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風のシャドゥ・レガシィ~闇を継ぐディスティニー  作者: 歌麿
電脳の狩人と真実の告白編
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12/45

追憶の芳香、影へと続く回廊

――静かに、しかし確実に“影”へ踏み込む


放課後の保健室。

夕陽がカーテン越しに淡く差し込み、

静かな空気が漂っていた。


かれんは、

胸に抱えたファイルをぎゅっと握りしめ、迷いを振り払うように扉を開けた。


「……失礼します」


今沢先生は、書類を閉じて顔を上げた。


「杠葉さん。どうしました?」


その声は穏やか。

けれど、かれんにはわかった。


(……昨日より、少しだけ硬い)


かれんは深呼吸し、椅子に座る前に切り出した。


「先生……ひとつ、聞きたいことがあって来ました」


今沢の表情が、わずかに揺れる。


「……なにかしら?」


かれんは、

胸の奥の震えを押し殺しながら言った。


「先生……

 山崎中央病院に勤務していたんですね」


その瞬間。

今沢先生の指が、机の上のペンを落とした。


カラン……と乾いた音が響く。


沈黙。

保健室の空気が、音を立てて変わった。


かれんは続ける。


「昨日、旧校舎の資料室で……健康診断の報告書を見ました。そこに、山崎中央病院の名前があって……」


“御薬袋”の名前は言わない。

あえて言わない。


その沈黙が、

逆に“真実の輪郭”を浮かび上がらせる。


今沢先生は、ゆっくりと息を吸い、震える指先を胸元に当てた。


「……そう。そこまで……たどり着いたのね」


声は静かだったが、

その奥に“覚悟”と“動揺”が混ざっていた。


(……やっぱり。

 先生は、何か知ってる)


かれんの胸が強く脈打つ。


今沢先生は、自分の動揺を隠すように立ち上がった。


「……少し、落ち着きましょう。あなたも、私も」


そう言って、保健室の隅に置かれたコーヒーメーカーのスイッチを入れた。


ブォォ……と低い音が響き、特製ブレンドの香りがふわりと広がる。


(……先生、コーヒー通なんだ)


かれんは気づいた。

この香りは、ただのインスタントではない。


今沢先生は、

コーヒーが落ちる間に、

小鍋を取り出して牛乳を温め始めた。


トロリとした湯気が立ち上る。


その手が、ほんの一瞬だけ胸の奥を押さえるように止まった。

長いあいだ隠してきた痛みが、ふと顔を出したかのように。


(……こんなに早く……

 あなたが辿り着くなんて……)


コーヒーメーカーが、コトン、と最後の一滴を落とす。


今沢先生は、温めたミルクを先にカップへ注ぎ、その上からコーヒーを静かに落とした。

ミルクの白に、コーヒーの黒がゆっくりと広がっていく。

その“混ざり合う瞬間”を見た途端──


(……この光景……知ってる……

 でも、いつ……誰と……?)


ぽろ……

ぽろぽろ………


かれんの目から、

涙がこぼれ落ちた。


自分でも止められない涙。


「……え……?」


かれんは慌てて目元を拭うが、

涙は次々と溢れてくる。


(なんで……?

 どうして……こんな……)


胸の奥に、

忘れていた“誰かの手”の温もりがよみがえる。


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。


大きな手。

優しい声。

近くにいた“誰か”。


(……別のお父さん……?)


かれんの手が震え、

コーヒーポットがカタリと揺れた。


今沢先生は、

その涙を見て息を呑んだ。


かれんは、

涙を拭いながら震える声で言った。


「……その淹れ方……ずっと昔に……」


言葉が続かない。


涙が止まらない。


「……先生は……

 どのお父さんを知っているんですか」


その言葉は、保健室の空気を一瞬で凍らせた。


今沢先生は、胸元を押さえ、深く目を閉じた。


「……カフェオレの淹れ方、覚えていたのね」


その声は、優しさと痛みと後悔が混ざっていた。


かれんの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。


「……私……覚えてるんです……

 この淹れ方……

 “誰か”が、私に作ってくれた……

 でも……今のお父さんじゃない……」


今沢先生は、震える手でコーヒーポットを置いた。


「……ここでは話せないわ」


かれんは涙を拭い、

小さく頷いた。


「……じゃあ、場所を変えましょう。美術準備室なら……誰も来ません」


その提案に、今沢先生の目がわずかに揺れた。


しかし、逃げることはもうできなかった。


「……わかったわ。行きましょう」


二人は保健室を出て、並んで廊下を歩き始めた。


夕陽が差し込む廊下に、二人の影が長く伸びる。


――“嫌な予感”が胸を刺す


その姿を、廊下の角から見ていた者がいた。


燃だった。


(……かれん……?

 今沢先生と……?)


胸の奥がざわつく。


始業式の日から、燃はずっと“嫌な予感”を抱えていた。


かれんの行動パターン。

表情の変化。

歩く速度。

視線の揺れ。


串本の時の経験で、燃はかれんの“危険の兆候”を誰よりも知っていた。


(……また、何かに……)


燃の背筋に冷たいものが走る。


――“ぜったいたすけにいくから”


母さんの葬式、あの日の約束。

泣いていたら教えて。

おれ、ぜったいたすけにいくから。


その言葉が、燃の胸の奥で強く響いた。


(……行くしかない)


燃は、二人の後を追うように歩き出した。


始業式の放課後──

かれんの様子がおかしいと感じた燃は、放送委員会の備品であるワイヤレスマイクをこっそり準備室に仕掛けていた。


(……ごめん、かれん……

 でも、守るためだから……)


しかし──

このマイクは“近距離専用”。


だから受信機を、隣の美術室に隠していた。


(……ここなら……聞こえる……)


燃は息を潜め、ヘッドホンを耳に当てた。


その瞬間──

美術準備室の扉が閉まる音が、静かに響いた。

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