……」
クレスがランバーに問う、それに彼女は軽く頷き同意するだけで何も言わず、二人が何か無言で確かめ合った事についてトロイは追求せず二人に続いてベストラに飛んだ。
「国帰るのが早すぎても本当に偵察したのかと思われないでしょうか、まぁ今日はディストレア辺りで泊まって考えるとしましょう」
西の街道に飛んで来たグルバヌスは何も無い街道上で今日の宿泊地を考えながら飛んで行く。
エストラを出てからまだまだ十日も経っていないのに、国に報告をしに帰っては余りにも早く簡単に情報を手に入れた事を疑われては困ると思った。
もうすぐ夜が明け、人々が動き出す前にディストレアに飛んで今日一日はゆっくりしようかと、追われている事も知らずに呑気に考えていた。
ディストレア、ムングロと連続で飛び終えたグルバヌスはふうっと息を吐く。
「さて、何処かの宿に泊まりましょうか」
グルバヌスは周囲を確かめる、すると頭上に魔力の航跡が流れた。
「誰かが飛んだようですね」
それが自分を追いかけてきたランバー達だとは分からない、その航跡の描く先を眺めてグルバヌスは少し考え込んだ。
「……」
(メラルドに向かう人なんでしょうか……)
近年、沿岸州に来る魔道士は昔ほど珍しくなくなった、しかしメラルドに来る魔道士は多くはないが偶に見かける様にはなっていた、というもの魔道士が来る理由は建築観光ぐらいしか興味を引く物がないからだった。
崇拝する初代メラルド王の為の国と言っても良いぐらいに礼拝堂が多く、人々は毎日朝晩のお祈りに行列を作る風景が有名で、それを見に来る観光客に向けての土産物や初代メラルド王がどの様に建国したのかを書いた書物が売られているぐらいである。
(まだ珍しい国だと見に来る人がいてもおかしくはないのですが、もしこの先まで行ったとしたら後はもうキエヌ、エストラしかないのですよ、ギルドの件がありますしね……また誰かを送り込んできたなら厄介な事になりそうです)
嫌な感じがしながらもグルバヌスは宿に泊まり、その日はゆっくりと体を休ませる事にした、ローザンから此処まで間に短い休憩を挟んで飛んで来たのだ、流石のグルバヌスでも疲労があったので、寝台で死んだ様に日付が変わる夜中まで眠り続けた。
時間は夜中になってしまったが気力十分、喉を潤し体をほぐすと、
「さて眠気もないのですが外は真っ暗ですね……」
何もする事が無い、瞑想で時間を潰すのでも良かったが昨日の事が気になり夜中だが出発しようかと思い立つ。
宿泊代が前払いで良かったと思いつつ詠唱を唱えた。
人が夢見る頭上を飛び越えてメラルド街道まで飛んだグルバヌスは、東の空を飛んで行く魔力の航跡に、
「エストラに……やはり誰かがやって来た見たいですね」
と直ぐに詠唱を唱え後を追った。
ランバー達はまたもや航跡が飛んでこなくなったのでメラルドで待機していて、一日の殆どをそこで過ごしていた。
ランバーとクレスにはおおよそ相手の素性に確信を持っていて先にエストラで待機していても良かったが、あえて現場を押さえる為にメラルドで待っていた。
夜中に見えた航跡に三人は直ぐに容易していた焼き石で飛ぶ、だがこれが三人にとって最悪の状況となってしまったのである。
三人がエストラに到着した場所は国の西端の町の郊外で、暗い荒野で何も無い場所だった、町は視界に入るぐらいの距離だが今は夜中、明かりのない町は暗闇に溶け込んでいて視認は出来なかった。
「ここに飛んで来たなら私達の予想通り……」
クレスがそう言うと、彼女達の後方に航跡が降り立った。
「なにっ!」
ランバーの持っていた焼き石とグルバヌスが付けた焼き石の印の場所が偶然にも近い場所であった事に驚く。
姿を現した彼を見て三人は身構えた。
「私は何故こうも不測の事態に直面してしまうのでしょうか」
「……」
意味が分からない言葉に三人は言葉を呑む。
ゆらゆらと砂の大地をこちらに歩いてくるグルバヌスが発する声が、風に乗って三人の耳に届いてくる。
霞んだ声に孕んだ怒気、低音だが恐ろしく怒りに満ちていた。
「あれほど放っておいてくれれば何事もなく済んだというのに、どうして貴方達は私に構うのでしょう」
暗闇の荒野にその存在感ははっきりと分かる黒衣の魔道士は三人の前まで歩み続け立ち止まると、
「言ったはずです、次に見つけた場合は容赦しませんよと、それを承知でここに来たのですよね」
「やはり貴方だったのですね、ローザンとの繋がり確認しましたよ、貴方とローザンとの関係を説明して貰いますよ」
とクレスがグルバヌスに問うた。
「……ローザンから付けてきたのですか、ディアンドル様は魔道士の入国は禁止したと言っていましたが、ギルドが侵入していたとはこれは国際問題になりますね」
「貴方がそれを言うのですか、私の耳には色々と情報は入っています、大公夫妻の事故現場が不審な崩れ方をしていた事も、あれは貴方がした事だったのですね」
ランバーがそう言うと、グルバヌスの喉からくぐもった笑いが起こる、暗くて見えない彼の表情がどれだけ気持ちの悪い笑顔をしているのか想像出来る程に、その嘲笑は三人に恐怖を植え付けていた。




