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異世界エンゲージ ~毎日のパック開封でカード使いは帰還を目指す~  作者: アトラス


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第2話 波乱の玉座

 その問いに答えられる者は、結局その場には誰もいなかった。


 魔導拘束具が砕け散ったあと、陸翔は詰所の奥にある狭い仮眠室へ移された。鍵つきの部屋ではあったが、牢というほど物々しくはない。ただ、扉の外には見張りが二人つき、窓には鉄格子がはまっていた。


 扱いとしては、客人ではない。

 かといって、ただの罪人とも違う。


 その曖昧さが、かえって落ち着かなかった。


 粗い毛布にくるまっても、眠気は来ない。

 目を閉じるたびに浮かぶのは、異世界の路地裏でも、砕けた首輪でもなく、薄暗い部屋の中で顔を上げた妹の姿だった。


 ――昼までには戻る。

 ――待ってる。


 あの約束から、どれくらい時間が経ったのか。


 わからない。


 時計はない。スマホもない。この世界と元の世界で時間の流れが同じなのかどうかも知らない。

 もし向こうでもそのまま時間が過ぎているなら、もう昼を回っているかもしれない。夕方かもしれない。あるいは、もっと。


「……くそ」


 小さく吐いた声は、自分でも驚くほど弱かった。


 帰らなければならない。

 そのためには、この世界のことも、自分のことも、知らなければならない。


 わかっている。わかっているのに、焦りだけが先に喉を締めつけてくる。


 ようやく浅い眠りに落ちたのは、夜がずいぶん更けたあとだった。


     ◇


 翌朝。


 まだ空気の冷たい早い時間に起こされ、陸翔はエランテルに連れられて王城へ向かった。


 王都の中央にそびえる城は、遠目に見たときよりずっと巨大だった。白い石壁は朝日を受けて淡く光り、幾重にも連なる塔のあいだを旗がはためいている。門をくぐるたびに兵の数が増え、いよいよ逃げ場がなくなっていくようで、胃の奥が重くなる。


 隣を歩くエランテルは、昨日と変わらず無駄のない足取りだった。


「……あの」


「なんだ」


「俺、本当に王様に会うんですか」


「だから連れてきた」


「もっとこう、事前に心の準備とか」


「している暇があるように見えるか?」


 ない。

 即答され、陸翔は黙った。


 しばらく歩いたあと、どうしても気になって口を開く。


「……昨日の首輪の件、やっぱり俺、相当やばい感じですか」


「少なくとも、普通ではない」


「普通じゃないやつを王様の前に出して大丈夫なんですか」


「だから私がついている」


 それは保護の意味なのか、処刑前の見張りなのか。

 聞く勇気はなかった。


 やがて大きな扉の前で足が止まる。左右に立つ親衛の兵が、槍の石突を一斉に鳴らした。


 重厚な扉が開く。


 陸翔は、思わず息を呑んだ。


 玉座の間は、想像していたより華美ではなかった。

 広い。高い。静かだ。磨き上げられた床に朝の光が差し込み、その先、数段高い場所に玉座がある。左右には鎧をまとった親衛兵たち。誰一人として微動だにせず、ただそこに立っているだけで場の空気を張りつめさせていた。


