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幕間

 幕間『吸血鬼と人狼に挟まれる朝』


 ◇


 天才錬金術師の朝は早い。

 が、人狼の朝はもっと早かった。


「起っきろー! あーにきぃ! 早く工房に行ってチョコレート作ろうぜ!」


 蝶番ごと吹っ飛ばしかねない勢いで扉が開け放たれ、人狼の少年がバタバタと部屋の中に入ってくる。

 アルフレッドは反射的に毛布をぎゅっとつかみ、恐るべき侵入者に懇願する。


「まだ朝の五時だぞ。せめてあと一時間は寝かせてくれ」

「昨日もそういって昼まで起きてこなかったじゃん。だらしねえなあ、兄貴は」

「どっかのクソガキに夜中までチョコレート作りを教えてなけりゃ、俺だってもうちょい早起きなんだけどな。やる気があるのはけっこうだが、睡眠時間が足りてないと成長の妨げになる。お前だって一生ちびのままじゃ嫌だろ」

「別に寝てないわけじゃないって。俺たち人狼はなんもないときに――」


 数秒ほどの間。


「――こうやって目を開けたまま休んでたりするよ。自然の中で暮らしていると寝ているときが一番危ねえからな。なるべく隙を作らないようにしているわけ」


 呆気に取られて言葉が出てこない。

 さすがは人狼、体の構造からしてアルフレッドとはまったく違うな。


 面倒くさいし催促を無視して惰眠を貪ろうとするわけだが、根っこが図々しいガキんちょなので「ねーねー!」と騒がしいったらありゃしない。

 しばらくするとふてくされたように「じゃあいいよ」と呟いたので諦めたのかと思いきや、


「兄貴のからだ、あったかいね」

「馬鹿野郎! 毛布の中にもぐりこんでくるな!」


 体ごとひっつかれたのでじたばたと抵抗するがびくともしない。

 見ためはちびでも……力が強い! 


 ドットとしてはじゃれついているつもりなのだろうが、両の手足でがっつりと組みついて離れようとしないので冷や汗をかいてしまう。

 アルフレッドの脳裏に、庭で飼っていた花妖精にはらわたを引き抜かれた老夫婦の話がよぎる。

 無垢であるからといって危険がないとはかぎらない。

 幼子がバッタの手足をもいで遊ぶように、彼らは悪気なく人間をおもちゃのように扱うことができるのだから。

 

 思わず悲鳴をあげそうになった瞬間、ドットはバッと毛布から飛びだした。おふざけがすぎたと気づいて身を引いたのかと考えるが、少年の仕草に反省の色はまったく見当たらなかった。

 あるのはただ、アルフレッドが感じていた以上の恐怖と警戒。


「朝っぱらから仲睦まじいことだね。私もまぜてくれないか」

「吸血鬼……ッ! いったいどこから……!」


 ドットは全身の毛を逆立てて牙を剥いている。

 暮らしはじめてまだ二週間かそこらだから、影のようにどこからでもふっと現れるシンの存在に慣れていないのだ。もっともアルフレッドがとくに肝が据わっているだけで、普通はその異常性を当たり前のものとして受け入れることなんてできないのかもしれない。


「悲しいなあ。同じ屋敷で暮らしているのに、君は一向に心を開こうとしない。敬愛すべき『兄貴』のほうを見てごらん。私がいきなり寝床に現れても、可愛いらしい寝癖をつけたままあくびをかいているよ」


 下手にビビると余計に面白がってうぜえからだよ。

 アルフレッドは内心で毒づきながら、ベッド脇に置いておいた眼鏡を取る。

 視界がクリアになったおかげで、お互いの表情がよく見える。

 吸血鬼と人狼――いや、猫と鼠か。


「勘違いするなよ。今のところあんたに復讐するつもりはないが、だからといって親の仇であることにゃ変わりねえんだ。兄貴がいつか究極のチョコレートを作ってあんたを灰にしたら、ルヴィリアで一番汚ねえ便所に撒いて×××して、そのあと群れのみんなで×××してやっからな!」

「私に向かってなんてひどい言葉遣いを! 今のはとても傷ついたよ!」

「嘘つけや。めちゃくちゃニヤついているじゃねえか」

 

 静観するつもりだったが、つい口を挟んでしまった。

 しかし朝っぱらからちびっ子とでっけえいじめっ子の煽りあいとは。

 アルフレッドはもそもそと起きあがると、うんざりした顔でこういった。


「俺はシャワーを浴びにいくから、喧嘩するなら中庭でやってくれ」

「なら私もシャワーを浴びよう」

「オレもオレも」

「なんでそこだけ急に結託するの、お前ら」


 ◇


 吸血鬼と人狼のしつこいアピールをかわしながら身だしなみを整えたころには、早起きといえる時間をゆうにすぎていた。


 結局キャンキャン鳴いてじゃれついてくる犬科のガキんちょとクスクス笑いながら脇腹をくすぐってこようとする変態に挟まれながらシャワーを浴びるはめになったぞクソったれ。

 天国にいるドットの親父さんも今朝の惨状を見たら頭を抱えるだろう。

 怒りや憎しみが持続しない性格なんだろうな、たぶん。

 

