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4−3

「あなたのお友だちはコレクションルームにいるわ。好みのタイプだったから殺さずに飾ってあるの」


 うす暗い廊下を歩きながら、マダム・ペトロは楽しそうに語った。

 蛇のような尻尾でずるずると進む不気味な姿。

 そして「一応」だとか「飾ってある」という言葉に不安を覚える。


 生きているからといって無事とはかぎらない。

 もっと悲惨な現実が待ち構えている可能性だって十分にありえるのだ。

 アルフレッドの考えを察したのか、ペトロはムッとしたような表情をする。


「さてはあたいのこと、猟奇趣味の変態女だと思ってない? どうせクーのやつが誤解を招くような話を吹きこんだのでしょうけど、あなたが想像しているような拷問はお上品じゃないからやらないわよ。後始末が大変だし、なによりこう見えてあたいは清楚でウブな女なの。わかる?」


 拷問が趣味な時点で清楚もくそもねえだろ。

 それになにがウブな女だ。ネグリジェ一枚で言う台詞ではない。

 下半身なんて丸出しじゃねえか。


「本気で疑っていたわけではないですが、それを聞いて安心しました」

「ほら見て。ショコラティエ様から見ても、センスいいでしょ?」


 部屋に案内するなり、ペトロは超常的な力で照明を灯した。

 シンもそうだったが貴族というのは大抵が収集癖をお持ちで、ご自慢のコレクションを見せびらかしたがっている。彼女の場合は主に、呪術で扱う品々のようだった。


「これは竜の血を固めて作った宝珠。そっちにあるのは東の島国から仕入れた猿の手ね。あなたのペンダントと銃も飾ってあるわ。それと一応チョコレートも。セーブルに伝来したばかりのころは媚薬として使われていたって知ってた?」


 アルフレッドは話を聞きながら視線をさまよわせる。

 マエッセンはどこにいるのだろう。

 今のところ、ほかに人がいる気配は感じない。


「あの、隅に飾ってある石像は?」

「よく見つけたわね。あれがあなたのお目当ての品でしょ」


 ……なんだって?

 石像に近づいていく。間近で顔を拝んで、ぎょっとする。

 マエッセンにそっくりだ。


「お気に入りは石にして飾るの。ほかにも遊びかたはあるわよ」


 ペトロは壁にかけてあった銃を取る。

 アルフレッドから奪ったばかりの、最新コレクションだ。

 なにをするかと思えば石像に狙いをつけた。


「――やめろ!」


 純銀製の弾丸はわずかに外れ、石像の近くにあった壺を粉々に砕く。

 あれがもし、呪術によって変わりはてた姿になったマエッセンなのだとしたら――。


「あたいが一番好きなのは、精神的にくるやつね。恋人の前で犯したり、親の前で子どもを豚に食べさせたり、やっばあ。いい顔するじゃないの、坊や」

「頼む。あの石像には手を出さないでくれ」

「お友だちが生きていると知ったら、助けたくなった? もちろん元の姿に戻すことだってできるわよ。坊やがもっと楽しませてくれるなら、解放してあげてもいい。ねえ……あたいのお願い、なんでも聞く?」


 アルフレッドは顔をこわばらせたまま、首を縦に振る。

 このくそったれの蛇女は、最初からこれが狙いだったのだろう。

 親友の命を盾にされている状況では、なにを告げられても屈するしかない。

 

 ペトロはぱちんと指を鳴らす。

 コレクションルームに陳列されていた品々が宙を漂い、中央のテーブルを残して端っこに移動していく。


「さあステージにあがって、四つんばいになりなさい」


 従うしかなかった。

 唇を強く噛みすぎて、血の味が口の中に広がる。

 室内に響くうふふという含み笑いは、ケタケタという嘲笑に変わっていく。


「チョコレートは媚薬として使われていた……って、さっき話したっけ。ここで豆知識なんだけど、あたいたちラミアーの体液にもそういう効果があるの。だからさ、混ぜあわせたらきっとすごいことになるんじゃないかって思ったわけ」


 馴染みのある香りがほのかに漂う。

 アルフレッドが四つんばいの姿勢のまま顔をあげると、取手のついた鍋がふよふよと宙を泳いでいた。


「なにをする気だ?」

「もちろん、塗るのよ。熱いけど我慢して」


 マダム・ペトロは指を中に入れ、でろでろに溶けたチョコレートを掬いとる。 

 撫でるように塗りたくられた瞬間、ぐっとうめき声が漏れる。


 ――熱い! だけではない。

 なんだこの、痺れるような痛みは。


「媚薬みたいな効果があるって言ったでしょ。あたいの体液を浴びると体の感覚がギンギンになって、ほんのちょっとの刺激でもすごいことになるの。痛みも快感も数千倍。普通の人だとショックで死んじゃうかその前におかしくなっちゃうんだけど、いい子の坊やならきっと耐えられるわよね?」

