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第二話『麗しきマダムたちによる、呪われしファンファーレ』
季節は冬になり、ルヴィリアの夜はいっそう肌寒くなっている。
しかしそんな中にあっても、テラスで晩餐を楽しんでいる貴婦人たちがいた。
魔術的な結界によって周囲はぽかぽかと暖かく、寒空の下にいても春の陽気に包まれているような心地よさがある。だからかふたりとも、優雅でのんびりとした空気を醸しだしている。
ひとりは美しい金髪で、我が子のごとく大切げに猫を抱えている。
もうひとりは黒髪の、蝶を模った銀製の仮面をつけた乙女。
「鼠を駆除したくらいで得意げな顔をしなくてもいいのよ。クー」
金髪の貴婦人に抱えられた猫はニャアと鳴く。
その口もとはべっとりと血で染まっていた。
黄色の華やかなドレスも赤い点々で汚れて台なしだが、当人はまったく気にする様子がない。
どころか猫の口もとを、レース飾りのついた袖でごしごしとぬぐいはじめる。
「裏づけを取ってきてあげたんだし、むしろ感謝してほしいところなんだけど」
「私が間違えたことなんてありません。ただの一度も」
対面の貴婦人は不機嫌そうに返す。
花嫁のような純白のドレスを身にまとっているが、怪しげな仮面のせいでアンバランスな印象を受ける。
王都テンゼルから派遣された諜報員たちも、今の彼女たちの姿を見ればすぐに怪異であることに気づいただろう。もっとも大抵の場合、その前に刈り取られてしまう。猫を抱えた貴婦人――マダム・クーと呼ばれる化け物は、この数ヶ月の間だけでも二名の未来ある若者を餌食にしていた。
「やっぱり例の件について、セーブル王家はまだ把握してないっぽい。教皇はどっちかわかんないな。知っててスパイを派遣しているのかもしれないし、曖昧なお告げを受けただけかもしんない。いずれにせよあんたの言葉どおり、今のうちに計画を進めないとやばいかも。外の連中まで乗りこんできたら、さすがのあたしらでもしんどいっしょ」
「アルフレッド・ワーグナー」
「恋敵のように呼ぶのね。マダム・ファタール」
「それはあなたも同じでしょう。マダム・クー」
「ところでもうひとりの同志はまだなの。あいつ毎回遅刻してるじゃん」
「……こんな高いところまで呼びだすからでしょうが。待ち合わせ場所、嫌がらせなの?」
「あなたの足が悪いことを忘れていたわ。マダム・ペトロ」
新たな貴婦人が現れる。
青い髪に緑のドレス。床まで垂れた長い裾に隠れて見えないが、足を引きずるようにして歩いている。
全員揃ったところで、仮面の貴婦人が高らかに告げた。
「必ずや成功させましょう。我々が、生き残るために」
乾杯するようにワインの入ったグラスを掲げる。
卓のうえにはテオドール教授のレポートと、聖ハナーン祭で供されたミントチョコレート。
ふたつの情報を照らし合わせれば、吸血鬼の王がアルフレッドに執着する理由は明らかである。
「推しが死にたがりだと大変よね」
「ですが、そこが我らの君の愛しいところでもあるでしょう?」
「なんでまた人間なの。レオナルドのときといい腹立つんだけど」
「可愛い顔してるからじゃん。若いからお肉も柔らかそうだし」
「あなたさっき食べたばかりじゃない」
「また抜けがけしたの? あたいだって狙ってたのに!」
その後もしばらく、きゃーきゃーと騒ぐ淑女たち。
やがてマダム・ファタールが、会話を打ち切るように手を叩く。
「我らの君が滅ぼされたとき、この世ならざる者たちの楽園であるルヴィリアもまた終焉を迎えてしまいます。ならばこそ究極の甘美が生みだされる前に、かねてからの計画を実行に移すしかありません」
「レオナルドのときみたいに待っているだけじゃダメってわけね。あんたの気まぐれな予言を信じるなら、そう遠くないうちに破滅の未来がおとずれるってことでしょ」
「やだやだ。なんでクーやファタールと組まなきゃならないのかしら」
「今は手段を選んでいられるような状況ではないからですよ。……といっても私たちは淑女ですから、あくまで優雅に慎ましく大義を成すべきでしょう」
「それもノストラダムス様のお告げ? 相変わらずめんどくさい契約ねえ」
仮面の貴婦人は小首を傾げ、卓に置かれたチョコレートをつまむ。
星読みのお告げに従うかぎり、道を違えることはありえない。
でなければファタールだってこんな連中の手を借りようとは考えもしなかっただろう。
クーともペトロとも、縄張りをめぐって何百年以上も争ってきたのだから。
――ノストラダムスの淑女会。
その目的は、アルフレッド・ワーグナーを抹殺することである。




