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2−5

 三日後。アルフレッドは自らの手で究極の甘美にいたる探究を再開していた。


 療養中は右腕の痛みよりも、満足に作業できなかったことのほうがしんどかったかもしれない。

 最初は嫌々ながらはじめたチョコレート作りではあるものの、毎日やっているうちに体の芯に染みついていて、ドットがあくせくと作業している姿を眺めているとムズムズしてくるのだ。

 技術的にまだまだ未熟なクソガキがしょーもないミスでカカオを台なしにすることも多かったので、単に手際の悪さに苛々していただけだったかもしれないが。


 とはいえ工房に立ちはじめたばかりのころよりはだいぶ様になっている。

 アルフレッドが指示を出すことしかできない中、弟子の自分がヘマをしたらシンが暴走しルヴィリアに破滅を招きかねない――不可抗力ながらそういったプレッシャーが、いい方向に作用したのだろう。


 聖ハナーン祭の会場にいたならチョコレートに飢えているときの吸血鬼がどれほど危険な存在か肌で感じているはずだ。地下闘技場で格上の相手を倒したときもそうだったが、やはりドットは追い詰められている状況のほうが集中力を発揮できるのかもしれない。


「先生、今日はこのあと呪符を送りつけてきた野郎にケジメをつけにいくのか? ぶち殺す前にたっぷり痛めつけてやるってんならオレも手を貸すぜ。群れにいたころはみんなでいけすかねえ貴族のカスとか砂にしていたからな!」

「キラキラした瞳で物騒なこといってんじゃねえよクソガキ。お前はまずカカオのほうを上手に痛めつけてやれるようになれや。火炙りにして、粉々になるまでリンチして、最後はどろどろのペーストにするんだぞ。ケヴィンのボスだってそこまで残虐じゃなかっただろ」

「確かにそうかもな。だったらルヴィリアで一番拷問が上手いのは兄貴だ」


 だから先生と呼べって、まったく。

 快癒した腕でドットの頭を軽く小突いたあと、下ごしらえが終わったカカオマスに向き直る。


 さて今日はどんなチョコレートを作ろうか。

 せっかくだから療養中に考案したレシピに再挑戦しよう。

 未熟なドットでも作れるように工程を簡略化しておいたが、そこにあえて『ショコラティエ』の技量を織りこんだらどうなるか。生意気な弟子に格の違いを見せつけてやるためにも、リハビリがてら気合いを入れて取り組んでみるか。


 目指したのはパリッとした歯応えではなく、もっと柔らかくなめらかな舌触り。

 いわばテリーヌのごとく上品で濃厚な味わいのチョコレートだ。

 

 ドットに教えた手順は実に簡単。

 生クリームに火をかけたあとで砕いた固形チョコレートを投入し、泡立てながらゆっくりと混ぜて溶かしていく。そこからさらにバターを加えて混ぜたら、あとは冷やして固めるだけ。

 屋敷の工房には『冷蔵庫』なるレオナルドの発明品があるため、一時間ほどあれば完成する。

 

 師匠が作るなら卵なども加え、より濃厚な舌触りを実現させるべきだろう。湯せん焼きの加減がデリケートになるぶん難易度は上がるものの、ドットに教えたレシピよりもねっとりとした食感に仕上がる。さらには常温でも溶けにくいというメリットもあり、これぞまさしく『テリーヌショコラ』と呼ぶべき逸品となる。

 シンに提供する前にドットに試食させ、感想を求める。


「これを簡単に作れるようにならなきゃだめなのか?」

「いや、それだけじゃ俺みたいにはなれないぞ。なにもないところからこういうレシピを編みだせるようになってようやく、天才ショコラティエ様と同格だ」

「まったく……レベルが違いすぎて嫌になってくるぜ。まあ、やるけどさ」


 そのあとは毎度のことながら、吸血鬼がうっとりとした表情でテリーヌショコラを平らげた。

 いまだ究極の甘美は遠いが、それでも以前よりかはずっと道筋が見えてきているように感じられる。

 少なくとも絶対に『無理』ってほどではない。

 日々の探究の先にある目標として、くっきりとした輪郭を帯びてきているのだ。


「さて、舌が満たされたところでお次は楽しいお遊戯の時間だ。私の隷属者に害をなそうとした愚か者の末路をルヴィリア中に披露してみせるために、チョコレートを作るときのように手間暇かけて、完膚なきまでに叩き潰すとしよう」

「結局お前もついてくんのか。ドットはお留守番だな、情操教育上よくない」

「ええー!? こんなときまでガキ扱いかよー!」


 血を見ることになるのは間違いないのだ。子どもを連れたままのほのぼのした空気で乗りこむわけにはいくまい。右腕の怪我も治って当初の怒りこそ薄れてきたものの、だからといって容赦してやるほど軍人一家のせがれは甘くなかった。


 しかしいざ犯人がいる屋敷の前までやってくると、アルフレッドの表情はとたんに暗くなっていった。

 殺意は戸惑いに変わり、これから復讐を果たしにいくとは思えない弱々しい声で同伴者に問いかける。


「本当にここなのか……? 呪符を送りつけてきたやつがいるのは」

「間違いない。君は何度かここに足を運んだことがあるようだね」


 当たり前だ。ルヴィリアにくる前からの長い付きあいだったのだから。

 工房を追いだされて袂をわかつ前は、妻子と夕食をともにしたことさえある。


 ――マエッセン。

 寄宿学校時代の親友が、俺を殺しかけた相手だった。

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