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シンがエーテルの流れから犯人を突きとめるよりも早く、クリムはマエッセンに当たりをつけて身辺調査書をまとめていた。
首なしのおどろおどろしい外見からは想像しにくいが、生前はセーブルの王宮で暮らしていたために社交性があり、世俗の事象に精通しておけば後々の危険を減らせるということをよく理解していた。
だからほんのちょっと、セーブルタイムスの事務所に連絡を入れるだけ。アルフレッドがカカオを粉砕するときよりもずっと簡単な一手間で、ルヴィリアのいたるところで暇を潰している歯車たちを動かすことができる。
カタカタ。パチパチ。
あとはタイプライターの音に耳を傾けながら、勤勉でお喋りな彼らにたずねてみるだけでいい。
たとえば、こんなふうに。
――被疑者の名前は?
マエッセン・ノイマン。ルヴィリアで古くから不動産業を営むノイマン商会の嫡子。
数年前に跡取りとして家業を引き継いだものの、多角的な事業戦略によって急成長しているゴルドック商会に押され経営は悪化の一途をたどっている。
――世間での評判は?
非常に悪い。といっても人望に翳りが見えてきたのはほんの一年前。それ以前は若手の新鋭実業家として周囲から期待されていた。
ゴルドック商会に対抗すべく新規事業に次々と参入し、そのすべてが失敗に終わったことが経営者としての評価を著しく落とした原因である。
中でも飲食店経営は多大な負債を生み、穴埋めとしてノイマン商会は相当数の物件を手放さなくてはならなくなった。
――彼はなぜ、そのような失敗を?
マエッセンにとって誤算だったのは、チョコレートの爆発的な流行により酒類の需要が大幅に減ったことだ。
ルヴィリアの労働者階級にとって最大の娯楽は酒盛りであり、とくに夏場はエールが飛ぶように売れていた。そこで氏はセーブル王家御用達の酒造所と契約し、屋外型の大衆酒場『ビアガーデン』なる新規業態での経営に乗りだしたわけである。
目のつけどころは悪くなかった。
マエッセン自身、起死回生の一手としてビアガーデンの成功に社運を賭けていた節がある。
しかし前述の通りタイミングが悪く、屋外型の酒場はオープン直後からまったく話題にならなかった。
聖ハナーン祭に併せて大々的に客寄せする計画もあったようだが、ルヴィリア市民ならば誰もが知ってのとおりゴルドック商会主催のチョコレートコンテストが大成功をおさめた。
会場にいた人間は『空から降ってくるお宝』を追い求め、ビアガーデンには見向きすらしなかった。
アルフレッド・ワーグナーが生みだした熱狂がいつまで続くかはわからない。
やがて酒類の需要が回復し、ビアガーデンなる業態が日の目を浴びる可能性もある。
いずれにせよマエッセンが社運を賭けた大衆酒場は、年を跨ぐことなく閉店することとなった。現在その跡地にはゴルドックの社名が刻まれた看板が立ち、新たにチョコレート工場が建設される予定となっている。
――だから、アルフレッドに恨みを持った?
どれもこれもあのクソ野郎の陰謀だ。ゴルドックに尻尾を振った裏切り者。
吸血鬼のパトロンだって? ふざけやがって。そんなやつらまとめてぶっ殺してやる。
以上がビアガーデン閉店の日にマエッセンが吐いた言葉である。
アルフレッド・ワーグナーが多大な成功をおさめたことによって、旧知の仲にあった才人を切り捨てた氏の見る目のなさは同業者たちの間でも嘲笑の的となっている。
うすのろマエッセン。カカオを捨てて、泥を買う。




