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「ドットがいてくれて助かったな。俺が作ったときほどじゃないが、それでもお前の中毒をおさえられるくらいの仕上がりにはなっている。もちろんなるべく簡単な工程だけで、美味しくできるようなレシピを考案したからでもあるが」
屋敷の食堂にて。チョコレートをつまむ吸血鬼を眺めながら呟く。
アルフレッドの怪我はだいぶよくなってきたが、それでも右腕を包帯でぐるぐる巻きにした無惨な姿である。
「私としても驚きだった。君がその状態で工房に立ったことも、あの少年が短い間にこれほどの成長を見せたことも。やはり『創意工夫』というのは素晴らしい。しばらく味わうことができないかもしれないと肝を冷やしたからこそ、なおさら愛しいものに感じられる」
「で、俺が痛みに悶えながらチョコレートを作っている間に進展はあったのか。あんなやべえもんを送りつけてくるやつに命を狙われているんじゃおちおち安心して休めねえし、お前の力でさっさと焼き払ってほしいところなんだけどな」
「送り主についてはすでに目星はついている。が、当初の予定どおり排除するかどうかは君の判断に委ねるべきかと思ってね」
「どういう意味だそりゃ」
「事件の真相というものには、いつだって望ましくない真実が含まれている」
アルフレッドは怪訝なまなざしを向ける。
探偵ごっこの延長か? 今の気取った台詞は。
「現在のルヴィリアにおいて、君のことを快く思っていない連中は多い。とくにショコラティエとしての力を脅威と感じている怪異はすくなからず存在している。聖ハナーン祭での一件によって、私がチョコレートに執着している事実は広く知れわたった。吸血鬼の王の性質について深く知る者ならば、その理由を察することも難しくはないはずだ」
「最高の、終わり」
「然り。私にとって死は最上の喜びだが、同時にそれはルヴィリアという楽園の滅びでもある。ケヴィンや人狼のように元々が人間であった種族ならば揺らぎの薄くなった空間でもなんとか暮らしていけるだろうが、生まれながらの『神秘』はそうではない。今ですら、私という揺籠があってこそ存在の根幹を保てている者は多い」
シンは他人事のように語る。
「まずは曖昧な、脆弱な怪異から消えていく。彼らがいなくなると全体の総数が減ることで揺らぎはさらに薄まり、これまで強大な力を有していた上位の存在もじわじわと蝕まれていく。君たちにたとえるなら空気のすくない場所で暮らすようなものだ。私は光合成によって清浄な環境をもたらす大樹のようなものかな」
「畑に蒔く肥料の間違いじゃないか?」
「すぐにそういう切り返しをしてくれるのが君の愛すべきところさ。竜や精霊といったより原初に近い怪異であれば、私ほどではないにせよ地脈からエーテルを吸いあげて揺らぎを発生させることができる。しかし彼らは自然と密接に結びついた存在であるがゆえに、秘境と呼ばれるような環境の中でしか生きられない。ルヴィリアに入り浸っているような連中が山の奥深くや海の底に住まいを移すというのは現実的ではないし、彼らは自らの拠り所を存続させるために私に生きていてもらわないと困るわけだ」
「だから、お前を殺そうとしている俺が脅威となりうるわけか。アカデミーで受け取ったプレゼントはあきらかにこの世のものではなかったし、犯人が怪異ってのは予想できる範囲ではあるけどな」
「私も当初はそう考えた。しかしルヴィリアに住まう怪異であれば隷属者に危害を加えた結果どうなるかは想像がつくだろうし、となると呪物を送りつけるというやり口はむしろ不自然に思える。近しい人間を操って毒を盛るか、いっそ中身を爆発物にしたほうが足がつきにくい。私のような存在であれば、残留物からエーテルの流れをたどるだけで送り主の所在を突きとめることができるのだから」
つまり――と、吸血鬼は指を立てる。なぜだかわからんが実に楽しそうだ。
アルフレッドはなんとなく、その表情に不穏なものを感じた。
「犯人はわざわざ足跡が残るようなやり方で凶行におよんだ。なぜそのようなことを? 得体の知れない力に頼ったほうが、証拠が残りにくいと考えたからだ。あるいは送りつけたほうも、まさか本当にああいった『呪い』が発動するとは夢にも思っていなかったのかもしれない。気味の悪いプレゼントを送りつけてちょいとビビらせてやろう。その程度の嫌がらせだった可能性のほうが高い」
そこでドットが病室に入ってくる。
