水底の審判、修羅の葬送
K-UNIT本部「要塞」最深部・指令室
足元を洗う海水は、既に膝を越そうとしていた。
火花を散らす制御コンソール、不気味に赤く明滅する非常灯。
沈みゆく「鉄の棺桶」の中心で、親子二代の因縁が対峙していた。
「……愚かな。自ら沈む道を選ぶか、オリジナル」
冷徹な声の主は、草薙 零。
その身体はもはや人間のそれではなく、最新鋭のブートレグへと自らを改造した「生体兵器」そのものであった。
登夢は、剛(GO)モデルの重装甲を軋ませ、一歩前に出る。
「……終わらせに来た。偽物の草薙と、親父の遺したこの地を汚す、全ての過去を」
「やれるものならやってみろ!」
零の身体が、物理法則を無視した初速で弾け飛んだ。狙いは登夢の喉元。
だが、その凶弾のような一撃は、登夢に届く直前で「無」に帰した。
「……悪いが、お前の『人工的な氣』は、俺の専門分野なんだよ」
策(SAKU)モデルを纏った雷 伴隆が、六角槍の石突きで水面を叩いていた。
波紋状に広がった無効化の波動――伴隆の奥義**「無限の零」**。
零は自らの身体機能、強化神経系に流れる電気信号が強制的に「零」へと引き戻される感覚に、初めて恐怖で目を見開いた]。
「な……氣の無効化だと!? そんな技、記録には――」
膝をつき、激しく火花を散らす自らの身体を見下ろしながら、零は信じがたいものを見る目で絶叫した。
世界中のデータを集め、草薙の武を解析し尽くしたはずの彼にとって、伴隆の放つ「無」の波動は、計算の外にある未知の脅威だった。
膝まで迫った海水が、伴隆の石突きの振動を伝える。伴隆は冷徹な眼差しで、這いつくばる「偽物の草薙」を見下ろした。
「……記録にないのは当たり前だ。お前が盗み出したのは、草薙建設のデータと、医学的な『数値』だけだからな」
伴隆は六角槍を静かに構え直し、宣告するように言葉を続けた。
「草薙 零。お前は『影こそが草薙のすべて』だと信じ、その力に執着した。
だが、肝心なことを何一つ分かっていない。
……草薙の『影』を正しく継承し、それを制御するためには、導き手である『雷』が不可欠だということを」
零の瞳が大きく見開かれる。
「雷……だと? あの、医者の家系が……?」
「そうだ。雷家は、草薙の影を制御し、継承者がその闇に呑み込まれて壊れぬよう、光へと繋ぎ止めるための『策』として存在する」
伴隆は、意識を失いかけている親友・登夢を背中で感じながら、不敵に口の端を上げた。
「お前は影を独占しようとして、自らその制御機構を切り捨てた。……影を導く『雷』を知らぬお前に、最初から草薙を継ぐ資格などなかったんだよ」
「……っ、そんな……馬鹿な! 私こそが、最強の草薙を……!」
「お前が作ったのは、ただの『壊れた人形』だ。……躾を知らないゴミを、草薙とは呼ばない」
零の攻撃がことごとく伴隆に跳ね除けられ、身体機能がショートを起こす。
その絶好の隙を、登夢が逃すはずはなかった。
登夢は全身の細胞を焼き切るような勢いで、内なる練氣を右拳に収束させていく。
一族の守護の誓い、そして景たちの日常を守り抜くという執念。
それが、父・元の遺した「残留守護氣」として、かつてない密度で右拳に宿った。
「……これで、終わりだッ!!」
登夢が放った渾身の剛拳。
**「氣功増幅器」**が臨界点を超えて咆哮し、圧縮された練氣が零の胸板を貫いた。
ドォォォォォォォォンッ!!
衝撃波が水面を爆ぜさせ、指令室の壁を砕く。
零の強化外殻が砕け散り、彼はオイルと血を吐き出しながら崩れ落ちた。
同時に、全ての力を使い果たした登夢の身体からも、力が抜ける。
一日氣を使えなくなる代償を払った身体は、糸が切れたように崩れた。
「……登夢!」
伴隆が駆け寄るが、登夢は微かな微笑を浮かべたまま、静かに意識を手放した。
「……あ、あぁ……。草薙の……オリジナルが……」
這いつくばりながら、再起動を図る零。
その執念深い「商品」にトドメを刺すべく、伴隆が六角槍を構え直した。
その時だった。
カツン。
火花散る指令室のノイズを切り裂き、水没しゆく床を叩く、硬質なヒールの音が響いた。
伴隆が動きを止める。そこには、漆黒の麗(REI)モデルを纏い、地獄の業火を宿した瞳で零を見下ろす谷神 未来が立っていた。
「……未来先生」 伴隆は悟った。
ここから先は、闇を引き受けると決めた「大人」の聖域であることを。
未来の表情は凍りつくほどに無機質で、しかしその瞳の奥には静かな憤怒が燃えていた。
未来は優雅に、しかし氷のように冷徹に宣告した。
「……往生際が悪いですわね。さあ、**『掃除』**の時間です」
未来の腕が、目にも止まらぬ速さで閃く。
ドォンッ!!
一撃目。零の右腕が異な方向にねじ曲がる。
「……これは、怖い思いをした女の子たちの分」
(景、恭子、そして真実を知らされたかれんの恐怖)
バキィッ!!
二撃目。
零の左腕が粉砕される。
「……これは、相棒を亡くした男の子の分」
(自分の命よりも大切にしていたXJを突撃させたシャケの覚悟)
ドゴォォォォン!!
三撃目。
未来の鋭い蹴りが、零の鳩尾を深々と抉り、機械の肋骨が砕ける音が響く。
「……これは、両親を殺された子供たちの分」
(登夢、燃、かれん。奪われた家族の愛と、13年間の孤独)
零が血とオイルを吐き出し、仰向けに倒れる。
その虚ろな目が、頭上から見下ろす「本物の死神」を捉え、ガチガチと歯を鳴らした。
「ひ……ぃ……あ……」
未来は、優雅に、最後の構えを取る。
それは雷家の「影」として、不浄なものをこの世から消し去るための慈悲なき一撃。
「……そして」
彼女の掌が、零の額――思考中枢へと刀を振り下ろした。
「あなたを許せない私、大人たちの分……ですわ!!」
ガリィィィンッ!! と火花が散り、零の頭部は完全に沈黙した。
崩壊しゆく要塞の深部、海水が激しく流れ込む轟音だけが響く。
未来はゆっくりと息を吐き、静かに手袋を直した。
「……おやすみなさい。悪夢はこれでおしまいです」
今沢先生が予言した「もう、直せない(修復不可能な浄化)」が、因縁の面でも物理的にも完遂された瞬間であった。
未来は倒れた登夢を優しく抱きかかえると、伴隆と共に、沈みゆく過去を背にして脱出ルートへと走り出した。
背後で、K-UNITという名の巨大な罪が、神戸の海の底へと、音を立てて沈んでいった。




