黄昏の捕食者、止まった風の咆哮
静耶がカメラを持って街に出たのは、秋の気配がほんのり混じり始めた放課後だった。
けれど陽射しはまだ強く、アスファルトの熱気がじわりと靴底に残っている。
(今日は光がいい感じかも)
夏休み明けの街は、どこか急ぎ足だ。
制服姿の高校生たちが入れ替わるように通りを歩き、真夏の余韻が残る空はオレンジへと傾きつつある。
シャッターを切る。
いつものように、ただ一瞬を切り取るはずだった。
――その時、ファインダーの端に“違和感”が映りこんだ。
黒いロングコート。
季節に似合わない、肌をすべて隠す格好。
無機質なミラーシェードが夕陽を反射し、光を弾き返している。
(……え?)
静耶の指が止まる。
反射的にファインダーを外す。
しかし――そこには、誰もいなかった。
汗ばむ首筋に、ぞくりと冷たいものが走る。
未来の言葉がよみがえる。
『静耶。ミラーシェードの男を見かけたら、絶対に近づいてはいけませんわ。何があっても逃げなさい。……特に“黒いセダン”を見たら、です』
『あれは、あなたたち高校生が関わっていい相手ではありませんの』
あの未来が、冗談ひとつ言わない目で告げた忠告。
その重みが、胸の奥を締めつける。
(……写っちゃった? 本物……?)
心臓が、じりじり熱い空気を突き破るように跳ねた。
一人で抱えるには重すぎる。
静耶は、急いで恭子を探した。
***
「……これ、写ってる。完全に」
写真を覗き込んだ恭子の表情が、固くなる。
景が静耶の隣で、ひそかに息を呑んだ。
「静耶、見た時にはいなかったんだよね……?」
「う、うん……ほんの数秒で消えてて……。
未来お姉ちゃんに“見つかったら終わり”って言われてたから……」
恭子は息をゆっくり吸い込み、決意をにじませた声で言う。
「未来先生がそこまで警告する相手なら、放置はできない。
まず現場を見に行く。
“本当にそこにいたのか”
“写り込みなのか、痕跡があるのか”
確認してから円姉さんに連絡しよう」
景が不安げに恭子の腕をつかむ。
「……でも、危ないんじゃない?」
「危なかったら即撤退。景は私のNSRの後ろ。静耶はVTでついてきて。三人で行くなら大丈夫。無茶はしない」
静耶もうなずく。
「恭子と景が一緒なら……私、行ける」
こうして三人は、薄暮の倉庫街へ向かった。
***
そして――そこに“いた”。
男たちだけではない。
一台の車が、異様な存在感を放ちながら停まっていた。
――黒い、威圧的なエンブレム。
その瞬間、景の足がふっと止まる。
(あの時の……)
胸の奥から逆流するように、過去の恐怖が一気にせり上がる。
(暗い倉庫の湿気)
(コンクリートの冷たさ)
(闇の中で鈍く光った、あのフロントグリル――)
景の唇が震える。
「あ……あれ……!」
「景?どうしたの?」
「中突堤の……倉庫……。私と登夢くんが襲われた時……あの車が、そこに……!」
その言葉を聞いた瞬間、恭子の目が鋭さを帯びる。
ただの不審者ではない。
円から聞いていた事件、登夢と景が巻き込まれた拉致事件。
“あの時の連中”だ――確信する。
「……静耶!!逃げるわよ!!あんたは冬華か登夢君、動ける人を呼んで!」
「えっ、でも!」
「いいから行きなさい!!」
「わかった、すぐに助けにくるから。」
静耶は軽やかだがフルアクセルでVTを発進させた。
(……頼んだわよ、静)
恭子は、ターゲットが自分たち(特に景)であると察し、静耶を逃がすために、あえて目立つ行動を取る。
「景、後ろに乗って! しっかり捕まるのよ!」
恭子のNSRが爆音を上げて発進する。
風が止まり、世界が一瞬だけ静止したように感じた。