「クリムにいわれて裏を取ってきたぜ。闇市場でいわくつきの呪符を買った客がいたらしい。ほとんどはしょーもねえパチモンだけど、たまに魔女が作ったガチのやつが混ざっていることもあるんだってさ」
「待ってくれ。じゃあ犯人は単に嫌がらせ目的で安物の呪符を送って、それがたまたま本物だったってことか? よくある不幸の手紙みたいなもんじゃねえか」
「そうなるね。毎度のことながら君はとても運が悪い」
笑ってんじゃねえよ、くそったれ。
「結論としてはこうさ。ショコラティエの力を脅威と感じている怪異は多い。しかし今回にかぎってはまったくの無関係で、犯人は君に個人的な恨みを持つごく普通の人間。私もせっかくだからあれこれと推理をしてみたのだけど、真相を知ってみれば実にお粗末だったね」
◇
結局のところ、得体の知れない力でアルフレッドの命をつけ狙う暗殺者のような輩は存在していなかった。嫌がらせ目的のいたずらがたまたま『本物』になってしまうというのが、魔都ルヴィリアの恐ろしいところである。
もちろんケジメはつけさせてもらうが、緊急性がないなら今すぐにでなくても構わない。
犯人の目星はついているし、手口からして間違いなく小悪党だ。
俺に抱いている恨みとやらも、どうせしょーもない理由だろう。
「相手は悪意こそあったが、殺意はなかった」
「だからどうした。俺はそいつのせいで腕を失いかけたし、下手すりゃ命すらなかったんだぞ。ただの人間ならお前の出る幕じゃない。腕の怪我が治り次第、アルフレッド様が直々に出向いて始末してやるさ」
「君は容赦がないなあ。しかしそういうところも実にいい」
吸血鬼の王はクスクスと笑った。
探偵ごっこは拍子抜けだったものの、事件のフィナーレを飾る復讐劇はさぞかし華々しい展開になるだろう。
ルヴィリアの各所に潜在的な敵が潜んでいるというなら、なおのこと舐められてはいけない。
天才錬金術師に喧嘩を売るべきではないことを、今のうちから広く知らしめておくべきだ。今回の犯人は、そのための『生贄』にしてやる。
「鼻息を荒くしているところで朗報ですよ、アルフレッド様。今しがた渡り鳥が屋敷をたずねまして、人魚族が制作した霊薬を届けてくれました。これがあれば数日ほどで右腕の怪我も快癒いたしますでしょう」
「さすがは怪異の力だな。まあひどいめにあったのも怪異が原因なんだが……。手に入ったんならさっそく飲みたい。今も痛くて痒くて仕方ねえからな」
クリムは小瓶をご主人様に渡した。吸血鬼の、嬉しそうな顔。
「ではアルフレッド、脱いでくれ」
「なぜそうなる」
「この薬は塗るタイプだからさ」
アルフレッドは顔をしかめる。霊薬という響きからなんとなく黒い丸剤のようなものを想像していたが、外傷を治すためのものであれば患部に塗布するほうが自然である。
シンは小瓶の蓋を開けると、白く細長い指先で透明の粘液を掬いとる。
不必要になまめかしい手つきに慌てて逃げだそうとするも、そのときにはクリムががっちりと上半身をつかみ、右腕の包帯を解こうとしていた。
「待て待てっ! 自分でやる! 自分でやるからっ! つうか服を脱がす必要はまったくねえだろ! 怪我してんの腕だけなんだからっ!」
「こんなにたっぷりあるんだから、無駄にしたらもったいないじゃないか。大丈夫大丈夫。ちょっとだけスースーするけど、すぐに全身が『悦く』なるから」
ぬるぬるとした指先が患部に触れる。
直後、電流のような痛みが右腕から全身に駆けめぐり思わず背中がびくんと反ってしまう。
しかし吸血鬼は手をとめることなく、弦楽器を奏でるときのように弱りきった部分を愛撫していく。
「やめ、やめ……あああっ!」
「そんな声で鳴かないでくれたまえ。楽しくなってきちゃうじゃないか」
アルフレッドは必死にもがくも、人外の力に敵うわけがない。
すると騒ぎを聞きつけたのか、ドットが勢いよく部屋に乗りこんできた。
――助けてくれ!
全身を痙攣させながら目で訴える。ところが、
「おっ。楽しそうなことやってんな。オレも混ぜてくれよ」
「ならアルの身体を抑えたまえ。下腹部にもたっぷり塗りたくりたいからね」
「怪我してんの腕だけなんだが!?」
まあまあまあと、人狼のクソガキが尻尾を振りながら羽交い締めにしてくる。
なんでこいつら、こういうときだけ結託してくるのか。
なにやらヒソヒソと相談までしはじめる始末。
ふたりで前と後ろを同時に……じゃねえよ!?
待て待て待て、それはマジでやめてくれ。
結局その後、たっぷりと辱めを受けた。
ちくしょう。なんてザマだ。
呪符を送りつけたやつよりも先に、このクソ野郎どものほうを始末したい。




