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2−7

「物事の本質を見いだすのが錬金術師だとしたら、その中に秘められた『価値』に値札をつけるのが商人じゃないか。君という一等級の宝石をそばに置きながら、ただの石ころと断じて放り投げたのだ。彼がいかに無能であるか、これ以上わかりやすい説明はないだろう」


 マエッセン宅の門前で、シンは淡々と語る。

 その表情は穏やかだが、口もとからわずかに剣呑な牙が覗いている。

 王の所有物である隷属者に危害を加えた不届な輩を、今すぐにでも焼き払ってやりたい――内に秘められた殺意を行動に変えないのは、アルフレッドが自ら成敗をくだすと宣言しているからだ。


 しかしできるのか? 鉛玉を撃ちこむ相手が親友だとしても。

 クリムの調査報告書から引用されたマエッセンの情報は、まるで見ず知らずの誰かについて語られているようだった。

 あいつがそんなことするわけない。いや、人間は変わるものだ。

 工房から追いだされた日に見た親友は、ずいぶんとつまらない大人になっていた。


「愚者が愚者たるゆえんだな。自らに定められた『価値』に納得できず、あれが悪いこれが悪いと当たり散らす。見苦しい姿を晒しているだけなら捨ておくが、見境なく噛みつくとなれば話は別だ。さあアルフレッド、駆除をはじめようか」

「待ってくれ。俺は――」

「いわれずともそうしているさ。君がやるといったから、この屋敷に火をつけることを我慢しているのだからね。さてはクリムの調査報告書を疑っているのかい? あの救いがたい侍従にとって、情報を集めることこそが唯一の取り柄なのだから、出鱈目だなんだとあげつらうのはよしてくれよ。軽率な嫌がらせとはいえ君の旧友が呪符を送り、結果として命を奪いかけたことは揺るぎなき事実だ。どうしてもというならセーブルタイムスの記者たちを呼びつけてやっても構わないけど、見たところ本気で信じていないわけではないだろう?」

 

 吸血鬼は見透かすようにいった。

 寄宿学校時代のことを思い返してみれば、マエッセンにそういう悪癖があるのは確かだった。

 自分をコケにしやがった相手を絶対に許さない。


 アルフレッドだって似たようなタイプで、だからこそ意気投合したともいえる。

 いけ好かない教師にいたずらを仕掛け、陰で笑いものにしたことは何度もある。

 今回はかつての相棒を標的にしたのだとしたら、むしろ彼らしいとさえ思えてしまう。

 

 呪符が本物でなかったなら、このまま家に乗りこんで、殴り飛ばして終われたのに。

 しかし、アルフレッドは現に殺されかけた。

 一線を越えてきた相手に対して、ただのいたずらとして水に流してやることはできない。


 吸血鬼が「見てごらん」と囁く。

 視線を屋敷に移すと、窓のカーテン越しに男の影が見えた。

 アルフレッドが顔をあげたことに気づいてか、大柄なシルエットはさっと消えていく。

 野兎が慌てて草むらに身を隠すときのような、怯えと焦りに満ちた仕草だ。

 

 それで裏づけが取れてしまった。

 マエッセンにとって自分はもはや友人ではない。

 

 喧嘩した相手、裏切り者、その程度の距離感ならまだマシだったはずだ。

 被害者と加害者。

 あるいはこれからお互いの立ち位置が反転し、被害者だったほうが加害者になる。

 

 ガチャン。玄関のドアが開く。心の準備はまったくできていなかった。

 だとしても今このタイミングで顔を合わせてしまったなら、お互いにとまることはできない。躊躇っていても戸惑っていても、ケジメをつけなければいけない状況に陥ったら、自分の意思とは関係なく体は動いてしまう。


「誰かと思ったらアルフレッドさんじゃないですか! おひさしぶりです!」

 

 反射的にびくっとする。

 小走りで門のところまで駆け寄ってきたのはかつての旧友ではなかった。

 よく似ているが、熊のようなあの男と比べると豆粒のようにちいさい。

 一瞬だけ呆けたあと、記憶の中から名前をたぐり寄せる。


「ビルか。いくらか背が伸びたな」

「最後にお会いしたのは二年前でしたっけ? ぼんやりと覚えています」


 マエッセンの息子は歯を見せて笑う。

 記憶が確かならば十二になるはずだ。前に会ったときはもうちょっと子どもらしかったが、今は歳のわりに大人びて見える。工房でなにげなく聞いたところによるとドットは再来月で十五になるというが、あの人狼のクソガキのほうが幼く感じられるかもしれない。


「君のお父上に用があるのだが」

「ええと……こちらのかたは?」

「俺の連れだよ。近くをとおったからついでに様子を見にきただけで、わざわざ呼びたてるほどのことじゃない」


 吸血鬼がじろりと見てくる。

 アルフレッドは眉間にしわを寄せ、余計なことをするなと表情で示す。

 この場をどう収拾をつけようか考えあぐねていると、今度は嫁のほうが出てきた。


「申しわけありません。主人は今、外出中で」

「え? 嘘。さっきまで父ちゃん――」


 マエッセン夫人は慌てて子どもの口を塞ぎ、目配せしてくる。

 あからさまな居留守だったが、正直ホッとするところはあった。

 ろくに事情も知らないガキの前で、汚い大人同士のいざこざを披露するわけにはいかない。


「こちらこそ急に押しかけて悪かった。なんつーか、元気ならそれでいい」


 我ながら空虚な言葉だ。しかし夫人は深々と頭をさげる。見たところ旦那のせいで殺されかけて、だから仕返しにきた……ということまで知っているふうではなさそうだ。

 絶縁中の友人に対して、門前払いするように頼まれたくらいの話だろう。

 本当にその程度の、みっともない意地の張りあいならばどんなによかったことか。


「さあ、帰るぞ」

「私は納得していないが」


 知らねえよ、そんなの。

 殺されかけた俺が、今はそのときじゃないと言っているんだ。

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