鋼の鼓動、影の追走
放課後の鳳学園保健室。
夕闇が迫る窓際で、雷伴隆は不敵な笑みを浮かべた。
敵に流し込んだ「毒」は今頃、サーバーを内側から焼き切っているはずだ。
「さて、と。……次は**『物理』**で挨拶しに行ってやるか」
彼はいつもの不敵な笑みを浮かべ、身を翻した。
廊下を歩く伴隆の視線の先には、図書室の当番を終えた草薙登夢がいた。
夕陽に照らされたその巨躯は、どこか周囲の空気から切り離されたような静寂を纏っている。
伴隆は登夢の隣に並び、プリントアウトしたマップを見せる。
赤くロックオンされた**「神戸・苅藻倉庫街」を見せた。
「ネズミの巣を見つけた。『ミラーシェードの男』が動いたぞ。」
「……ミラーシェード」
その単語を聞いた瞬間、登夢の瞳から温度が消えた。
手のひらに残る古い傷跡が、あの日見た炎の記憶と共に微かに疼く。
「……行くのか」
「ああ。画面越しの挨拶はもう飽きた。実戦で御挨拶だ」
登夢は無言で頷き、拳を固く握りしめた。
二人の間に、戦場へ向かう者特有の冷たい「氣」が流れ出す。
その様子を、掲示板の校内新聞を読んでいるふりをして見守る女子生徒がいた。
女性保安部の実動員、コードネーム**『スズメ』。
彼女は二人が歩き出したのを確認すると、素早くPHSのメッセージを入力、送信する。
液晶に刻まれた数字の暗号──『106-09-88(トム-動く-ハヤク)』**。
地上三十メートルの貯水槽の上。
冬の入り口の冷たい風に吹かれながら、椿の腰のベルが鋭く鳴った。
彼女は液晶を確認すると、即座に手元の無線機を開いた。
「父上、若(登夢)が出ます。伴隆殿と共に場所は伴隆殿から連絡のあった苅藻です。
……ええ、護衛は不要と判断します。あのお二人の殺気は、既に子供の域を超えています」
学園正門から少し離れた路上の黒いセダンの中で、草薙家保安部責任者・篠塚玄馬がその報告を静かに受け取った。
「了解した。……私は後方から距離を保つ。若たちに悟られるな」
玄馬は無骨な車載電話の受話器を置き、愛車のエンジンを音もなく始動させた。
「情報の全回収、および現場の後処理──『大人の掃除』の時間だ。
あの日火を消し損ねた『ゴミ』を、今度こそ完全に清掃するぞ」
駐輪場では、二台の怪物が産声を上げていた。
伴隆の黒いゼファー400と、登夢のドカティ400SS。
重厚な排気音が鳳学園の静寂を切り裂き、タイヤがアスファルトを力強く蹴った。
ヘルメットのバイザーを下ろした登夢の視界には、もはや日常の景色は映っていない。
「風が止まったな……」
二つの影は爆音を残し、夕闇に沈む神戸の街へと消えていった。
その遥か後方、音を殺して追随する玄馬のセダン。
若き継承者たちの熱い拳の裏側で、冷徹なプロの「影」が、戦場のすべてを支配するために動き出していた。




