中突堤の審判、不浄の掃除
場所:神戸港上空、および中突堤・香港船籍貨物船「龍王丸」甲板
深夜、神戸港を叩く激しい雨は、海面を黒く塗りつぶしていた。
その闇を切り裂くように、一機の黒い影が高度を下げていく。
兵庫県警のマーキングが施されてはいるが、その機体は草薙建設特別班によって魔改造された、もはや兵器に近い「鋼の怪鳥」であった。
機内のキャビンは、戦術用の赤い光に照らし出されている。
そこに並び立つ二つの影は、既に警察の制服を脱ぎ捨てていた。
草薙大と汐見円が纏っているのは、漆黒の**特殊戦術防護服「影(KAGE)量産型」**。
高強度アラミド繊維のマットブラックな質感が赤い光を吸い込み、胸元に刻まれた「草薙建設・特別保全班」の銀のロゴだけが鋭く光る。
頭部には暗視ゴーグル統合型ヘルメットを装着し、二人の瞳は既に人間ではなく「掃除屋」の冷徹さを宿していた。
大のインカムに、ノイズ混じりの、しかし落ち着き払った声が飛び込んできた。
『……「屠龍」へ。こちら「陸龍」。配置についた』
ポートタワーや周囲の倉庫屋上に展開した、中華街の精鋭スナイパー班からの通信だ。
『これより西デッキを**「掃除」**する』
その宣告と同時に、眼下の貨物船で警備していたマフィアたちが、断末魔の声すら上げることなく次々と崩れ落ちていった。
消音射撃による、神業のような同時狙撃。
『……西側から**「特等席」**へ向かわれたし』
「……こちら『屠龍』。承知した、感謝する」
大がPTTスイッチを押し、短く答える。通信を切ろうとした刹那、無線の向こうから、王老師の意志を背負った力強い声が追撃した。
『……祝你成功(成功を祈る)』
「……謝謝」
大は僅かに口角を上げ、通信を切った。
その隣で、円が特殊カーボン製のプロテクターを鳴らし、獰猛に笑って安全装置を外した。
「ふふ。異国の言葉で応援されるのも、悪くないわね。……行くわよ、大!」
「ああ。……不浄なゴミを一匹残らず片付けるぞ、円!!」
ガガガガッ!! 船上から放たれたライフルの銃弾がヘリの機体を叩くが、草薙家が施した強化装甲の前では火花を散らす火遊びに過ぎない。
「機体の装甲は厚い。……強引に行きますよ、お二方!」
パイロットが操縦桿を強く握り込み、機首を急降下させた。
急激なGが機内にかかる。
ヘリは弾幕を力ずくで押し通ると、甲板の真上、わずか数メートルの高度でホバリングした。
「――今ですッ!!」
パイロットの咆哮と同時に、漆黒の魔改造ヘリから二つの影が、雨の甲板へとダイブした。
着地と同時、汐見 円は両腕のガントレットにマウントされていた**「タクティカル・トンファー」**を滑らせ、逆手に握り直した。
それは警察支給の警棒ではない。
草薙建設が彼女のために用意した、高強度カーボンプレートとチタン合金を組み合わせた攻防一体の特注兵器。
そして何より、彼女がかつてこの街で「特攻姫」と呼ばれ、伝説を創っていた頃に最も手に馴染んでいた「獲物」の発展型であった。
「……懐かしいわね。この感触、身体が覚えてるわ」
円が低く笑う。
暗視ゴーグルの奥の瞳から理性が消え、獲物を狩る「修羅」の熱が灯る。
襲いかかるマフィアの傭兵たちが放つ凶器を、円はトンファーの長い側面を腕に沿わせて完璧に受け流す。
特殊戦術防護服「影(KAGE)」の筋肉補助機能が、彼女の反射速度を限界まで引き上げていた。
「私の正義で踊らせてもらうって言ったでしょ!」
円は叫ぶと同時に、トンファーを軸にして独楽のように鋭く旋回した。
遠心力とスーツのアシストが乗った重い一撃が、傭兵の持つナイフごと、その側頭部を粉砕する。
パキリ、と硬質な音が雨音にかき消された。
「次ッ!!」
間髪入れず、もう一方のトンファーを垂直に振り下ろす。
ガードを固めた敵の腕ごと、鎖骨を文字通り「へし折る」衝撃。
かつてのストリートで培った実戦的な打撃と、現在の警察官としての精密な急所攻撃が、不気味なほど高いレベルで融合していた。
隣では、草薙 大が草薙流の剛拳で敵を次々と「物」のように処理していく。
「円、右から二体来るぞ」
「……ええ、未来じゃないけどオードブルにもならない連中ね(笑)。まとめて片付けるわ!」
円はトンファーを回転させながら、弾丸のような速度で踏み込んだ。
筋肉補助によって増幅された彼女の「足技」と、トンファーによる「旋回打撃」が、浸水し始めた甲板で死のワルツを描く。
妹・恭子を傷つけ、登夢たちの光を汚した不浄な「商品」たち。
その報復は、法による裁きではなく、黒き鋼を纏った「特攻姫」の、容赦なき鉄槌によって執行されていた。
中突堤の闇は、二人の修羅の咆哮によって塗りつぶされていく。




