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風のシャドゥ・レガシィ~闇を継ぐディスティニー  作者: 歌麿
電脳の狩人と真実の告白編
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13/45

真実の告白、影が鳴らす葬送の電子音

――影の真実が語られ、涙が落ち、そして現実が割り込む

美術準備室の扉が閉まると、外の世界の音がすっと消えた。

石膏像の白さだけが、夕陽の残光を受けてぼんやり浮かんでいる。


杠葉かれんは、胸に抱えたファイルをぎゅっと握りしめたまま、扉の前で立ち尽くしていた。

今沢先生は、部屋の中央まで歩き、ゆっくりと振り返った。


「……ここなら、誰にも聞かれないわ」


その声は、保健室よりも低く、覚悟を含んでいた。


かれんは、涙の跡が残る頬を袖で拭いながら言った。


「……先生……

 さっきの……

 “覚えていたのね”って……どういう……」


言い終わる前に、胸の奥がまた締めつけられる。


(……怖い……

 でも、聞かなきゃいけない……

 もえちゃんのお母さんのことも……

 ずっと胸に引っかかってた……

 でも……言えなかった……)


今沢先生は、かれんの前まで歩み寄り、そっと視線を合わせた。


「……杠葉さん。

 あなたが思っている以上に……

 “あの日”のことは複雑なの」


かれんの喉が、きゅっと鳴った。


「……あの日……?」


今沢先生は、深く息を吸い、胸元を押さえた。


「あなたがまだ小さかった頃。

 山崎中央病院で……私はある研究チームにいたの。

 K-UNIT──草薙流古武術を医学的に研究し、影を継がせない未来を作るための計画だった」


かれんの心臓が跳ねる。


「そのチームには……御薬袋夫妻──あなたのご両親がいた。

 私の先輩で、とても優秀で……そして、誰よりも優しかった」


かれんの視界が揺れた。


(……お父さん……お母さん……

 山崎中央病院の研究者……)


今沢先生は、胸の奥を押さえるようにして深く息を吸った。


「……話すわ。

 でも……覚悟して聞いてね」


かれんは小さく頷いた。


「……お願いします」


今沢先生は、ゆっくりと語り始めた。


「K-UNIT計画は、草薙流古武術を“医療として残す”ための計画だった。

 影を捨て、技術として未来に残すための……大人たちの最後の判断だった」


かれんの胸が痛む。


(……影を……捨てる……?)


「“影を捨てる”というのはね、ただ技を封印するという意味じゃないの。

 草薙の“影”は、単なる武術でも、家の伝統でもない。生き方そのものなの。

 影を継ぐということは──“誰かの命を奪う役目を背負う”ということ」


「草薙家は長い間、国家や裏社会の“汚れ仕事”を担ってきた。

 表に出せない争いを終わらせるために、影として動く役目を負っていた。

 でも……その役目は、あまりにも重すぎた。

 子どもに継がせるには、あまりにも残酷だった」


今沢先生は、かれんの肩にそっと手を置いた。


「だから草薙 明さんは決めたの。

 “影を継がせない未来”を作るって。

 草薙流古武術を医療に転用し、“影”を“技術”に変える。

 血の呪いを断ち切り、子どもたちに未来を選ばせるために」


かれんの目に涙が滲む。


(……影を……捨てる……

 それは……登夢くんたちを……守るための……)


「影を捨てるというのは、草薙家が何百年も続けてきた“役目”を終わらせるということ。

 誇りでもあり、呪いでもあったものを……未来の子どもたちのために断ち切るということ。

 それは、草薙家の大人たちにとって、とても勇気のいる決断だったのよ」


「責任者は草薙零さん。草薙明さんの弟で、登夢くんの大叔父にあたる人。

 そして……あなたのご両親と私は、その研究員だった」


かれんは息を呑んだ。


(……お父さんとお母さん……)


「でも……零さんは反対した。

 『影こそ草薙のすべてだ』と。

 影を捨てるくらいなら、自分の手で“新しい草薙”を作ると。

 K-UNITの研究データを盗み、薬物投与と人体改造で“ブートレグ計画”を始めたの」


かれんの指が震える。


「……そんな……」


「あなたのご両親は零さんの暴走に気づき、草薙元さん──登夢くんのお父さんに報告した。

 でも……零さんを信じていたの。

 彼は必ず思いとどまってくれると。

 でも……零さんは戻らなかった」


今沢先生の声が震えた。


「零さんは自らをブートレグに改造して反乱を起こしたの。

 そして……御薬袋夫妻を殺害したの」


かれんの視界が揺れた。


「……っ……!」


胸が押しつぶされそうになる。


「……でもね、杠葉さん。

 “あの日”にいた全員が命を落としたわけじゃないの」


かれんは涙を拭いながら顔を上げた。


「……どういう……?」


「私は……雷家の環先生に助けられたの。

 反乱が始まった瞬間、環先生は私を研究棟から強引に連れ出して、病棟へ避難させた。

 山崎総合病院の病棟は“草薙のセーフティーゾーン”──

 草薙家が非常時に使う、もっとも安全な場所だったの」


(……環先生……雷家が……今沢先生を……病棟に……)


「研究棟は零さんの襲撃を受けたけれど、病棟は草薙家の管理下で、

 影の者でも容易には踏み込めない区域だった。

 だから私は……生き残れたの」


(……山崎総合病院……そんな場所だったんだ……)


