修羅の残響、静かなる誓い
山崎総合病院の自動ドアが開き、夜の湿った風と共に、鉄錆と戦場の匂いを纏った草薙 登夢が踏み込んだ。
彼の右拳には、苅藻でブートレグを粉砕した際の返り血が黒くこびりついている。
ロビーの奥、集中治療室(ICU)の赤いランプが、拭い切れぬ血の色のように灯り続けていた。
そこには、既に「修羅」へと変貌した円、地を這うような怒りを押し殺す大、そして真実を知り絶望に震えるかれんと燃の姿があった。
「……登夢」 大の声に、登夢は足を止めた。
「景ちゃんは……右肩を無残に撃ち抜かれた。相手は人間じゃない。人の皮を被った兵器だ」
その瞬間、登夢の右手の古傷が、13年前の炎の記憶を呼び覚ますかのように激しく疼いた。
彼の周囲の空気が物理的に歪み、ロビー全体を震わせるほどの「修羅の氣」が立ち上る。
その殺気は、居合わせた大人たちですら息を呑むほど苛烈なものだった。
(……許さない。あいつらを、一人残らず、俺の手で……!)
脳裏を真っ赤な復讐心が塗りつぶそうとした、その時。
登夢の耳に、かつて中庭で伴隆に言われた言葉が蘇った。
『お前が壊れたままでは、今ある「守るべきもの」も守れなくなるぞ』
「……っ」 登夢は深く、長く息を吐き出した。
立ち上っていた「修羅の氣」が、霧が晴れるように静かに収束していく。
だがそれは怒りが消えたのではなく、巨大な破壊の衝動が、景を守るための「純粋な意志」へと凝縮された証だった。
母が炎の中で遺した、『あなたの手は、誰かを守るためにある』という言葉。
もし今、自分が憎しみに身を任せて壊れてしまえば、手術室で戦っている景が戻ってきたとき、誰が彼女を抱きしめるのか。
誰が彼女の「帰る場所」になるのか。
登夢は傍らにいた伴隆の肩を一度だけ強く、無言で叩いた。
それは「俺は大丈夫だ」という親友への、そして自分への誓いだった。
登夢は、ヘルメットを床に置き、大と今沢先生を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には、もはや激情の揺らぎはない。
あるのは、目的を完遂するための冷徹なまでの静寂だった。
「……兄さん。大丈夫だ。俺のすべきことをする」
彼の声は低く、しかし驚くほど安定していた。
大は驚いたように目を見張ったが、すぐに誇らしげな、寂しそうな、複雑な笑みを浮かべた。
「登夢……強くなったな。」
復讐鬼としてではなく、景の「光」を永遠に守り抜くための「影」として。
17歳の少年は、自らの宿命と向き合い、壊れることなく「継承者」としての第一歩を刻んだ。
ICUの赤いランプの下、若き継承者と、覚悟を決めた大人たちの静かな共闘が、今ここに始まった。




