視界の揺れ
⚠ 本作品には以下の表現が含まれます
流血表現・過激な暴力を匂わせる表現
性的暴力・性的搾取描写を匂わせる表現
精神的・心理的圧迫
閲覧の際は十分にご注意ください。
レイは扉に手をかけた。
僅かに軋む金属音。開く向こうに広がる光と影の濃淡が、視界を切り裂く。
床に散らばる破れた服、至る所に飛び散った赤。
幾重にも傷が走る大柄な身体を守るように武器を構える男。
レイの視線はすぐに全体を把握した。
ベルトを締め、冷笑を浮かべるのがボス。荒れた服、飛び散る血、荒々しい空気——すべてが支配の象徴だった。
そして視線を落とすと、あの焦がれた空白——黒。
床を這うように、切り裂かれた布に手を伸ばしている。
指先の震えも、狂気も、儚さも、すべてが吸い込まれるように見えた。
白濁が体内から滲み出し、赤い血と混ざり、光を吸い込む闇のように広がっていた。
——血、白濁、痣、傷。さきほどまでの暴力と一方的な快楽が、そこに確かに存在していた。
レイの胸が押し潰されそうに熱くなる。怒りが全身を駆け巡った。
理性は煙のように消え、拳が震え、血管が膨れ上がる。
呼吸が短く、荒く、喉の奥で渦巻く怒りが全身に伝わる。
心臓は爆発寸前で脈打ち、全身の神経が火花を散らすように痺れる。
レイは一歩踏み出した。
「おっと…そうはいかねぇぜ?」
ボスは黒の髪を掴み、床から力なく浮かせる。
レイの目の前で黒の体がわずかに揺れる。
肩が震え、つま先が床を擦る。瞳が微かに動き、小さな瞬きの間に赤い世界の中で静かな空白が揺れる。
胸の奥で煮えたぎる怒りがさらに膨れ上がる。拳に血がにじみ、爪の先に力がこもる。
息が詰まり、手の震えが全身に伝播する。
「これだろ?お前の目的は」
ボスの舌が黒の首筋を這う。
「離せ、今すぐに!」
レイの声は低く、震えを伴いながら鋭く切り裂くように響く。
黒の体が微かに反応し続ける。瞳がわずかに揺れた。
瞬きの間に、赤くにじむ世界の中で小さな空白が——無抵抗の中に小さな反応が連なり、空白の中で息をしている。
「取引だ。2億。そして俺を追うな、そうすればこいつをやる」
黒の体が無力に浮かぶ——その脆さに、ボスへの怒りがさらに燃え上がる。
レイは懐から小切手を取り出す。手は震え、視界は赤い血と怒りで揺れる。
金額だけを書き込み、投げつける——全身の力を込めて。
「交渉成立だな」
ボスは小切手を拾い、窓辺へ歩く。
「せいぜい壊すなよ、一級品だ」
吐き捨てるように言い、黒を足元に投げる。
レイの怒りは頂点に達し、心臓が胸を打つように脈打つ。
一瞬たりとも迷わず、黒を抱きとめる——その儚く、壊れかけた空白を決して、もう、離さないと誓いながら。
自分のジャケットを脱ぎ、黒にそっとかける。
冷たく湿った身体を抱き上げる。荒れた呼吸、無言の痛み、それでも生きていることを確認するように。
ぼんやりした赤と暗がり。体内の感覚は鈍く、しかし皮膚の表面には異質な冷たさが触れる。
いつもなら暴力だけに浸る時間――だが今、知らない感覚の何かが黒に覆いかぶさる。
何が起きているのか理解できない。暴力の残響の中、布の感触が知らない香りが体に絡みつき
赤い視界の中で輪郭もぼやける。いつも通りの痛みと無力感の中に、知らない「温度」が混ざり目がわずかに丸くなる。
レイは、腕の中でじっと黒の額をなでる。血が乾き、張り付く感触。
怒り、執着、歓喜——それらが入り混じる感覚に、身体が震える。
黒にこんなことをさせたこと、絶対に許さない。
レイの後を追って部下たちが入ってくる。
「跡形も残すな」
言葉と同時にさらに銃声が響く。
レイは一度も黒から目を離さず、抱き上げたまま部屋を後にする。
黒を抱えたまま立ち上がり鮮血を背後に歩き出す。
「手に入れた…。絶対に手放さない」
レイの言葉が雨のように黒に降り注ぐ。
黒は変わらず、見つめていた。
——そこに「自分」はない。だから反応もない。空白のまま受け続ける。
しかし初めて黒は、確かに赤くにじむ視界の中で
確かにレイを見つめていた。




