電子の狩人(サイバー・ハンター)
日時: 14:00(放課後直前) 場所: 鳳学園・保健室
午後2時を回った学園は、午後の授業の気だるげな静寂に包まれていた。
だが、保健室の隅にある端末の前だけは、ピリついた冷気が漂っている。
雷 伴隆は、画面を流れる膨大なログを、楽しげな目で追っていた。
冷却ファンの低い唸りだけが、BGMのように響いている。
「……来たな」
山崎総合病院の医療データベース監視モニターに、小さなノイズが走った。
通常のアクセスを装った、極めて巧妙なパケットの流入。
普通の管理者なら見落とすレベルだが、雷の目は誤魔化せない。
外から来た時点で、どんなに偽装しても『異物』なんだよ。
ここにログが残っている時点で、もう致命傷だ」
敵は、こちらの罠とも知らずに操作を開始する。
ID偽装、プロキシ経由、そしてOSの標準セキュリティ(DAC:任意アクセス制御)の穴を突くルート権限への昇格試行。
狙いは明白。
『整形外科・カルテNo.K-001(草薙 登夢)』。
「へぇ、そこを突くか。教科書通りだねぇ」
敵は、管理者権限(root)さえ奪えば、全てのファイルが見られると思っている。
だが、甘い。
「……悪いが、うちは親父の教育と一緒で、**『躾』**が厳しいんだよ」
雷がエンターキーを軽く叩く。
その瞬間、敵の行く手に**『強制アクセス制御(MAC)』**の壁が立ちはだかる。
これはユーザーの権限(ID)に関わらず、システム側が強制的にアクセスを制御する鉄壁のルール。
root権限を持っていようが、「外部からの接続」である以上、本物のデータには指一本触れられない。
代わりに、セキュリティホールを装った**”鳥籠”**へのゲートが、さも「攻略成功」したかのように開く。
「……よし。食いついた」
敵は歓喜して、そこにあるデータをダウンロードし始めた。
中身は、雷がお手製で作った**「身長57m・体重550t・キャノン砲装備」のふざけた偽データ。
「……登夢のデータに触れようとした時点で、もうアウトだ。」
そして、そのファイルの裏には、渾身のアタックモジュール**が張り付いているとも知らずに。
「お土産の味は、どうだい?」
ダウンロード完了のシグナルと共に、モニター上の地図が激しく明滅した。
逆探知プログラムが、敵のプロキシを食い破り、真の発信源を特定する。
――『神戸・苅藻倉庫街』。
地図上の一点が、赤くロックオンされた。
「……尻尾、掴んだぜ」
それと同時に、雷が仕込んだ**「毒」が回る。
位置トレース終了後に起動する、禁断の自己書換プログラム。
敵のサーバー内で暴れまわり、データを食い荒らし、最後にブートセクタ(起動領域)**を物理的に焼き切る最悪のウイルス。
「今沢先生が見たら……呆れるな(笑)。」
回線の向こう側で、ハッカーたちが悲鳴を上げ、高価な機材がただの鉄屑へと変わっていく様を想像し、雷は口の端を吊り上げた。
「最恐の**『おもてなし』**だ。……ざまあみろ」
雷は端末をロックしモニターの電源を落とす。青い光が消え、いつもの保健室の風景が戻る。
「さて、と。……次は**『物理』**で挨拶しに行ってやるか」
サイバー戦は完勝。
ここからは、実戦の時間だ。




