修羅の残響、影の道標
最深部のサーバー室から、音もなく六つの影が躍り出た。
中突堤の個体よりも一回り大きく、その動きには人間特有の「溜め」がない。
前衛の二体が強化カーボン製のトンファーを構え、弾丸のような速さで登夢の顔面を狙う。
「……改良型か」
ドォォン!! 登夢の**「氣壁」**が火花を散らし、打撃を弾き返した。
その時、伴隆が六角槍の石突きで床を叩く。
波紋状に広がった無効化の氣が、薬物で強制活性化されていたブートレグの神経系を直撃した。
「ギ……ガ……ッ!?」
**「氣無」**──伴隆の氣功無効化を食らい、人工的な「氣」の供給を遮断され、首筋のデバイスが異音を立ててショートする。
ただの重い肉塊となってバランスを崩す敵。
その隙を、登夢の剛拳が逃さない。 草薙流古武術──破壊の極意が、トンファーのガードごと敵の胸板をブチ抜いた。
中衛の二体が電磁伸縮式三節棍を振り回し、死角から伴隆の首を狙う。
しかし、伴隆は六角槍を風車のように回転させ、変幻自在な軌道をすべて叩き落とした。
「三節棍進槍が足りないな(笑)」
槍の穂先がワイヤーを絡め取り、そのまま敵の喉元へ「氣無」を流し込む。
一方で、遊撃の個体が踵に仕込んだヒドゥン・ブレードで登夢の背後を襲う。
しかし、登夢は振り返ることなく、最小限の動きでその蹴りを受け流し、カウンターの掌底を叩き込んだ。
倉庫の陰では、篠塚玄馬がその光景を静かに見守っていた。
「若に護衛は不要。」
玄馬は手元の端末で、K-UNITの機密データの全回収を開始する。
二人が「光」として戦場を支配している間に、彼は「影」として、あの日、「13年前」に消し損ねた汚物の残骸を一つ残らず「掃除」していく。
死闘の末。
倉庫内には、沈黙したミラーシェードの残骸と、過負荷でショートした電子機器の焦げた匂いだけが漂っていた。
登夢は荒い息を整えながら、右拳に纏わせた「練氣」をゆっくりと霧散させる。
伴隆は六角槍を慣れた手つきで布に包み直し、ポケットのPHSを取り出した。
「……アンテナが戻ったな」
その瞬間、端末が狂ったように震えた。
液晶に表示されたのは、椿からの緊急転送メッセージ。
『106-09-119(トム-ウゴク-シキュウキュウホウ)』
「119……? 伴隆、どうした」
登夢の問いに、伴隆の顔から血の気が引いていく。
「学園側だ! 何かあった!」
「その通りです、伴隆様」
背後の闇が揺れ、篠塚玄馬が静かに姿を現した。
その手には重厚な車載電話の受話器が握られ、険しい表情が事態の深刻さを物語っていた。
「……玄馬。何があった」
登夢の声が低く響く。
手のひらの古傷が、かつてないほどの激痛となって疼きだした。
登夢の周囲の空気が、瞬時にして殺意の極地である「修羅の氣」へと変貌した。
「恭子様と景様が襲撃されました。若、伴隆様。至急、山崎中央病院へ向かってください」
「……ッ!」
床のコンクリートに微かな亀裂が走り、倉庫全体が震えるような圧力が放たれる。
「今の景様を救えるのは、我ら『影』の武力ではなく、あなたの存在です」
玄馬は真っ直ぐに登夢の瞳を見据えた。
そこには、13年前に登夢の両親を救えなかった悔恨と、今度こそこの「若」を守り抜くというプロの決意が宿っていた。
「この場の後始末、我らが完遂いたします。」
玄馬は一歩下がり、深い礼を取った。
「若、そして伴隆様。山崎中央病院へ! 全力で向かわれなさい!」
その言葉が、二人の背中を叩く。
登夢と伴隆は弾かれたように倉庫を飛び出した。
数秒後。
夜の苅藻に、レッドゾーンまで跳ね上がったドカティとゼファーの咆哮が響き渡った。
二台の鉄馬は、神戸の夜を切り裂いて疾走していった。
玄馬はその爆音を背中で聞きながら、インカムに冷徹な声で命じる。
「スズメ、南雲班。『掃除』を継続。証拠物件の全回収、現場の完全消毒。奴らの爪痕ひとつ、この世に残すな」
若き「光」を病院へと送り出し、「影」の男たちは音もなく戦場の瓦礫へと踏み込んでいった。