「そして……草薙 昭さん──登夢くんの義母さんは、その日、病棟に入院していたの。

 平くんと成ちゃんを出産するために。

 だから、反乱の現場にはいなかった。

 新しい命が、彼女を救ったの」


かれんは目を見開いた。


「……病棟に……?」


「ええ。昭さんは、燃くんのお母さん──赤紙 和さんの双子の妹なの。

 だから和さんが亡くなったあの日、昭さんは病棟にいて、

 草薙のセーフティーゾーンに守られていた」


(……和さんの双子……

 だから……昭さんは……あの日、病院にいたから助かったんだ……)


「生き残ったのは……偶然じゃない。

 誰かが守ったから。誰かが動いたから。

 そして……誰かが犠牲になったから」


美術準備室の空気が、さらに重く沈んだ。


「元さんは激怒してK-UNIT計画の凍結と反対派の粛清を始めた。

 そして零さんは元さんと闘い……二人は相打ちになった。

 影と影がぶつかれば、そうなるのは当然よね。

 でも……零さんは“壊れただけ”だった。

 直せばいい存在として、まだ生き残ってしまった」


「……じゃあ……登夢くんも……?」


「ええ。零さんは草薙本家──登夢くんの命も狙った。

 でも、登夢くんのお母さんがそれを止めた。

 炎の中で登夢くんを耐火金庫に隠し、南雲さんと篠塚さんに託して……

 自分は炎に飛び込んで、登夢くんを守ったの」


かれんの胸が締めつけられる。


「草薙家の反撃は苛烈で、零さんたち反乱分子は多くを失った。

 その後、海外に逃亡して……どこで何をしていたかまではわからないけれど、

 ブートレグの研究だけは続いていた。それだけは確かよ」


「……もうひとつ。

 燃くんのお母さん……赤紙あかがみ のどかさんも……

 あの日の反乱に巻き込まれて亡くなったの」


美術準備室の空気が凍りついた。


「先生、もえちゃんのお母さんも……」

最後は言葉にならなかった。


(……やっぱり……もえちゃんのお母さんも……

 私の両親と同じ日に……)


ガタンッ!!


美術準備室の扉が勢いよく開いた。


「……っ……!」


そこに立っていたのは──燃だった。

顔は真っ青で、手は震え、ヘッドホンを握りしめたまま、今にも崩れ落ちそうだった。


「……もえ……ちゃん……?」


「……なんで……

 なんで“おれを使わなかった”んだよ……かれん……」


「母さんがどう死んだとか……そんなの……今はどうでもいい……!

 でも……かれんが……ひとりでこんなつらいこと調べて……苦しんで……泣いて……

 なんで……なんで“おれを使わなかった”んだよ……!」


「……もえちゃん……だって……和さんのこと……そんな……言えるわけ……」


「言えよ!!」


燃の叫びが、準備室に響いた。


「おれ……ずっと……かれんのそばにいたのに……

 下宿して……毎日顔合わせて……

 なんで……なんで“おれなんかに気を遣った”んだよ……!


おれは……かれんが泣いてたら……絶対助けに行くって……

 ……約束したのに……!」


「……もえちゃん……優しいから……言えなかった……

 和さんのこと……あなたの前で……軽く扱いたくなかった……

 ……そんなの……できなかった……」


燃は膝をついた。


「……かれん……おれ……おれは……“使われたかった”んだよ……

 かれんのためなら……なんだってしたのに……」


かれんは駆け寄り、燃を抱きしめた。


「……ごめん……ごめんね……もえちゃん……」


「……ひとりで泣くなよ……かれん……

 おれ……ずっと……そばにいたのに……」


「……これからは……頼るよ……もえちゃん……

 あなたがいてくれて……本当に……よかった……」


美術準備室は、深い影と涙に満たされていった。


「……燃くん。あなたが知らない“もうひとつの真実”があるの」


「……なにが……?」


「“中突堤の倉庫街”の事件……覚えているわね?」


燃は息を呑んだ。


「……登夢が……景ちゃんを助けた、

 あの……“放課後の中庭”に繋がる話……!」


校内新聞の記事の内容が、燃の脳裏に蘇る。


「ええ。

 あのとき登夢くんが戦った“ミラーシェードの男”──

 あれは ブートレグ だったの」


「……っ……!」


「登夢くんは何も知らなかった。

 相手が何者かも、どういう存在かも。

 ただ景ちゃんを守るためだけに、目の前の敵を倒したの」


「……景……ちゃんを……守るために……?」


「ええ。

 そしてその“無自覚の勝利”が、K-UNIT残党にとっては致命的だったの。

 親子二代──草薙元さんと登夢くんに敗れた。

 おそらく登夢くんの倒したブートレグは当時最強の個体だったと思うの。

 コピーはオリジナルにかてなかったわ。

 そして、彼らは完全に崩壊寸前になった」


燃は震える声で呟いた。


「……登夢……おまえ……そんな……」


(……登夢くん……景ちゃんを……守るために……命がけで……)


今沢先生は静かに呟いた。


「……K-UNITが、日本に帰ってきたの」


美術準備室の空気が、さらに冷たく沈んだ。


ピリリリリ……!


静寂を切り裂く電子音が、部屋に鋭く響いた。

今沢先生の白衣のポケットが震えている。


《発信元:草薙家保安部》


続けて──


ピリリリリ……!


今度は燃の携帯電話が震えた。


《発信元:草薙家》


燃の顔から血の気が引いた。

かれんの胸がざわつく。


(……なに?……嫌な予感……

 登夢くんに?……それとも……

 “影が……また動き出した……?”)


今沢先生は、携帯電話を握りしめながら言った。


「……二人とも。ここから先は──本当に気をつけて」


二人の携帯電話が震え続ける音だけが、

夕陽の残る美術準備室に響いていた。

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