1005 追跡
その殺気に言いしれぬ不安を感じたのか、ディアンドルは瞬間、窓に振り向く。
闇夜の外、黒い景色の中に溶け込むように何かが立っているのに気付いて、軽い悲鳴を上げた。
「ひっ、誰だい!」
ディアンドルが驚くのも無理はなかった。
此処は城の最上階、誰かに侵入されるなんて事は考えられない場所だった、魔道士の入国も禁止にし、唯一人グルバヌスが来る事が出来る離宮から王室へと部屋も移動しているのである。
こんなに高い場所に侵入されるとは思っていなかったディアンドルが気を許していた自分に腹が立ち、窓に向かって叫んでしまった。
暗闇の中空に赤い光点が二つ、こちらに光を放ちながら漂っていたので咄嗟に彼女は羽織る物で身を隠した。
睨み合う二人の間に時間が流れる、すると窓が静かに外側に開き闇が人の形を作って部屋の中へ入ってこようとして、身構えたディアンドルは兵士を呼ぼうかと息を吸い込んだ。
「私ですよディアンドル様」
その声にディアンドルははっとする、聞き慣れた嫌な声、それを聞いた途端、彼女は冷淡な言葉で返した。
「何故ここにいると分かった」
「それはもう国王になられたのですから部屋が変わったと考えるのが普通かと」
「何しに来たんだい、もうお前の出番はないんだよ、まさかマルティアーゼが手に入らなかったから私を抱きたくなったとか言うんじゃないだろうね」
姿を現したグルバヌスを見て冷静を取り戻したディアンドルは、いつものように凜と張る声で罵倒を始めた。
「ご冗談を……私はディアンドル様にお聞きしたいことが御座いましてきたのですよ」
「ふんっ、お前如きが私に質問だと?」
「ええっ、エストラにギルドの密偵が私の調査に来たんですよ、何故かはお分かりですよね」
「馬鹿を言うね、私が知るわけがないじゃないかい」
ディアンドルは呆れた様に言い放つが、グルバヌスは尚も追求を辞めなかった。
「この時期に私の所にギルドが来る理由が見当たりません、こちらで何かが起きたはずです、それを知るのはディアンドル様お一人なのですよ」
「ふんっ、そういう事かい……私がお前をエスタルに売ったと思ってるんだね、ふはははっ、私がそんな事をすると思うのかい、
グルバヌスが来た理由を察したディアンドルはふざけた事を言うんじゃないよと窘めると、
「それで罪をなすりつけてもお前が私と共謀したと言えばこちらにも飛び火するんだよ、ローザンを魔道士の入国禁止にしてまで安全を期しているというのに、わざわざ自白するような真似をするはずがないじゃないかい」
そう言われたらぐうの音も出ない、冷静に考えればディアンドルの言い分は筋が通っていて当然出てくる流れに聞こえた。
グルバヌスからすればディアンドルとの共有の問題だけに、彼女が何か情報を漏らしたとしか考えられず、あの時は絶対そうだと思っていた、それが違うとなれば一体誰がと、グルバヌスは必死に思考を巡らせだ。
「では何故ギルドが私の調査を始めたのか分かりません、何かがあったのは確実なのです、一体こちらで何が起きたのかお教え下さい」
「私を疑うとは良い度胸だね、こっちはローザンを私の国にする為に忙しくしていたというのに……おぉそうだ、街道が復旧してすぐにマルティアーゼがやって来たよ、勿論、我が国に入れる様な事はせず追い返してやったけどね」
「えっ……マールさんが」
「お父様達の墓前で祈りを捧げたいとやって来たみたいだけどね、国を裏切った反逆者として二度とローザンに足を踏み入れるんじゃないと言っておいたよ」
北方を離れている間にローザンにマルティアーゼが戻って来たと知ってグルバヌスの鼓動が高鳴った。
(エスタルで守られて出てくる事はないと思っていたのに、どうして私が居ない時に限ってマールさんがエスタルから出てくるんですか)
「その時に何か事故についてお話しましたか?」
「言うわけないじゃない、全てはお前が招いた所為だと言ったぐらいだよ」
ディアンドルの言う事が本当なら自分に疑いが掛かるような事はないはずで、ギルドがどの様な理由で疑い始めたのか分からなかった。
「ディアンドル様の言い分を信じるとしましょう、ですがギルドが私に狙いを定めてきた事は事実、もしもの時の事をお考え下さい」
「私に指図するつもりかい、今はお前の方が疑われているんだろう、お前の方こそ私に疑いが掛かるような事をするんじゃないよ」
と少し苛々したようにディアンドルはグルバヌスを睨んできた。
「勿論私の方もここまで来れば後戻りは出来ません、見つかる様な事があれば隠滅を図るしかありません」
「いいかい、もうここに来るんじゃないよ、お前との計画は破綻したんだ、これ以上の接触で変な疑いが掛かっちゃ堪ったもんじゃないんだよ」
