ただいまの温度、継承される光
山崎中央病院のサンテラスに別れを告げ、登夢が大の運転するレンジローバーで自宅へと辿り着いたのは、秋の朝陽が街を黄金色に染め上げた頃だった。
門をくぐると、そこには昨夜までの凄惨な修羅の気配など微塵もない、いつも通りの静かな和風建築の佇まいがあった。
玄関の引き戸を開けた瞬間、まず正面に立っていたのは、数珠を指先に絡めたままの祖母・治だった。
「……帰ったね」
その声は、昨夜、出撃を見送った時の凛とした厳しさとは違い、隠しようのない安堵で震えていた。
治は登夢の大きな手を取り、その無事を確認するように強く握りしめた。
「約束を守って、ちゃんと帰ってきた。……偉いよ、登夢」
枯れ枝のように細いが、温かな手のひらの熱が、登夢の冷え切った芯を溶かしていく。
そこへ、廊下の奥からバタバタと騒がしい足音が響いてきた。
「あ! お兄ちゃん、また喧嘩して朝帰り!? もー、しょうがないんだから!」
白泉女学院の制服姿の成が、ぷくっと頬を膨らませて駆け寄ってきた。
登夢の頬に残る切り傷を見つけるなり、「これでも貼っときなさいよ!」とペンケースから取り出したのは、少女らしい可愛らしい柄の絆創膏だった。
それを大きな登夢の頬へ、ぺたんと力任せに貼り付ける。
「痛っ……」
「痛いのは自業自得! 女の子を心配させるような顔で帰ってこないの!」
成の背後からは、弟の平が静かに姿を現した。
平は登夢の顔を真っ直ぐに見つめ、一瞬だけ安堵に瞳を揺らしたが、すぐにいつもの少し背伸びした少年の顔に戻った。
「登夢兄さん、おかえりなさい……。べ、別に心配はしてなかった、なかったよ」
そう強がりながらも、平は登夢の大きな身体を支えるようにそっと隣に立った。
その眼差しには、これまでのような「守られる弟」としてではない、草薙の血を引く男としての自覚と、兄の背中を支えようとする静かな気概が宿り始めていた。
「……ああ。ただいま、成、平」
登夢が二人の頭を不器用に撫でると、居間の奥から懐かしい出汁の香りが漂ってきた。
居間では、母・昭がいつも通りの割烹着姿で朝ごはんを作って待っていた。
一晩中、作戦指令室となった「奥の間」で息子の無事を祈り続けていた彼女の瞳は、わずかに赤く縁取られていたが、登夢の姿を捉えた瞬間、聖母のような穏やかな微笑みを浮かべた。
「おかえりなさい、登夢。お腹、空いてるでしょう? すぐに温かいお味噌汁を出すわね」
トントンとまな板を叩く音、湯気の上がる鍋。家族の日常が奏でる音と匂い。
それらが、全ての守護氣を使い果たした登夢の心身を、深い安らぎで満たしていった。
その光景を、玄関の薄闇で見守る二人の影があった。
南雲 誠司と篠塚 玄馬である。
二人は互いに顔を見合わせると、かつて自分たちが仕えた若き主の面影を登夢に重ね、深く静かに頭を下げた。
「若のあのお姿……まるで、亡き**御父上(元様)**を見ているようです」
南雲が、13年間守り続けてきた秘密の欠片を零すように、玄馬にだけ聞こえる低い声で囁いた。
あの日、炎の渦から救い出した小さな命が、今、父と同じ「守護者」としての背中を持って帰還した。
その事実に、二人の老兵の目には熱いものが込み上げていた。
登夢は、家族の笑い声に包まれながら、成に貼ってもらった絆創膏をそっと指でなぞった。
手のひらの古傷は、もう疼いてはいなかった。
父が遺した設計図という名の「道」を走り抜け、多くの「愛」という光に支えられ、彼は今、本当の意味で草薙の家を継ぐ「光の男」として、秋の朝陽が差し込む朝食の席に着いた。
庭の木々を揺らす秋の風が、開け放たれた窓から優しく吹き込み、新しい季節の訪れを告げていた。