「ぐ……ああああっ!!」


 じゅうじゅうに湯気が立ったチョコレートを背中に垂らされる。

 アルフレッドは四つんばいの姿勢を維持できずテーブルの上に倒れこみ、全身を小刻みに痙攣させる。耳もとにふっと息を吹きかけられただけで頭の中が真っ白になり、快感に染まりきったつま先がピンと立つ。

 ペトロは指先で、体のあちこちに黒々としたカカオの粘液を塗りたくりはじめた。

 鍵盤を叩くように敏感な部分の先端に触れたかと思えば、爪を尖らせてぎゅっとつまんだりする。そのたびにアルフレッドは悲鳴ともうめきともつかぬ声をあげ、口もとからだらしないよだれを垂らす。


 悔し涙がこぼれ落ちそうになるほど、無様な姿。

 しかし責めたてるマダムは不満そうだった。


「反応が悪いわね。もっともっと、鶏みたいにけたたましく鳴きなさいよ。そんなふうに意地を張ったって、あたいのお薬に耐えられるはずがないの。さあさあ早く楽になりましょ。えへえへ笑いながら腰を振ってごらんなさい」

「あいにく……責められるより攻めるほうが好きなんでね。チョコレートをこんなことに使いやがって……食べ物を粗末にするなって教わらなかったのか?」

「あら生意気。まだ口が聞けるなんて、どんだけタフなの」

「ぐ……うぅっ!」


 いきなりべちんと尻を叩かれて、アルフレッドは危うく失神しそうになった。

 だが、耐えた。数千倍に増幅された痛みと快楽に苛まれながらも、こんな変態女に屈してたまるかというプライドだけは守りきっている。


 自慢じゃないが、シンの吸血行為にだって耐えきったんだ。

 いや、最後は毎回意識を失っているから敗北しているとも言えるが――いずれにせよ、血を吸われたときに比べたらこの程度の責苦はたいしたものではない。


「なによその目。むかつく……むかつくむかつくむかつくわぁ!! いいじゃない、やったろうじゃないの! あたいのご奉仕にご満足できねえっつんなら地獄を見せてやっからな!」


 ペトロはアルフレッドの前髪をわしづかみにする。

 間近に顔を寄せられて、反射的にぺっと唾を吐きつける。

 悪い癖だ。こういう手合いを相手にすると、我慢できずについ挑発してしまう。


 案の定、ペトロは逆上した。

 アルフレッドの頬に激しいビンタをお見舞いすると、つかんでいた頭を放り投げるように解放する。

 そしてなにかを思いついたような、いやらしい笑み。

 かちゃり。

 見せびらかすように、純銀製の弾丸が装填された銃を構える。


「……俺を殺したら、まずいんじゃないのか?」

「そうよ。だからこうするの」


 ペトロは部屋の隅っこに照準を合わせる。

 そこになにがあるかを悟ったとき、自分に銃口を向けられたときよりも背筋がぞっとした。

 呪いで石にされたマエッセン。

 砕かれたらきっと、元の姿に戻ってもそのままだ。


「――やめろっ!」


 アルフレッドは叫び、つかみかかろうとする。

 だが、媚薬を浴びて苛まれた直後だ。体が思うように動かない。

 ペトロはいじめっ子のように笑いながらひょいひょいとかわし、脇腹を殴りつけたあとで再び部屋の隅っこに照準を合わせる。

 本気の目だ。冷酷なマダムは、相手を屈服させるためなら手段を選ばない。

 

 突然、時間がゆっくりと流れはじめた。

 アルフレッドは思考を加速させる。ファタールの予言が『超常の力』によるものだとしたら、シンの攻撃に巻きこまれるはずの自分がここで命を落とすわけがない。ならば今もっとも優先すべきは、マエッセンを守ることだ。

 

 歯を食いしばって起きあがると、そのまま蛙のように床を蹴る。

 どうせ俺には当たらないのだから、なりふり構わず射線に立てばいいだけだ。

 石像の遮蔽物になるよう、意識して。

 錬金術師らしい、合理的な選択――。


 だが、銃弾はアルフレッドの心臓を貫いた。

 ペトロの薬が効いているはずなのに、まったく痛みを感じない。

 つまりはそれだけやばいってことだ。

 

 占いや予言なんて信じるほうがどうかしている。

 ましてや生きるか死ぬかの局面で、そんな曖昧な根拠に自らの運命を委ねるべきじゃない。

 もっともこの『未来』を告げられていたとしても、迷わず同じ行動を取ったかもしれないが。


 ◇


「うっそお……。そんなつもりじゃなかったんだけど」

 

 ペトロは唖然とする。

 アルフレッドは床に倒れこんだままぴくりともしない。

 しばらく無言で眺めたあと、お下品にちっと舌打ちする。

 

 焦りと苛立ち、そして諦め。

 最後に吐き捨てたのは、言い訳じみた責任転嫁だった。


「やっぱりアテにならないじゃないの! あいつの占い!」

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