と、もう彼女からすれば取りあえず国王になるという目的は達成し、これ以上のグルバヌスとの繋がりはなくした方が得策で、マルティアーゼに対する策も既に実行してい最中でもある。
ディアンドルにとってもうグルバヌスは用済みと言う事でもあり、突っぱねる言葉を彼に投げかけた。
「今後はお互い無関係という事ですね分かりました」
そしてグルバヌスにとっても彼女とこれ以上つるんでいてもマルティアーゼに会う事が出来ないのであれば、意味のない関係は早めに解消しておいた方が良いと思った。
お互いの関係を解消したグルバヌスはローザンを出る、しかしその様子を城下町から見ていた者がいた。
城の尖塔から流星のように流れていく魔力の流れに、
「見ろ誰かが導路で飛んだぞ……やっぱり間違いじゃなかったんだ」
それは密かに平民としてローザンに送り込まれていたギルドのロウとダブレスだった。
エストラの調査の失敗後に二人に与えられた仕事がローザン王国での調査だった。
次は魔道士の観察ではないと聞いて、先に調査に行っていた魔道士の交代要員としてやって来たのに、偶々城の周辺をうろうろしていたダブレスが城の中へと繋がる魔力の痕跡を見つけ、ロウを呼び二人で辛抱強く城を眺めていたのだ。
「おいっロウ、追いかけるぞ」
「分かった」
二人は夜の空に流れる魔力の痕跡を追って直ぐに導路を開いた。
「まだ続いてるぞ」
一度目の導路から出て来た場所から空を見るとまだ痕跡は夜空に続いており、もう一度導路で飛んだ、しかし痕跡の消える様子はなく、
「なんて長い導路だ……これは俺達より上位の魔道士だぞ」
ダブレスが言う。
「この方向だとサスタークみたいだ、交代で導路を開いて先回りして見よう」
相手が上位の者なら導路で飛ぶ距離が一般より段違いに長い、下手をすれば二度飛ばれただけで追いつけなくなる距離となってしまう、なのでロウは方向を見て先回りした方が良いと考えた。
「よしじゃあ先にサスターク入りしよう」
交代で導路を開きサスターク郊外まで飛び続けた、一回の距離が長くてもこっちは二人だ、ろうとダブレスは導路から出る徒素早く飛んで来た空を眺めた。
「痕跡はまだない、先行したみたいだな」
「いや、そっちじゃない、こっちだ」
ロウが南東の空を指差すと遠くに流れる軌跡を見つけた。
「サスタークじゃないのか、南に向かってるぞ」
「これじゃ俺達だけじゃ無理だ、一旦ギルドに戻って報告しよう」
「そうだな、ロウ行けるか?」
「頑張ってみる」
ロウが導路を開いたが彼の顔は疲れで焦燥しきっていた、このまま二人ともぶっ倒れてしまえばこんな重大な情報を手放してしまう失態に繋がってしまう、ここは俺達よりももっと上位の魔道士に頼んで追って貰う方が得策だと考えたのである。
エスタルに着いたダブレスはロウに肩を貸してやりながらギルド本部へと戻り、ことの経緯を素早く報告した。
「それなら私が行きましょうか」
と申し出て来た人物に本部の魔道士が驚く。
「ランバー様」
長身で細身の体に長い髪を靡かせた女性だった。
「急を要する様ですので私が行きますよ」
「ランバー様は中級です、許可なく行かれてはこちらが怒られてしまいます、直ちに許可を頂きますので少々お待ち下さい」
「こんな夜中に起こすのも気が引けるでしょう事後報告で良いですよ、それより痕跡が消えてしまっては追跡も出来なくなります、クレス、トロイ部屋から私の袋を持って付いてきなさい」
常駐していた二人に付いてくるよう伝えると、二人は急いで奥の部屋から彼女の言った袋を取りに行った。
「はい」
二人が重そうな袋を担いできて三人は外に出た。
「あれですね」
ランバーが夜空を見てそう言った、真夜中に光る魔力の筋を見つけると袋から取り出した焼き石で道路を開いた。
「では行きますよ」
「はい」
三人が導路に消えると、本部では慌ただしくなる。
「あの袋、焼き石ですか?」
とダブレスが本部の魔道士に聞いた。
「ランバー様の趣味ですよ、色んな各地に出向いては焼き石を集めるのが趣味だそうで、殆どの国や変わった場所の焼き石を持ってるとか言ってましたね」
「凄えな……そうだロウ大丈夫か、こいつを休ませてやんねえといけねえや」
ダブレスとロウの二人は、俺達の役目はここまでで後は上位者に任せようと本部の休憩所で休もうととぼとぼと歩いて行った。
急な夜中の追走劇にギルドが活気付く、魔道士入国を禁止したローザンが魔道士との繋がりがあった事実は翌朝ファリスの耳に届く事になった、しかも相手はかなりの力を持った魔道士である事実に、誰がローザンと接触しているのかその正体に関心が集まっていた。




