母の宣告、親友の生還
深夜のICU前廊下、景、恭子の意識は戻っていない。
ベンチに広げられた色褪せた設計図を、登夢、伴隆、燃の三人が囲んでいた。
13年前に登夢の実父・元が遺した海底パイロットトンネル――それが宿敵・零の喉元へ至る唯一の「道」であることを、伴隆が説く。
「……親父の背中、追ってくる」
登夢が設計図を力強く掴み、決意を口にしたその時だった。
重厚な手術室の扉が開き、一人の女性医師が姿を現した。
伴隆の母であり、この病院の外科部長を務める「氷の執刀医」――雷 環である。
「母さん……!」
伴隆が即座に立ち上がる。
環の白衣には、数時間に及ぶ緊急オペの過酷さが刻まれていたが、その瞳は冷徹なまでに静かだった。
「……伴隆。それに登夢くん、燃くんも。騒がしいわよ、ここは病院です」
環は一度だけ息子を厳しく嗜めるように見た後、わずかに表情を和らげた。
「シャケくんの意識が戻ったわ。……ICUから一般病棟へ移す準備をしているけれど、少しだけなら顔を見てもいいわよ」
「シャケが……! 助かったのか!」
燃が感極まった声を上げる。
環は手元のカルテに目を落としながら、どこか呆れたような、それでいて誇らしげな口調で続けた。
「ええ。水泳部で鍛えた肺活量のおかげかしらね。……それに、日ごろから登夢くんや貴方に、古武術の練習台として死ぬほど鍛えられているせいか、驚異的な回復力だわ(笑)。……全く、雷流の身体操作をこんなところで証明しなくていいのに」
「……感謝します、環先生」
登夢が深く頭を下げると、環は「礼なら、必ず生きて帰ってきてから言いなさい」と、医師として、そして親友の母としての厳しい慈愛を投げかけた。
***
「……おい。勝手に盛り上がって、俺を置いていくなよ」
特別病室(一般病棟)の扉を開けると、全身を包帯で巻かれ、痛々しい姿ながらも、シャケはベッドの上で不敵な笑みを浮かべていた。
「シャケ……! お前、本当に生きてるんだな!」
燃が駆け寄り、その無事を確認するように肩を掴む。
「へへ、心配しすぎ。……あいつら(K-UNIT)のより、登夢と雷の『グー』の方がよっぽど堪える。これくらい、かすり傷だ」
シャケは震える手で登夢のライダースジャケットをぐいと引き寄せ、その瞳に親友への全幅の信頼を宿した。
「……登夢、雷。俺と、燃ちゃんはここで待ってるからな」
それは、戦場へ向かう者への「必ず帰れ」という、最強の楔だった。
「景ちゃんや恭子ちゃんの分も含めて……帰ってきたら、全部聞かせろ。 どうやってあいつらをボコボコにしたのか、一字一句漏らさずにな」
「……ああ。全部、話してやる。お前が飽きるまでな」
登夢の声が、決意で一段と重みを帯びる。
「約束だ。……これで、嫌でも帰ってこなきゃならなくなったろ?」
シャケが満足そうに頭を沈めるのを確認し、三人は無言で力強く頷いた。
父が遺した「道」を、親友たちの「絆」を背負って走り抜ける。
廊下で見送る環の「氷の眼差し」の奥にある祈りを感じながら、三人は深夜の駐車場へと走り出した。
数秒後。
ドカティとゼファーの咆哮が、要塞陥落への秒読みを開始した。




