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3−5

「計画は順調みたいね」

「今のところは予言どおりにことが進んでいますわね。マエッセン・ノイマンのおかげで王と隷属者の間に深い断絶を作ることができました。ただでさえ不完全な契約ですから、両者の心の有り様はそのまま契約の効力に影響します」


 綺羅星城、奥のテラス。首尾を伝えにきたクーに、ファタールは笑みを返す。

 卓のうえにはルヴィリア中から集められたチョコレート。標的となる相手を象徴する『要素』を取りこむことで、星読みの力はより強く発揮されるようになる。


「これからどうするの?」

「アルフレッド・ワーグナーはペトロに復讐を挑みます。ですが当然、ただの人間ごときに勝ち目はありません。彼はそのまま捕らえられ、ペトロご自慢の隠れ家に監禁されることになるでしょう」

「でもそれだと、あの女のところに王様が乗りこんできちゃうんじゃない?」

「ペトロ自身が隷属者に危害を加えようとしていたなら、尊き君は容赦なく彼女を消し炭にしようとしますわね。ただ今回はアルフレッドのほうが屋敷を襲撃した結果――つまり正当防衛なわけですから、交渉の余地はあるかと思います」


 なので、とファタールは続ける。


「いったんは人質として扱います。ペトロは多額の賠償金を条件にアルフレッドを解放することを約束します……が、引き渡しの最中にまったく別の勢力に彼の身柄を奪われてしまいます。相手は金に目が眩んだただのごろつきでしたが、焦った王は力を使い、その最中にうっかり隷属者を巻きこんで、自らの手で殺めてしまうことになるのです」

「なにそれ。泣ける」


 クーはコロコロと笑う。だがそのあとで、すっと目を細める。


「ペトロは信じたのその話。さすがにご都合すぎる筋書きではないかしら」

「心を読む力というのは厄介ですわね。ええ、今の話はまったくの嘘」


 ファタールもクスクスと笑った。

 本当の予言はもっと単純だ。


「ペトロは約束を守らない女です。几帳面さとは無縁のズボラな性格。後先を考えない計画性のなさ。そして病的なまでの加虐趣味。アルフレッド・ワーグナーなんてまさに極上の獲物でしょう。ゆえに、彼を人質として扱うなんてできるわけがありません」

「だから、加減を間違えて殺してしまう?」

「自らの短絡的な行動によって計画の破綻を招く。まあ彼女にとってはいつものことですわね。私たちと共謀していたと告げたところで相手の怒りの矛先が逸れるわけではありませんから、ペトロは潔く王と戦う道を選ぶでしょう。実際、それなりにいい勝負にはなるのではないかしら。もちろん、尊き我が君が敗北することなんてありえませんけど」

「そうしてあなたは邪魔者をふたりとも排除できる。怖っ!」


 否定はしない。

 未来を読むことのできる自分。心を読むことができるクー。

 人間の社会を支配するうえで重要な力を持つ私たちと比べると、ただの強大な怪異にすぎないペトロは代用のきく存在だ。

 しかもあの短絡的な性格は、不要な混乱を招く。アルフレッド・ワーグナーと同じくらいには、ルヴィリアに破滅をもたらしかねない危険分子なのである。


 できれば、この機会に排除したかった。

 だが呪殺を得意とするペトロは真っ向から相手をするには危険すぎる存在だ。自分とクーのふたりでかかったとしても無傷ではいられない。

 だからこそ、王自らの手によって始末してもらうのが一番安全で確実な方法になる。


 アルフレッド・ワーグナーを失えば尊き君は間違いなく我を失う。

 そうなったとき、怒りを受けとめる生贄が必要になる。

 強大な怪異であるペトロならば適任だろう。

 チョコレートに執着するあまり本来の力を失いつつある吸血鬼の王はさらに弱体し、当面の間はおとなしくなるはずだ。レオナルドやアルフレッドに比類する天才が、また現れるまで――。


「じゃ、あとは任せたわよ。わたくしが求めるのはブランドの顧客と自らの安寧だけ。ルヴィリアの支配権も王様のこともそんなに興味ないから、あなたに丸投げして引き続き悠々自適な生活を送らせてもらうわ」

「それが本心であることを祈っていますよ、クー」


 猫を抱えた貴婦人はコロコロと笑いながら去っていった。

 油断できない相手ではあるものの、心を読む力は依然として高い利用価値がある。向こうもそう感じているはずだから、よほどのことがなければ協力関係は保てるだろう。


 ファタールは頭上に広がる星空を眺め、卓に並べられたチョコレートをつまむ。

 魔術的な儀式として体に取りこんでいるものの、そうでなくとも食べたいと感じるほどには美味である。

 ルヴィリアの菓子職人たちが作った物ですらこうも素晴らしいのだから、天才ショコラティエが手がけた『究極』の逸品とはいったいどんな味がするのだろう。

 

 人狼の少年を屋敷に迎えいれて以降、アルフレッドが作ったチョコレートはごくわずかながらも市場に流通するようになった。弟子となった少年を菓子職人の店で修行させる際、王に提供した余りを手土産として持たせているからだ。

 大抵の場合それは店の中で消費されてしまう。

 しかし時折、技術的向上心よりも目先の金に目が眩んだ職人の一部が闇オークションに出品することがある。

 法外な価格で取引されているそれを定期的に落札していたことを思いだし、ファタールは部屋に戻って金庫を開ける。


 色とりどりのチョコレート。

 作られた時期はまちまちだが、闇オークションに出品されたタイミングで時間の流れを止められている。卓のうえに並べてみると、アルフレッドの技術が今なお向上し続けていることがよくわかった。

 せっかくだから、手に入れた順に食べてみよう。

 まずは今となっては伝説の、聖ハナーン祭のミントチョコレートから。


 砂金石のような一粒を口に入れ――次の瞬間、恍惚とする。

 嗚呼、これは危険だ。

 尊き君がおかしくなってしまうのも無理はない。


 脳髄をわしづかみにされ、瞬く間に多幸感でいっぱいにいる。

 口の中を犯されているような、背徳的な味。

 しかもそれは、まだまだはじまったばかりなのだ。


 一粒一粒と、つまむごとに。

 彼女の中で、新たな扉が開く。

 甘美なる毒。


 ――アルフレッド・ワーグナー。

 やはりあなたは、この世に存在してはいけない。

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