 そして玉座に腰掛けていた男は。


「面を上げよ」


 よく通る、しかし必要以上に威圧しない声だった。


 年は四十代半ばほどに見える。金の混じった濃い茶髪、広い肩、通った鼻梁。いかにも王らしい豪奢さはあるのに、どこか豪胆な軍人じみた気配もあった。

 ただ何より目を引いたのは、その目だ。


 鋭い。

 だが、切れすぎて人を値踏みする刃物のような鋭さではない。面倒事を見慣れた者の、疲れと諦めと、それでも見誤らない意志が混ざった目だった。


「王にしてカルディナンドの統治者、ベルグリンド・ディン・カルディナンド陛下の御前である」


 脇に控えた文官が告げる。


 その名前を聞いた瞬間、陸翔の脳裏にカードの絵柄が浮かんだ。


 波乱王ベルグリンド・ディン・カルディナンド。

 コスト3。親衛隊と組ませると妙に盤面が安定する、地味に嫌らしい王カード。

 フレーバーテキストは、たしか。


 ――それなりに統治、それなりに人材を見抜く。決して愚者ではない。ただしその人生にはいつも波乱があった。


 うわ、本人だ。


 そんな感想が頭をよぎった自分を、陸翔は心の中で殴りたくなった。

 相手は王だ。ギャリモンのカードじゃない。いや、カードだったのかもしれないが、いまは現実の王だ。


 玉座の下、少し離れた位置には、見たことがある人物がいた。


 長い黒衣。細身の体。白すぎるほど白い指先。

 年齢の読みにくい男だった。面立ちは整っているのに、血の通っている感じが薄い。微笑んでいるようで、目だけがまったく笑っていない。


 その男が一歩進み出る。


「陛下。例のシーカーです」


 声まで柔らかい。


「内務大臣、ヴェルミ・バン・ハイデンが補足いたします」


 その名を聞いた瞬間、陸翔の背中を冷たいものが這い上がった。


 異聖の使徒 ヴェルミ・バン・ハイデン。

 コスト4。

 全てを破壊し、異聖の神に捧げる。降臨せよ。蹂躙せよ。


「うわぁ……」


 思わず漏れた。


「何か言ったか?」


 エランテルの小声が飛ぶ。

 陸翔は首をぶんぶん振った。


 いや待て。よりによって最悪寄りのやつじゃないか。

 見たことあるどころか、対戦相手に使われると盤面がぐちゃぐちゃになるタイプのカードだ。しかもフレーバーテキストが最初から物騒極まりない。


 そんなやつが、大臣?