 実際のところ、アルフレッドから見てもドットは『いいやつ』である。

 細かいことには頓着しないが、そのわりに目端が効くところがあり、工房に入れても邪魔にならない程度には仕事をしてくれる。

 この世に生まれ落ちたときから人狼の群れの中で暮らし、ルヴィリアにきて以降も教育らしいものをいっさい受けてないわりに、ドットは論理的な思考ができている。だからこそ何事も要領よくこなそうとするわけだ。


 しかしそういった美徳が必ずしも望ましいこととはかぎらない。 

 錬金術やチョコレート作りにおいてはむしろ、神経質で融通がきかないくらいのほうが向いている。

 常人であれば気にしない程度の差異をいちいち確認し、眉間にしわを寄せながら幾度となくやり直すような非効率性の中にこそ、新たな発見にいたる道が隠されていることも多いからだ。

 

 がちゃん。ドットは鍋を置き、ため息を吐く。

 地味で根気がいる作業ばかりで、さすがにしんどくなってきたのだろう。

 クリムはその日のうちに喚きだしたし、アルフレッドとて三日目あたりから悪態をつきながら作業をしていた。二週間ずっと不満をあらわにしなかったのだから根性はある。

 

 とはいえ、集中力やモチベーションのほうはそうでもなさそうだった。

 惰性でこなすことはできても、作業をはじめたばかりのころの熱量を維持するのは難しい。悪態をつきながらでも愚痴をこぼしながらでも構わないから、目の前にあるチョコレートに『感情』を注ぐことを疎かにしてはならないというのに。


「誰が手をとめていいと許可した? 嫌ならさっさと群れに戻っちまえ」

「すみません、先生」


 人狼の少年は頭に生えた耳を垂らし、しょんぼりした顔で謝る。

 チョコレートの指南を受けるときは『先生』と呼ばせているが、こうやってきちんと態度を切り替えできるところも地頭がいい証拠である。

 うつむいたまますがるようなまなざしを向けてくる様は可愛らしく、アルフレッドですらつい甘やかしたくなるほどであるが――責任をもって教えると約束した以上、ここはあえて厳しく接しておくだろう。


「それと道具は大事に扱え。鍋にせよプレス機にせよ、工房にあるすべてのものは偉大な先人たちが発明し後世に残した『創意工夫』の結晶だ。彼ら彼女らの努力があってこそ、俺たちは効率よくチョコレートを作ることができる」


 続けて、こんな言葉をつけ足す。


「今のうちにはっきり告げておくが、お前にショコラティエになれるほどの才能はない。チョコレートに対する情熱はともかく、ひとつの物事をとことん突き詰めていくような執念深さを持ちあわせていないからだ。地下闘技場での戦いぶりを見るかぎり、親父さんみたいな傭兵のほうがよっぽど向いている」

「でも、兄貴――」

「工房にいるときは先生と呼べよ、クソガキ。昔の話になっちまうが、俺も実家にいたころは親父に無理やり鍛えさせられて散々だったな。はっきりいって軍人になる才能なんてまったくなかったんだ。今や天才錬金術師でショコラティエと呼ばれている俺ですら、向いてないことをやらされると『落ちこぼれ』の『面汚し』だぜ? 生まれ持った資質ってのは、つまるところそれくらい残酷なのさ」


 アルフレッドは自重気味に笑う。

 人狼であるドットは、幼いころの自分が求めてやまなかった才能のすべてを備えている。

 強靭な肉体、狼特有の鋭敏な五感、強敵に立ち向かうときの度胸と底力――錬金術というまったく違う道を見いだし成功を収めつつある今でさえ、胸をちくりと刺すような憧憬を感じなくはない。

 

 一方で、チョコレート作りをするうえでの適正はといえば今しがた伝えたとおりだ。続けていれば技術は向上する。だから一端の職人にはなれるかもしれないし、助手として重宝する程度には働いてくれそうである。

 

 ただ、この少年はアルフレッドにこう言った。

 聖ハナーン祭での姿を見て、

 ――オレもあんなふうになりたい、と。

 

 残念ながら不可能だ。ワーグナー家の落ちこぼれが親父に死ぬほど鍛えられても士官学校の体力試験をパスできなかったように、生まれつきの適正がない人間が努力でやれる範囲はかぎられている。

 ましてやドットは人狼。怪異の側に寄っていけばいくほど『創意工夫』の力は損なわれていく。


 肉体が成熟するとともにチョコレート作りの技量が衰えていく可能性すらある。

 シンの力でそうならないようにすることもできるが、その場合は成長そのものをとめることになる。

 つまり一生、ちびのままだ。

 たかがチョコレート作りに、そんな犠牲を払うなんて正気の沙汰じゃない。


 しかしドットは師匠の顔を見る。


「最初からわかってるよ、向いてないことくらい。でもやりたいならやるしかないじゃん」

「絶対に不可能でもか」

「兄貴だったら諦める? あの吸血鬼を殺すなんて無理っていわれたとして」


 レオナルドにそう告げられたことを思いだす。

 自分にとってはある意味、憧れの存在みたいなもんだ。


 ……冗談じゃねえぜ、まったく。

 このクソガキが俺みたいになりたいのだとしたら。

 絶対に不可能だからって、諦めるわけにはいかないわけだ。

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