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翌日。シンの屋敷。
いつものように食卓にはチョコレートが置かれている。
軍用に作ったレーション。味よりも携帯性や栄養価を重視して作ったことは伝えてあるものの、それはそれでどんなものか興味があるというので提供する運びとなった。
まあ絶対に殺すことはできないが、たまにはこういう試食会があってもいいだろう。
「そうだ。ついでにちょいと頼みがある」
「珍しいね。私からお願いしていることのほうが多いから、なんでも聞いてあげるよ」
「犬が飼いたい。責任をもって面倒を見るから、屋敷に住まわせる許可をくれ」
「暴れない? 噛みつかない? 夜に吠えない?」
「暴れるし噛みつくし吠えるし、なんならお前を殺そうとするかもしれない」
「素晴らしい! まさに理想のワンちゃんじゃないか!」
アルフレッドはうんざりした顔のまま振り返る。
「だとよ。こいつが親の仇だ、クソガキ」
「想像していた以上にイカれてんな……。こんなのといっしょに暮らすのかよ」
「コツはいちいち相手をしないことだ。ちょっとでも反応すると面白がって逆にすっげえ絡んでくるから。嫌そうな顔すればするほど喜ぶから注意な」
「なにそれ。めちゃくちゃ兄貴と相性悪いじゃん」
そうだよ。おかげで毎日、頭がおかしくなりそうだよ。
死んだ魚の目で無言のメッセージを返していると、クリムが上機嫌で割りこんでくる。
「ああ、これでようやく……あの地獄のような単純作業から解放される! あと片付けや試食会の準備なども今後はお弟子さんであるあなたの担当ですからね。よろしくお願いしますよ、ドット様」
「こいつにそんな地味な仕事させるかっての。教えなきゃならんことは山ほどあるんだぞ。それにわざわざ手間かけて面倒を見るからには、チョコレート作り以外にもやってもらいたいことがある」
「え、そうなの?」
「俺がアカデミーに行っている間、ルヴィリアの菓子職人のところで働いてこい。そんであいつらの技術をお勉強してくるんだ。そうすりゃ錬金術の知識だけじゃまかないきれない範囲を、お前のところでカバーすることができる」
「なるほど。君ひとりで習得できる技術には限界がある。だからその少年を修行に出して手足のごとく使うわけか。となると弟子というよりは助手だな」
シンがチョコレートレーションに齧りつきながら、得心したようにうなずく。
ドットに才能があるかどうかはこれから教えてみないとわからないが、とりあえず頭の回転が早くて熱意があることは確かである。
それに賭け試合での壮絶な姿を見るかぎり、このクソガキもチョコレートにだいぶ頭をやられてしまっている。ならば究極の甘美にいたる道を切り拓くうえで、重要なピースになってくれる可能性はあるかもしれない。
「最低でも払った額だけの仕事はしてもらうからな」
「わかっているよ兄貴。オレだって借りは返さなきゃとは思っているからさ」
「あれ? ドット様がアルフレッド様に授業料を払ったのではないのですか。それとも賭け試合を棄権した際の違約金でしょうか。しかし噂に聞いたところによると、人狼の少年が凄まじい活躍を見せたとのことですが……」
「チョコレートのパワーを借りてな」
「ドーピング扱いで失格になるとは思わないじゃん。なんの効果もないのに」
知らねえよ。運営がそう判断したなら従うしかねえだろ。
おかげで目ん玉が飛びでそうになるほどの違約金を請求されたわ。
異議を申したてるべきが迷ったものの、アルフレッドとしてもあの試合のときのドットから尋常ではない雰囲気を感じていた。もしこれで実際に詳しく調べてみたところ、カカオに得体の知れない力を引きだす効能があるという話になったら……ただでさえややこしい話がいっそうややこしくなってしまう。
今でさえルヴィリアに広がる熱狂は異常なのだ。
錬金術師にあるまじき振る舞いではあるが、当面はこの問題については記憶に蓋をしておこう。
そもそもただの自己暗示にすぎない可能性のほうがよっぽど高いしな。
まったく、吸血鬼のバカといいドットのやつといい。
チョコレートのこととなると、目の色を変えやがって。




