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2−3

「腕が焼けてボロボロに……!? いったいなぜ……」


 アカデミー近くの病院にて。隷属者の無惨な姿を見るなり、シンは珍しく動揺をあらわにした。

 利き腕を失えばチョコレート作りにも多大な影響が出てしまう。

 この男が心配しているのは間違いなくそこである。

 

 アルフレッド自身もショックを受けていた。が、ひとまず経緯を説明する。

 差出人不明の小包から湧きでた不気味な『なにか』――間違いなく害意を持った何者かによる凶行だ。


 誰が? なんのために? 


 怪しいのは暗殺の前科があるゴルドック商会とテオドール教授。

 あるいはカーリムという線もあるか。チョコレートコンテストで無様に敗北したうえ、吸血鬼の王を滅ぼすという使命を阻止されたのだ。聖ハナーン祭が終わったあとは祖国に帰ったらしいが、いまだに逆恨みしていて危険物を送りつけてきたとしても不思議はない。


 私怨が動機ならアルフレッドの躍進をよく思っていないアカデミーの同輩や教授。最近レーションが軍に採用されたばかりだから、王都テンゼルにいるフリーランスの連中という可能性すらある。こう言っちゃなんだが錬金術師なんてどいつもこいつもクソ野郎ばかりだ。競合相手を排除するためならなんだってやるだろう。


 ともあれ、犯人探しはいったん置いておこう。

 なにせ候補が多すぎる。追々しらみ潰しに調べていくとして、その前に考えなければいけない問題がある。


「小包を開けようとしたとき、隷属者の刻印が機能しなかった。いつだかジルトンに切りつけられたときは、危険を知らせてくれたのに」

「再契約した際の不具合かな。前例がないことだから私にも詳しい原因はわからないが、もしかしたら以前よりも繋がりが薄くなっているのかもしれない」

「解決法は?」

「簡単だよ。もう一度、より深く繋がればいい。具体的には――」


 病室のベッドに横たわっているアルフレッドに、吸血鬼は黒いカーテンのごとくゆっくりと寄りかかってくる。

 怪我をしていて動けないのをいいことに……このクソ野郎! 

 長い銀髪が首筋をくすぐってきて、不愉快このうえない。

 痛みに顔を歪めながら左手で押しのける。


 全力で拒否した甲斐あってか、シンは残念そうな顔をしたままベッドから離れた。

 お前にまた血を吸われるくらいなら今のままでいい。

 隷属者の刻印なんて頼りにせず、自分の身は自分で守ればいいだけの話だからな。


「せめて口づけだけでも許してくれないものかな。血を吸わずとも口腔から君の精気を吸いとることはできるだろうし、なにより……ほら、そういう気恥ずかしい行為のほうが逆にいやらしく感じられるときもあるじゃないか」

「今の言葉を聞いたら余計に拒否したくなるわボケ。つうか隷属者サマを守るのは雇用主であるお前の務めじゃねえのかよ。普段は偉ぶってるくせに肝心なときに役立たねえんだな」

「その点については反論の余地がない。お詫びとして腕のほうは私がなんとかしよう。もちろん、君をお仲間にする以外の方法でね」


 シンは深々とため息を吐く。アルフレッドはちょっと驚いた。

 柄にもなく素直に非を認めるじゃないか。


「まさかとは思うが、落ちこんでいるのかお前」

「平気でいられるはずがないよ。庇護すべき隷属者が――いや、最愛の友人がひどい怪我をしたのだから。やはりもしものことが起こる前に、今一度深い繋がりを結んでおくべきかもしれない。すなわち、誓いのキッスを」

「だからしつけえんだっつの、この変態が。普段から絶対者を気取ってんだからさっさと俺の命を狙った犯人を見つけてくれや。このくそったれな町はあんたの手のひらのうえに乗っかっているようなもんなんだろ?」


「そうだね。ならば王の名において、必ずや血祭りにあげてやろう。溶かした鉛を目の中に流しこむとか、熱した棒を穴に突っ込んでみるとか、人間を楽しませる手段ならいくらでも思いつくからね。君も錬金術師らしいアイディアがあるなら教えておくれ」

「……想像するだけでうぇっとなるからやめろ。お前って本当に人でなしだな」


 ◇


 シンの行動は早かった。

 クリムに疑わしき勢力の内情調査を命じ、自身はアルフレッドの腕を治すべく人魚族の集落をたずね霊薬の制作を依頼する。

 犯人探しにせよ怪我の治療にせよ、そう時間をかけずに解決できるはずだ。

 吸血鬼の王にとって気がかりだったのは、しばらくの間チョコレートの供給が途絶えるかもしれないということだけである。


 ただ、アルフレッドの行動も早かった。

 右腕は無惨にただれ、わずかに動かすだけで激痛が走る状態だったにもかかわらず、たった二日で退院しチョコレート作りを再開したのだ。

 もちろんほとんどの作業をドットに任せ、自らは指示するだけだ。

 とはいえそれでも、驚異的な精神力である。


 シンは考える。

 なぜ、隷属契約の効果が働かなかったのか。


 ひとつは再契約の際にアルフレッドの意思を確認しなかったからだろう。

 魔術的な儀式において『言葉』は非常に強い力を持つ。

 ゆえに宣言があるかないかで効果はまったく変わってしまう。

 いわば今の隷属は不完全な状態。ほつれかけた糸で縛っているようなもので、両者の意思のありよう次第でいとも簡単に繋がりが途切れてしまう。


 無理やりにでも血を吸うべきだ。

 しかしシンはそうする気になれなかった。


 アルフレッドを屈服させることは容易い。だが、その結果として本来の輝きが失われてしまっては意味がない。

 人間を扱うときには細心の注意が必要になる。

 焦らし、痛めつけ、優しく愛撫するように――その魂から極上の甘美を搾りとらなければならない。

 

 まったく……近頃は思いどおりにならないことばかりだ。

 人狼の少年を引き取るのも正直なところ気が乗らなかった。間に邪魔者が入ったことでアルフレッドと過ごす時間が減ってしまったし、屋敷の廊下に獣の匂いが残っているとストレスが溜まる。

 

 手の震えは今のところ鳴りを潜めているものの、いつまた中毒症状がぶり返すかわからない。

 たまにやたらと飢えを感じるときもあるが、最近はそうなってもなるべく我慢するようにしている。

 露骨に催促すると機嫌を損ねると理解したからだ。

 そんなことにまで気を回さなくてはならないとは、あの男ほど飼うのが難しい動物もいないだろう。

 

 絶対者であるはずの自分の中に致命的なほころびが生じている。

 あるいはそれもまた、隷属契約を不完全なものにしている原因のひとつかもしれない。


 ほかならぬ私自身が、楽しんでいる。

 今の曖昧な関係を。

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