表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/95

4−2

 アルフレッドは血の匂いで目を覚ました。

 冷たい石の、感触。


 縄で縛られているようだ。服も着ていない。

 身をねじると、激痛が走る。あちこちを怪我をしているのは間違いなかった。

 しばらくじっとして暗がりに目が慣れてくると、檻の中にいるのがわかった。

 狼や猪を捕まえるときに使うようなやつだ。試しに蹴っ飛ばしてみたがびくともしない。

 

 外に視線を向けると見慣れない器具の数々が陳列されていた。

 錬金術の実験室、あるいはチョコレート作りの工房によく似ている。

 だが、用途はまったく違うはずだ。プレス機にかけられるのはカカオではなく自分の体――アルフレッドは舌打ちする。今いる場所はペトロの拷問部屋なのだろう。


 マダムの力を甘く見ていた。

 というより、自暴自棄になって無謀な勝負を挑んだことを後悔すべきだ。

 意地を張って我々を失って。その結果なにもできずにこの様。

 相手に一矢報いるどころか、マエッセンの二の舞になっている。


 気配を感じて、芋虫のように転がったまま身をすくめる。

 我ながら無様な姿だった。暗がりからうふふと、耳障りな笑い声。


「ご機嫌いかが? ショコラティエ様」


 マダム・ペトロ。ルヴィリアの海のような青い髪が印象的な、絶世の美女。

 屋敷で最初に見たときの緑のドレスも上品で様になっていたが、今は黒いネグリジェ一枚の姿で妖艶な雰囲気を漂わせている。たわわに実った果実のごとき胸もとは今にもレースの紐を弾き飛ばしそうだ。

 

 普段のアルフレッドであれば、この状況であってもうっかり鼻の下を伸ばしていたかもしれない。

 もっとも下半身が蛇の尾だから、そっちを見てしまうと萎え萎えだが。


「おかげ様ですこぶる調子がいいですよ、マダム。あのくそったれの呪符を作ったのもあんただろ? 二回も食らわされるとこの先ずっと夢に出てきそうだぜ」

「あら、今回は手加減したんだけどね。でなければ今ここであんたと喋っていることもなかったし。それと、夢に出てくる心配もしなくて大丈夫よ」

「俺の命がそんなに長くないからか?」

「それもあるわね。あと黒蛇の呪いよりもひどいことをするから、悪夢にうなされるとしたらそっちのほうになると思うし」

 

 ……黒い触手みたいなやつが皮膚の内側に入ってきて、ぐにょぐにょ動いて全身に激痛が走るアレよりやばい拷問か。想像するだけでゾッとするな。


「こんな真似しやがったらシンのやつがブチ切れて乗りこんでくると思うのだが、そのへんのことは大丈夫なのか。俺を解放するなら今のうちだぞ」

「あたいたちには計画があるの。名づけてアルフレッド暗殺計画」


 ペトロは得意げに語りはじめる。

 ルヴィリアという楽園を維持するために、シンを殺そうとしているアルフレッドが邪魔だった。しかし直接的に危害を加えて、王の怒りを買うのは避けたい。そこでファタールの予言を利用して遠回しの暗殺計画を立てていたこと。


 早口でしかもざっくりした説明だったので細かいところは把握できなかったものの、宅配物で殺されかけたあの一件もマダムたちの仕業らしいというのだけは理解できた。

 マエッセンが送りつけてきた呪符がたまたま本物だった、ではない。

 最初からそうなるように仕向けられていたのだ。


 アルフレッドはますます怒りを覚えた。

 ふざけやがって。お前ら絶対にこのケジメはつけさせてもらうからな。


 だが、復讐よりも先にこの状況をどうにかする必要がある。

 脱出の手がかりになりそうな情報は、ペトロが続けて語った今後の計画の中にあった。

 ――いったん人質にするが引き渡しの際にごろつきに奪われて、シンが焦って力を使って俺を巻きこんで殺す? ファタールの予言だから間違いない?

 さすがにご都合すぎる気がするぞ。とくに後半。


 シンならさくっと俺だけ奪い返してごろつきどもを焼き払うくらい簡単だろうに。

 あいつはすぐに癇癪を起こしたり拗ねたりするが、行動を起こすときはいたって冷静だ。焦ってへまをする姿なんて想像できない。

 ていうかなんでべらべらと計画の内容を喋っちまうんだろうな。

 未来を知っているという優位性を得るための予言じゃないのか? 

 

 いったん人質にするのであれば、今ここで殺されることはない。

 シンが助けに来るのもわかった。  

 その際に攻撃に巻きこまれるというなら、そうならないように動けばいいだけである。なにも知らなかったら対処できないかもしれないが、事前になにが起こるか把握していれば対策なんていくらでも立てられる。


 俺を舐めているのか。はたまた、ただの馬鹿なのか。いずれにせよ拷問さえどうにか先延ばしにするか耐えるかすれば、この危機的状況を覆すことは難しくはないはずだ。


「美しいマダム、できれば縄を解いちゃくれませんかね。無闇に抵抗してまた痛めつけられるのは勘弁願いたいし、あなたのように美しい女性がお相手ならひとときの甘い夜を過ごすってのも悪くない。天才ショコラティエの超絶技巧テクニックを見たくはないか?」

「うふふ。確かに興味はあるわね」


 ペトロはすっと手を宙にかざした。

 直後、全身をぎゅっと締めつけていた縄の感触がなくなり、アルフレッドは手足を伸ばして脱力する。痺れがなくなったタイミングでがちゃりと檻が開き、あっさりと解放される。


 だが、依然として囚われの身であることに変わりはない。

 エーテルのペンダントも銃も奪われているし、そもそも万全の状態でも歯が立たなかったのだ。

 マエッセンをむごたらしく殺した相手を前にしながら屈辱的ではあるものの、この場はペットのように従順に振る舞うしかないだろう。

 愛想笑いを浮かべつつ密かに歯を食いしばっていると、


「そういえばあんた、ひとつ勘違いしているみたいね。屋敷に襲撃を仕掛けてきたとき、あたいを親友の仇だって言っていたけど――」


 ペトロはなにげない調子で、衝撃の事実を告げた。


「彼まだ生きているわよ。一応」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