表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界エンゲージ ~毎日のパック開封でカード使いは帰還を目指す~  作者: アトラス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/13

第13話 許さないもの


 戦いが終わり、体はもう限界のはずなのに、頭の中だけが静まらない。

 エランテルを救えたこと。

 黒い靄が、救えた代わりに近づいたこと。

 次のクエストは何になるのか。


 考えようとしても、疲労のほうが先に意識を沈めていった。


     ◇


 夢を見た。


 最初から夢だとわかった。

 けれど、逃げられない夢だった。


 目の前にあるのは、さっきまでいたはずの廃村の広場。

 血の匂いも、土の湿り気も、壊れた家々の影も、そのままだ。


 違うのは一つだけ。


 これは、助けられなかった光景だと、最初からわかっていた。


「頼む……!」


 夢の中の陸翔が、ドローするカードに祈る。


【俊足のコボルト】

【やまびこの火の鳥】


 喉が凍った。


 駄目だ。

 それじゃ駄目だと、見ている陸翔は知っている。

 これは運が足りなかった世界線。

 一時休戦が切れる。


 次の瞬間、スコーピオンキマイラが跳んだ。


 爪が来る。

 牙が来る。

 尾が来る。


 夢の中の陸翔は何かを叫んだ。

 けれど間に合わない。


 巨大な顎が、体ごと喰いちぎった。


「――っ!」


 悲鳴を上げるより早く、視界が黒く潰れる。


 だが、終わらない。


 夢はそこで終わってくれなかった。


     ◇


 もう一度、広場だった。


 また同じ場所。

 また同じ空気。

 また同じ戦場。


 今度は違った。


 白い拘束がほどける。

 刀星ムラクモが現れる。

 白い閃きが走る。

 スコーピオンキマイラは粉になる。

 盗賊どもも崩れる。


 助かった、と思う。


 だが、それでも駄目だった。


「ごふっ――!」


 湿った音。


 エランテルが血を吐く。


 白い鎧の隙間から赤がこぼれる。

 片膝をつき、剣を地へ突き立て、なお立とうとしている。


 手札を見る。


 あるはずのものが、なかった。


【鈍足のオーガ】

【鈍足のオーガ】

【ゴブゴブテイラー】

【やまびこの火の鳥】

 それだけだ。


 大天使の抱擁が、ない。


「待って、くれ……」


 夢の中の陸翔が声を振り絞る。

 だが手は空を切るだけだ。


 足りない。

 何もかも足りない。


 エランテルがもう一度、血を吐いた。


 ファンガスが叫ぶ。

 ミシェルが駆ける。

 リッキーが顔を強張らせる。


 誰も、届かない。


 エランテルの剣が手から落ちる。


 銀の音が、やけにはっきり響いた。


「……すまない」


 低く、かすれた声だった。


 それが最後だった。


 彼女の体から力が抜ける。

 白い鎧が、ゆっくりと横へ倒れる。


 夢の中の陸翔が、声にならない声を漏らす。


 その直後だった。


【クエストを失敗しました。】


 青白い文字が、残酷なほど静かに浮かんだ。


「――っ」


 ぞくり、と背筋が粟立つ。


 デッキケースの底が、どくん、と脈打った。


 黒い靄が滲み出る。


 いや、滲むなんて生ぬるい。

 溢れていた。

 底の隙間から、何かが押し広げるみたいに、どす黒い靄が広場へ流れ出していく。


 地を這い、瓦礫を舐め、倒れた死体を呑み込んでいく。


 その中心で、あの読めない六コストが浮かび上がった。


【※舞 △※★ バル □□】


 名前はやはり読めない。


 人の形にも見える。

 獣にも見える。

 黒い影が無理やり立ち上がったみたいに、輪郭だけが揺れている。


 それは、笑っていた。


 口があるのかもわからないのに、そうとしか思えなかった。


 王都が見えた。


 夢のはずなのに、場面が切り替わる。


 城壁が黒く染まる。

 石畳の隙間から靄が吹き出す。

 空がひび割れたみたいに暗く裂け、悲鳴がいくつも重なった。


 街が崩れていく。


 人が逃げる。

 逃げても、黒が追う。

 光の届かない場所から、何かが増えていく。


 世界が、壊れていく。


 その光景を、【※舞 △※★ バル □□】は楽しそうに眺めていた。


 まるで、ずっと見たかった玩具箱を、ようやく壊せた子供みたいに。


 ――なのに。


 次の瞬間、陸翔の胸へ、別の感情が流れ込んできた。


 歓喜じゃない。


 もっと濃い。

 もっと暗い。

 焼けつくような悔しさと、煮えたぎる執念。


 チガウ。

 チガう!

 違ウ!!


 そんな意味だけが、言葉にならないまま脳へねじ込まれる。


 そして最後に、はっきりとした感情だけが残った。


 ユルサナイ。


 許サナイ!


 許サなイぃぃい!!


「――やめろ!」


 叫んだつもりだった。


 だが夢の中の声は、どこまでも遠い。


 黒い感情が食い込んでくる。

 視界の端が染まる。


 呑まれる。


 そう思った、そのとき。


 ――お兄ちゃん。


 遠い声がした。


 妹の声だった。


 それだけで、黒い圧が一瞬だけ揺らぐ。


 同時に、別の顔が浮かぶ。


 血を吐きながらも最後まで立とうとしていたエランテル。

 そして、あの戦いのあと、まっすぐこちらを見て告げた声。


『……借りができた』


 あの横顔が、胸の奥へ刺さった。


 奪わせるわけにはいかない。


 妹も。

 エランテルも。


 こいつの好きにはさせない。


「……ふざけるな」


 夢の中で、陸翔は歯を食いしばった。


「好きにさせるか」


 その言葉を吐いた瞬間、黒い世界がひび割れる。


 王都の崩壊も。

 六コスト【※舞 △※★ バル □□】の影も。

 流れ込んでくる感情も。


 全部まとめて、砕けた。


     ◇


「っ、は――!」


 陸翔は跳ね起きた。


 胸が痛いほど上下している。

 寝間着が汗で張りつき、喉の奥はからからだった。


 まだ暗い。

 窓の外は夜明け前で、部屋の中はしんと静まり返っている。


 夢だ。


 そうわかる。


 なのに、胸の奥にこびりついた不快感だけが消えない。


 視線を落とす。


 枕元に置いたデッキケースは、今はただ静かにそこにあるだけだった。


 脈打っておらず、黒い靄も出ていない。


 だが、夢の中で見たものが嘘ではないと、本能が告げていた。


「……許さない、か」


 自分のものじゃない感情を、低くなぞる。


 あれは敵意だった。

 執念だった。

 こちらが一度でも食い止めたことへの、明確な憎悪だった。


 なら、なおさらだ。


 止めるしかない。


 妹のもとへ帰るためにも。

 エランテルを死なせないためにも。

 王国の崩壊を、そのまま見せられて終わるわけにはいかない。


 陸翔は額の汗を拭い、ゆっくりと息を吐いた。


 胸の奥には、まだ恐怖がある。

 だがそれ以上に、冷えた決意が残っていた。


 そのとき、青白い表示が、音もなく視界の端へ浮かび上がった。


【王国壊滅を防げ(1/10)】

【シナリオ達成:①エランテルの死亡を阻止せよ】

【② スラム街にてピノ・メイファを保護せよ】

【③ △●※】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