 笑えない。


 ベルグリンド王が腕を組んだ。


「まず名を」


「神崎、陸翔です」


「カンザキ・リクト。こちらの言葉はわかるのだな」


「はい。能力のせいみたいです。『言語の加護』って表示があって……」


「表示、か」


 王の目がわずかに細まる。


「では問おう。そなたは何者で、何を望む」


 玉座の間が静まり返る。


 ここで妙な取り繕いは逆効果だと、陸翔にもわかった。

 深く息を吸う。


「何者かと聞かれても、自分でもよくわかりません。昨日まで普通の高校生でした。祖父の家で見覚えのないカードに触れて、気づいたらこの世界の路地裏にいて……」


「高校生、とは?」


「ええと……学生です。学ぶ立場の人間で」


「なるほど」


 王はうなずいた。完全に理解している顔ではないが、話を切らない。


「望みは」


 その一言には、迷わず答えられた。


「元の世界に帰ることです」


 ざわ、と空気が揺れた。


「理由は?」


「妹が、待ってるからです」


 玉座の間の何人かが眉をひそめる。

 だが、陸翔は目を逸らさなかった。


「昨日、約束したんです。昼までには戻るって。だから帰らないと困ります。……いや、困るじゃ足りない。帰らないと駄目なんです」


 少しの沈黙。


 ベルグリンド王は、ふっと息を吐いた。


「少なくとも、欲望を飾る手合いではなさそうだな」


 ヴェルミがやわらかく口を挟む。


「あるいは、そのように装う程度の知恵はあるのかもしれません」


 その声音は穏やかなのに、ぞっとするほど冷たかった。


「陛下。エランテル隊長の報告によれば、この者は魔導拘束具を破壊したとのこと。事実なら、危険性の確認が先です」


「うむ」


 王が顎を引く。


「測れ」


 短い命令だった。


 親衛兵がひとり進み出て、銀の台座と細長い水晶柱を運んできた。床に置かれたそれは、表面にびっしりと術式の文字が刻まれている。


 エランテルが陸翔の背を軽く押した。


「前に出ろ」


「これ、何をするんですか」


「能力測定だ。死にはしない」


「“たぶん”がついてないだけまだましですね……」


「余計な口は閉じていろ」


 台座の前に立たされる。

 親衛兵が無表情のまま告げた。


「両手を水晶柱に触れさせろ。力を抜け」


 陸翔は言われるまま手を置いた。


 冷たい。


 その瞬間、足元の台座が青く光った。水晶柱の内側に光が走り、何本もの線が上下する。空中に、文字列が浮かび上がった。


 この世界の文字のはずなのに、読める。

ランク1

【筋力 2】

【俊敏 2】

【魔導基礎値 3】

【総合戦闘力 下級】

【外来因子 検出】

【拘束適性 不明】

【危険度評価 ――】


 最後の一行だけ、文字が乱れた。


 水晶柱が、ぴし、と小さく音を立てる。


 だが、それだけだった。


 陸翔は水晶から手を離した。

 周囲の反応は、あまりにも露骨だった。


「……低いな」


「下級どころか、兵の新兵にも届かん」


「拘束具を壊したと聞いたが、この数値でか?」


「測定不良では?」


 嘲りとも困惑ともつかない囁きが広がる。


 陸翔は唇を噛んだ。

 自分でもわかっていた。強くない。少なくとも、数字の上では。


 ベルグリンド王が片眉を上げる。


「弱いな」


 身も蓋もなかった。


「は、はあ……」


「筋も魔も平凡以下。戦場では一撃で転ぶだろう」


 間違っていないだけに反論しづらい。


 ただ、王はそこで終わらなかった。


「にもかかわらず拘束具は砕け、測定結果の一部は乱れる。弱いのに異常。面倒な類いだな」


 その言い方には呆れがあったが、切り捨てるだけの軽さはなかった。


 ヴェルミが一歩、前へ出る。


「陛下。だからこそ、ここで処断すべきかと」


 柔らかな声が、よく通る。


「戦力として低い。素性は不明。拘束は不能。しかも外来因子あり。これを王都に置く理由はありません。まして陛下の近くなど」


 陸翔の喉がひくりと動いた。


 処断。


 さらっと言ったぞ、この大臣。


「辺境の鉱山へ落とすか、遠方の隔離砦へ移すか……あるいは、より確実な方法で災いを摘むか。王国の安寧を思えば、答えは明らかです」


 明るく説明するな。


 陸翔は思わずエランテルを見た。

 彼女は微動だにしていない。だが、視線だけがわずかにヴェルミへ向いた。


「内務大臣」


 ベルグリンド王の声が落ちる。


「余は“答えは明らか”という言葉があまり好きではない」


 玉座の間の空気が変わる。


 ヴェルミはすぐに一礼した。


「失礼しました。言い過ぎました」


「構わぬ。そなたの物言いはいつも概ね正しい。だが、正しさだけで盤面が収まるなら、余の人生はもっと平穏だった」


 そこで王は、肘掛けに頬杖をついたまま陸翔を見る。


「カンザキ・リクト」


「は、はい」


「そなた、帰りたいのだな」


「帰りたいです」


「王国を救いたいとか、富を得たいとか、名を上げたいとか、そういうのはないか」


「ないです。……いや、帰るために必要なら何でもしますけど、最初からそんなつもりはないです」


「ふむ」


 王は親衛兵たちを一瞥し、それからエランテルへ目を向けた。


「隊長。そなたはどう見る」


 問われたエランテルは、膝をついたまま答える。


「信用はできません」


 即答だった。


 陸翔は少し傷ついた。


「ですが、即座に処断すべきとも思いません」


「理由は」


「自分でも理解していない力を持つ者です。放逐すれば追跡不能。処断すれば何が起こるかわからない。ならば監視下に置き、使いながら見極めるべきです」


「使いながら、か」


「はい」


 ヴェルミが静かに笑う。


「隊長殿はお優しい」


「違う。合理だ」


「私も合理を述べているのですが」


「お前の合理は、いつも捨てるほうへ傾く」


