第13話 許さないもの
戦いが終わり、体はもう限界のはずなのに、頭の中だけが静まらない。
エランテルを救えたこと。
黒い靄が、救えた代わりに近づいたこと。
次のクエストは何になるのか。
考えようとしても、疲労のほうが先に意識を沈めていった。
◇
夢を見た。
最初から夢だとわかった。
けれど、逃げられない夢だった。
目の前にあるのは、さっきまでいたはずの廃村の広場。
血の匂いも、土の湿り気も、壊れた家々の影も、そのままだ。
違うのは一つだけ。
これは、助けられなかった光景だと、最初からわかっていた。
「頼む……!」
夢の中の陸翔が、ドローするカードに祈る。
【俊足のコボルト】
【やまびこの火の鳥】
喉が凍った。
駄目だ。
それじゃ駄目だと、見ている陸翔は知っている。
これは運が足りなかった世界線。
一時休戦が切れる。
次の瞬間、スコーピオンキマイラが跳んだ。
爪が来る。
牙が来る。
尾が来る。
夢の中の陸翔は何かを叫んだ。
けれど間に合わない。
巨大な顎が、体ごと喰いちぎった。
「――っ!」
悲鳴を上げるより早く、視界が黒く潰れる。
だが、終わらない。
夢はそこで終わってくれなかった。
◇
もう一度、広場だった。
また同じ場所。
また同じ空気。
また同じ戦場。
今度は違った。
白い拘束がほどける。
刀星ムラクモが現れる。
白い閃きが走る。
スコーピオンキマイラは粉になる。
盗賊どもも崩れる。
助かった、と思う。
だが、それでも駄目だった。
「ごふっ――!」
湿った音。
エランテルが血を吐く。
白い鎧の隙間から赤がこぼれる。
片膝をつき、剣を地へ突き立て、なお立とうとしている。
手札を見る。
あるはずのものが、なかった。
【鈍足のオーガ】
【鈍足のオーガ】
【ゴブゴブテイラー】
【やまびこの火の鳥】
それだけだ。
大天使の抱擁が、ない。
「待って、くれ……」
夢の中の陸翔が声を振り絞る。
だが手は空を切るだけだ。
足りない。
何もかも足りない。
エランテルがもう一度、血を吐いた。
ファンガスが叫ぶ。
ミシェルが駆ける。
リッキーが顔を強張らせる。
誰も、届かない。
エランテルの剣が手から落ちる。
銀の音が、やけにはっきり響いた。
「……すまない」
低く、かすれた声だった。
それが最後だった。
彼女の体から力が抜ける。
白い鎧が、ゆっくりと横へ倒れる。
夢の中の陸翔が、声にならない声を漏らす。
その直後だった。
【クエストを失敗しました。】
青白い文字が、残酷なほど静かに浮かんだ。
「――っ」
ぞくり、と背筋が粟立つ。
デッキケースの底が、どくん、と脈打った。
黒い靄が滲み出る。
いや、滲むなんて生ぬるい。
溢れていた。
底の隙間から、何かが押し広げるみたいに、どす黒い靄が広場へ流れ出していく。
地を這い、瓦礫を舐め、倒れた死体を呑み込んでいく。
その中心で、あの読めない六コストが浮かび上がった。
【※舞 △※★ バル □□】
名前はやはり読めない。
人の形にも見える。
獣にも見える。
黒い影が無理やり立ち上がったみたいに、輪郭だけが揺れている。
それは、笑っていた。
口があるのかもわからないのに、そうとしか思えなかった。
王都が見えた。
夢のはずなのに、場面が切り替わる。
城壁が黒く染まる。
石畳の隙間から靄が吹き出す。
空がひび割れたみたいに暗く裂け、悲鳴がいくつも重なった。
街が崩れていく。
人が逃げる。
逃げても、黒が追う。
光の届かない場所から、何かが増えていく。
世界が、壊れていく。
その光景を、【※舞 △※★ バル □□】は楽しそうに眺めていた。
まるで、ずっと見たかった玩具箱を、ようやく壊せた子供みたいに。
――なのに。
次の瞬間、陸翔の胸へ、別の感情が流れ込んできた。
歓喜じゃない。
もっと濃い。
もっと暗い。
焼けつくような悔しさと、煮えたぎる執念。
チガウ。
チガう!
違ウ!!
そんな意味だけが、言葉にならないまま脳へねじ込まれる。
そして最後に、はっきりとした感情だけが残った。
ユルサナイ。
許サナイ!
許サなイぃぃい!!
「――やめろ!」
叫んだつもりだった。
だが夢の中の声は、どこまでも遠い。
黒い感情が食い込んでくる。
視界の端が染まる。
呑まれる。
そう思った、そのとき。
――お兄ちゃん。
遠い声がした。
妹の声だった。
それだけで、黒い圧が一瞬だけ揺らぐ。
同時に、別の顔が浮かぶ。
血を吐きながらも最後まで立とうとしていたエランテル。
そして、あの戦いのあと、まっすぐこちらを見て告げた声。
『……借りができた』
あの横顔が、胸の奥へ刺さった。
奪わせるわけにはいかない。
妹も。
エランテルも。
こいつの好きにはさせない。
「……ふざけるな」
夢の中で、陸翔は歯を食いしばった。
「好きにさせるか」
その言葉を吐いた瞬間、黒い世界がひび割れる。
王都の崩壊も。
六コスト【※舞 △※★ バル □□】の影も。
流れ込んでくる感情も。
全部まとめて、砕けた。
◇
「っ、は――!」
陸翔は跳ね起きた。
胸が痛いほど上下している。
寝間着が汗で張りつき、喉の奥はからからだった。
まだ暗い。
窓の外は夜明け前で、部屋の中はしんと静まり返っている。
夢だ。
そうわかる。
なのに、胸の奥にこびりついた不快感だけが消えない。
視線を落とす。
枕元に置いたデッキケースは、今はただ静かにそこにあるだけだった。
脈打っておらず、黒い靄も出ていない。
だが、夢の中で見たものが嘘ではないと、本能が告げていた。
「……許さない、か」
自分のものじゃない感情を、低くなぞる。
あれは敵意だった。
執念だった。
こちらが一度でも食い止めたことへの、明確な憎悪だった。
なら、なおさらだ。
止めるしかない。
妹のもとへ帰るためにも。
エランテルを死なせないためにも。
王国の崩壊を、そのまま見せられて終わるわけにはいかない。
陸翔は額の汗を拭い、ゆっくりと息を吐いた。
胸の奥には、まだ恐怖がある。
だがそれ以上に、冷えた決意が残っていた。
そのとき、青白い表示が、音もなく視界の端へ浮かび上がった。
【王国壊滅を防げ(1/10)】
【シナリオ達成:①エランテルの死亡を阻止せよ】
【② スラム街にてピノ・メイファを保護せよ】
【③ △●※】




