盲目の梟
夕闇に沈む苅藻の倉庫街。
海からの湿った風が、錆びた鉄の匂いと、朽ち果てたコンクリートの冷気を運んでくる。
赤いドカティ400SSと黒いゼファー400。
二台の怪物は、ターゲットとなる古い倉庫の数百メートル手前で同時にエンジンを切った。
排気音の余韻を消し、慣性だけで滑り込むように巨大な影へと溶ける。
「……よし、ハッキングの効果は継続中だ」
雷 伴隆が、制服のポケットから取り出したPHSのアンテナを長く伸ばし、液晶画面に流れるログを確認した。
「監視カメラも赤外線も、俺の『毒』で完全停止している。今のあいつらは、暗闇に置かれた盲目の梟だぜ」
草薙 登夢は無言でヘルメットのバイザーを上げた。
その瞳には、かつて中突堤で拳を交えた男──ミラーシェードの『兵器』たちへの冷たい殺気が宿っている。
ふと、登夢は自身の右拳を強く握りしめた。
手のひらの中央に残る、あの日──13年前の反乱の炎を刻んだ古い傷跡が、幻痛のように疼きだす。
実父・元を奪い、母・文の命を散らしたK-UNITへの拭い去れぬ因縁が、彼の練氣を鋭く研ぎ澄ませていった。
二人が正面の重い鉄扉に手をかけた時、それは最初から二人を招き入れるかのように、わずか数センチだけ隙間が開いていた
(……暗部か) 登夢は、視界の端に揺れた『スズメ』の影を微かに察知した。
玄馬の指示を受けた草薙家保安部が、既に音もなき露払いを終えているのだ。
「行くぞ、登夢。実戦の時間だ」
伴隆の不敵な言葉を合図に、二人は鉄の檻へと足を踏み入れた。
内部は、外観の朽ち果てた姿からは想像もつかない異様な光景だった。
唸りを上げる大型の空調ユニット、不気味な緑の光を放つ**『調整槽』**。
その中には、無機質なミラーシェードを装着した男たちが、羊水のような液体に満たされた槽内で、胎児のように浮かんでいる。
「……悪趣味だな。人間を部品にでもする気かよ」
その時、調整槽の奥から重厚なプレッシャーが立ち上った。
伴隆が背中に背負った布包みを解き、中から鈍く光る六角槍を取り出す。
登夢の拳には、鋼を粉砕する**『練氣』**が纏われ始めた。
パキィィッ……! 静寂を切り裂き、調整槽の一つのガラスに蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
トンファーや三節棍を握りしめた『ミラーシェードの男』たちが、どす黒い殺気を纏って同時に目を開けた。
「……来たな。」
登夢の静かな咆哮が、地下倉庫に響き渡った。