 ぴり、と言葉がぶつかった。


 陸翔はそのやり取りを聞きながら、背筋が冷えていくのを感じていた。

 エランテルが味方というわけではない。だが少なくとも、いまこの場ではヴェルミよりはましだ。


 ベルグリンド王が、深く息をつく。


「よし」


 それだけで場が静まり返った。


「カンザキ・リクトを当面、エランテル・リヒ・ベルミナの監視下に置く。身分は仮属。王都警邏の補助要員として使え」


「はっ」


「王城内への自由な出入りは禁止。昼夜を問わず、エランテル隊長の責任下で厳重に管理せよ。逃亡の兆しがあれば即報告せよ」


「承知しました」


「陛下」


 ヴェルミが声を挟む。


「甘い処置かと」


「そうかもしれん」


 王はあっさり言った。


「だが、波乱というものは切り捨てれば消えるとは限らぬ。ならば、余の見える場所に置く」


 その目が、まっすぐ陸翔を射抜く。


「聞いたな、カンザキ・リクト。そなたはまだ客でも臣下でもない。危険物だ。だが、危険物にも使い道はある」


 そこまで言われると、さすがに複雑だった。


「……はい」


「よろしい。では働け。働く者は、多少厄介でもすぐには切らぬ」


 その物言いに、陸翔は一瞬だけ、この王がカードのフレーバーテキスト通りなのかもしれないと思った。


 決して愚者ではない。

 だが、面倒事を面倒事のまま抱え込むタイプだ。


「謁見は以上だ」


 その声を合図に、親衛兵が槍を鳴らす。


 陸翔が下がろうとした、そのときだった。


 ヴェルミの視線が、細くこちらに向く。


「隊長殿」


「何だ」


「その異邦人、くれぐれも壊さぬよう」


 穏やかな声だった。


「壊れる前に、壊す側へ回るかもしれませんから」


 陸翔の背中に、嫌な汗が伝った。


     ◇


 玉座の間を出てもしばらく、陸翔はまともに息ができなかった。


「……死ぬかと思った」


「死ななかっただろう」


「だいぶギリギリでしたよ」


「陛下の前で無礼を働かなかっただけ、ぎりぎり合格だ」


 王城の長い回廊を歩きながら、エランテルは淡々と言う。


 陸翔はちらりと横顔を見た。


「助けてくれた……ってことでいいんですか」


「勘違いするな。管理しやすい形を進言しただけだ」


「言い方……」


「お前はまだ危険だ」


「それは自覚してますけど」


「自覚しているならなおさら、勝手なことはするな」


 冷たい言葉だ。

 だが、昨日のような突き放し方とは少し違う気がした。


 陸翔は迷ってから、声を潜める。


「……あの大臣、やばいです」


「ヴェルミ殿か」


「やばいです」


「随分と雑な評価だな」


「いや、ほんとに」


 どう説明したものか。

 “元いた世界のカードゲームで物騒なフレーバーテキストがついてたから”では、ただの頭のおかしいやつだ。


 エランテルは少し考え、やがて言った。


「切れ者ではある。王国のために働いてもいる。だが、底の見えぬ男だ」


「ですよね!?」


「何をそんなに食いつく」


「いや……なんとなく、嫌な感じがして」


 嘘ではない。だいぶ端折っただけだ。


 エランテルはそれ以上追及せず、歩を進める。


「お前は今日から第七警邏隊の仮属だ」


「第七?」


「私の隊だ。王都南区を主に受け持つ。市井の揉め事、盗賊崩れ、行方不明、違法魔導具、雑務全般。お前にはまず、荷物持ちと記録、それから見張りをやらせる」


「警備兵っていうか、下働きですね」


「戦えぬ者に剣を持たせるほど、こちらも暇ではない」


 ぐうの音も出ない。


「ただし」


 エランテルが立ち止まる。


「働けば、王都での情報には多少触れられる。シーカーについても、帰還についても、自力で掴みたければ役に立て」


 陸翔は目を瞬いた。


「……それ、聞いてもいいってことですか」


「聞くのは自由だ。答えるかどうかは別だがな」


 厳しい。

 だが、完全に閉ざされてもいない。


 帰る方法を探すなら、従うしかない。


「わかりました」


「返事だけはいいな」


「そこしか褒めるとこないんですか」


「いまのところは」


 少しだけ、エランテルの口元が緩んだ気がした。

 気のせいかもしれない。


 王城の外へ出る。朝の光がさっきより高くなっていた。


 この世界での時間は進んでいる。

 なら、向こうでも進んでいるかもしれない。


 胸がまた重くなる。


 そのとき。


 視界の端に、青白い光が走った。


「っ」


 足が止まる。


「どうした」


「……いや」


 エランテルには見えていない。

 陸翔の目の前にだけ、あの透明なスクリーンが展開していた。


【シナリオが更新されました。】


 嫌な予感しかしない。


 喉が鳴る。


 次の一行が、ゆっくりと浮かび上がった。


【王国壊滅を防げ(0/10)】


「……は?」


 思わず声が漏れた。


「だから、どうした」


 エランテルが怪訝そうに振り返る。


 陸翔は返事ができなかった。


 王都の空は青い。

 人々は行き交い、城壁は高く、王国は一見、何もかもが普通に動いているように見える。


 なのに目の前には、平然と。


 王国壊滅を防げ。


 そう書いてあった。


 しかも、ゼロから十。

 何が十だ。何を防げば一になる。全部終わるまで帰れないのか。


 頭の中がざわつく。


 そのざわめきの底で、黒衣の大臣の穏やかな笑みが、やけにはっきり蘇った。


 全てを破壊し、異聖の神に捧げる。

 降臨せよ。

 蹂躙せよ。


「……冗談だろ」


 だが、スクリーンは何も答えなかった。


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

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