静かなる上陸
兵庫県警本部。
深夜の捜査一課。
草薙 大は、デスクに広げられた入国管理リストと、港湾局のデータを見比べていた。
蛍光灯の冷たい光が、彼の険しい表情を照らす。
隣には、苛立ちを隠さない汐見 円がいる。
「……綺麗すぎるわね」
円が吐き捨てるように言った。 神戸港に入港した、香港船籍の貨物船。
同時刻に関西国際空港に降り立った、数名の中国人ビジネスマン。
どちらも書類は完璧。
積荷に違法な物はなく、渡航目的も正規のビジネスだ。
だが、その「完璧さ」こそが、裏社会を知る彼女の嗅覚を刺激していた。
「ああ。だが、この積荷リストを見てくれ」
大が、指先で一行を叩く。
「『最新鋭医療機器』および『大型空調ユニット』……。 名目は立派だが、消費電力と重量の桁がおかしい。 普通の病院や工場で使うような代物じゃない」
「……どういうこと?」
「『要塞』だ」
大は低い声で断言した。
「奴ら、神戸にただの事務所を構える気じゃない。 大規模な独自の電源、特殊な維持施設……。 一度根を張られたら、警察の手でも剥がせない『城』を作る気だ」
円の目が鋭く細められる。
それが意味する「脅威の度合い」は瞬時に理解した。
「……なるほどね。合法的に、戦争のための陣地を運び込んだってわけか」
「そういうことだ。……奴ら、本気でここ(神戸)を戦場にする気だ」
まだ、実行部隊の姿はない。
だが、巨大な「影」が、法という壁の向こう側から、確実に神戸の喉元にナイフを突きつけていた。
***
鳳学園の校門付近。
部活帰りの生徒たちの談笑や、迎えに来る保護者の車で賑わう平和な夕景。
だが、地上30メートルの貯水槽の上。
そこに音もなく蹲る篠塚 椿の目は、その平和な景色に隠された「ノイズ」を正確に捉えていた。
校門の右、電柱下の作業員風の男。
通りの向こう、路上駐車した営業車の中で地図を広げるサラリーマン風の男。
一般人の目には、ただの風景の一部だろう。
だが、椿には見えていた。
彼らの視線が、女子高生のスカートや風景ではなく、
**「逃走経路」**
を絶えずスキャンしていることが。
(……作業員が2、営業車に1。裏門にも気配が2つ……)
彼女は、眼下の男たちが耳元のインカムに手をやった瞬間、唇を噛んだ。
単なる偵察ではない。
(……数が増えている。若(登夢)への接触を狙っているのか?)
先ほど、兵庫県警の大から入った
「港に怪しい船が入った」
という緊急情報。
その直後にこれだ。
敵は上陸と同時に、この学園へ尖兵(斥候)を放ったのだ。
日常の皮一枚下で、導火線は既に燃え尽きようとしている。
「……させないわ」
椿は無線機を強く握りしめ、冷たい風の中で誓うように呟いた。
ここ(学園)は若の庭だ。
土足で踏み入る害獣は、一匹残らず排除する。
彼女の姿が、陽炎のように揺れて消えた。
影の戦いは、もう始まっている。




