迷探偵の敗北、エレガントな迷宮
始業式のざわめきが収まった校舎の中を、
かれんは教育実習生の名札を胸に歩いていた。
(……ここに、何かがある。私の“影”の始まりが)
胸の奥に、微かなざわつきがあった。
かれんは、まず“基本”から始めた。
13年前──
自分の両親が事故で亡くなった年。
その頃から鳳学園に在籍している教員を調べれば、
何か手がかりがあるかもしれない。
だが、職員室の名簿や卒業アルバムを見て、かれんは固まった。
(……多すぎない?)
鳳学園は私立。
教員の定着率が異様に高い。
15年、16年、20年。
ほとんどの教員が“長期在籍”だった。
(……空振り)
かれんは、そっと名簿を閉じた。
次に、校舎そのものを調べた。
(13年前に建て替えられた場所があれば……
何か隠されているかも)
だが、これも空振りだった。
体育館と部活棟は最近建て替えられているが、
それ以外の校舎はすべて同じ時期の建築。
(……全部、同じ。
ここにも“影”はない)
かれんは、ため息をついた。
次に、かれんが目をつけたのは──未来先生だった。
静耶の言葉が頭に残っていた。
『未来先生と、怪しい先生が同じ日に来たの……』
(つまり……未来先生が怪しい?)
かれんは、未来先生の授業を見学した。
その瞬間──
かれんの推理は崩れた。
未来先生は、黒板の前に立つだけで空気が変わる。
発音は美しく、説明は分かりやすく、生徒への声かけは優雅で、立ち居振る舞いは完璧。
(……エレガント……)
怪しさの“あ”の字もない。
むしろ、かれんは見惚れてしまった。
(この人は絶対に悪い人じゃない)
名探偵かれんさん、ここで大きく敗北。
未来先生が白だと分かった今、かれんは次の候補を探した。
その時、生徒たちの会話が耳に入った。
「ねえ、知ってる?、軽音部の翔太先輩、昔大ケガした時……」
「うんうん!、今沢先生が“神の手”で助けたってやつ!」
「そうそう!、あれ、学園七不思議のひとつだよね!」
かれんは思わず振り返った。
(……今沢先生?、あの優しい保健室の先生が……?)
生徒たちは続ける。
「実はさ、山崎総合病院のエリート医師だったって噂もあるんだよ」
「何か理由があって鳳学園に来たんだって!」
「かっこよすぎる……!」
かれんは、その場で固まった。
(……え?、そんな話、聞いてないんだけど)
実際には──
伴隆が止血し、翔太は最後まで演奏しただけ。
だが、噂は噂として独り歩きし、今沢先生は“伝説の医師”になっていた。
(……この人、何かある。
明日もう一度、卒業アルバムを確認してみよう)
かれんは、少しだけ真実に近づいた。
その頃、保健室では──
「かれんさん、いろいろ調べているみたいですけど……
私の授業も見に来ていましたが、何も見つけることはできなかったようですわ」
未来はコーヒーを口にしながら、静かに報告した。
「ですが、噂でいずれここに来ますわ」
未来は、かれんが今沢先生にたどり着くことを確信していた。
今沢先生は、窓の外を見つめたまま答える。
「そうね。ここ(鳳学園)に来たのだから、遅かれ早かれそうなるわ」
ただ、遠くから静かに見守っているだけ。
必要な時になったら動く。
その“必要な時”が近づいていることを、
今沢先生は静かに感じていた。




