幕間2
幕間2『傍観者は密かにほくそ笑む』
吸血鬼ケヴィンは上機嫌だった。
ルヴィリアの郊外に巣食う怪異の長たちとの会合を終え、地下闘技場での顛末を報告された直後のことである。
グリンデンに見初められる前は舞台役者だった男は高らかに笑ったあとで部下をさがらせ、自らのアジトでもっとも金をかけて作らせた純金製のバスタブに身を沈める。
湯船にはいくつもの薔薇の花弁が浮かび、吸血鬼の肢体をいっそう艶やかに彩っている。
もう一度、声を張りあげて笑う。
傲慢な王のように。
あるいは、勝利を確信した英雄のように。
アルフレッド・ワーグナーが作りだすチョコレートには特別な力がある。
吸血鬼の王を滅ぼしかけた『甘美』という名の快楽は、他の怪異にとっても尋常でない生の実感を抱かせる。
ならばこそ、魂のうちに秘められた潜在能力を引きだすトリガーになりうるのだろう。
もっとも、それはケヴィンによるただの仮説にすぎない。まったく別の要因によって力を与えたのかもしれないし、アルフレッドの作品にはまだまだ隠された効能がある可能性だってある。
いずれにせよ怪異になんらかの影響を与えることは間違いない。
脆弱な人間たちですら、本能的にチョコレートを求めている。
「僕は、今度こそ王になれるかもしれないナ」
弾むような声で呟く。
ケヴィンの目的は今も昔もルヴィリアの支配者になることだ。
そのためにグリンデンに近づき、吸血鬼の仲間入りを果たした。
しかし隷属者になったからといってその先に王の道が続いているわけではなかった。
どこまで進んでも行き止まり。吸血鬼の王とは絶対的な存在であり、『ごく普通の』吸血鬼から成りあがれるようなものではなかったのである。
ならばこそアプローチを変える必要があった。
まずやるべきは、今いる王のすべてを闇に葬ること。
そのうえで、新たな支配者となりうるだけの力を得ればいい。
いずれにせよ鍵となるのはアルフレッド・ワーグナーだ。
最後の王であるシンはまだ気づいていない。
天才ショコラティエが授ける『甘美』はなにもチョコレートだけではないということを。
湯船の中でほくそ笑んでいると、再び部下がやってきて新たな報告をした。
どうやらルヴィリアの地で催されている狂宴は、次のステージに移ったらしい。
恐るべき『マダム』たちがいよいよ動きだそうとしている。
かつての王にとっては歯牙にもかけぬ相手だったが、不名誉な中毒症状を抱えた今の状態では十分な脅威となりうるだろう。さらにはもうひとつ、致命的な『弱点』を抱えているとなれば――ケヴィンは湯船に散った薔薇の花びらをつまみ、手のひらのうえでもてあそぶ。
僕の出番はまだまだ先だ。
ひとまずお手並み拝見といこうか、ショコラティエ。




