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ドットの居場所はクリムが教えてくれた。事前に調べておくようシンに命令されていたらしい。
こういうとき、吸血鬼の手のひらのうえで踊らされていることを痛感してしまう。
ルヴィリアの北西、地図上では左翼の付け根あたりに悪名高きストーンウィル繁華街がある。
ドットはその一角で『ろくでもない仕事』に従事しているらしい。
夜も遅いというのに途中で何度も観光客とすれ違った。
ほかの繁華街と異なるのは家族連れやカップルはおらず、大抵が水商売風の若い女か男を連れ歩いていることだ。親と子ほど歳が離れていそうな組み合わせも多い。とはいえここがルヴィリアである以上、若く見えるほうがずっと長く生きているなんてこともあるかもしれないが。
サキュバスに精気を吸い取られてミイラのようになった。酒場で引っかけた相手が朝になったら猫になっていた。その手の体験談は錬金術科でもしばしば話題にあがるが、自ら望んで怪異と寝たがる輩はそれなりにいるという。
興味本位で。武勇伝として。
普通のプレイじゃ満足できなくなって。
外の世界にはない『刺激』を求めて、大金を抱えた顧客がルヴィリアにやってくる。
美しく、そして異形であればあるほど、価値が高くなると聞いたことがある。
身を削るような覚悟を求めたアルフレッドに対し、人狼の少年は自らを商品にする道を選んだ。
手っ取り早く金を得たいのであれば、確かにそれも解決策のひとつだ。
アカデミーに通う生徒の中にも夜の仕事で学費を稼いでいる者はいる。
法律が杜撰なこの町においては未成年だろうが犯罪にはあたらない。
体を売るという選択肢がまったく頭になかったのは、クリムのいうとおり自分がいいところのお坊ちゃんだったからだろう。
ひとまずいっぺん外に引っぱりだす。そのあとのことはそれから考えればいい。
しかしアルフレッドが店の前にやってくると、軒先の看板からして相当にいかがわしい雰囲気が漂っていた。
――エキサイティングなお楽しみがいっぱい!
――女の子も男の子もあんな姿に!?
ドットがどんな姿で夜の仕事に励んでいるかを想像して、さっそく暗澹とした気分になってきてしまう。
入口のところで逡巡していると、扉に寄りかかってたばこを吸っていた男が近寄ってくる。
店の用心棒なのかパリッとしたスーツ姿のわりに全身から剣呑な気配を漂わせている。
「悪いな兄ちゃん、ここは会員制の店なんだ。紹介状がなけりゃ――」
アルフレッドはため息を吐き、上着のジュストコルを脱いで首もとの刻印を見せつける。
貴族のボンボンに変装すべく礼装一式で揃えてきたが、金払いがよさそうな客というだけでは入れないらしい。騒ぎになると面倒なので正体を隠しておきたかったものの、この場は隷属者の身分を利用するしかなさそうだった。
「まさか、噂のショコラティエか……?」
「門前払いするならけっこう。だがその場合、お前さんの首が飛ぶぜ」
舐められないよう、あえて尊大に振る舞う。
裏社会の住人にとって吸血鬼王の威光はいまだ健在だ。用心棒の男はあからさまにビビり散らし、ヘコヘコと頭をさげながら店の中に入れてくれた。
そして入れ替わるように現れたのが、黒いネグリジェ姿の少女だった。
栗色に近い金髪からむわっとするような甘い香りを放ち、蛇のようにしなを作りながら腕もとにすり寄ってくる。アルフレッドより五歳は若そうだが今にもレースの紐がはち切れそうなほど豊満な体つきで、お人形さんのようなあどけなさの中に妖艶な魅力を漂わせている。
「お前、サキュバスか。俺の相手をするには幼すぎるな」
「あらごめんなさい。若い子のほうが喜ぶお客さんが多くって」
相手はいうなり黒髪の美女に変化した。目のしたにほくろがあり、赤々とした唇は抗いがたい色気を感じさせる。なにより胸のサイズが倍くらい増量したのが嬉しい。
アルフレッドの好みを正確に撃ち抜いた見事なセクシーお姉さんだったものの、その姿が仮初であることを考えると嫌悪感のほうが先にくる。怪異とヤリたがる連中の気持ちがさっぱりわからない。
「ドットという名前のガキがここで働いているはずだ。居場所を知っているなら案内してくれ。もちろん金はしっかり払う。相場より高くしてやってもいいぞ」
紹介料としては破格の条件を出したつもりだった。だが、サキュバスは不機嫌そうに顔を歪める。
目先の利益よりも怪異としてのプライドが傷つけられたことが許せなかったようだ。
「そっちが目当てなら先にいっとくれよ! あんた、ろくな趣味してないね!」
◇
うす暗い廊下が目の前に広がっている。両側には等間隔に個室が配置されており、ベルベット調のカーテンの向こうから男や女の嬌声が聞こえてくる。
ギシギシ、バチバチ。
ベッドが軋むような物音だけでなく、鞭で柔らかいものを叩いたときの音まで響いてきて、その奥で行われている行為を想像せずにはいられなかった。
外から眺めたときは特徴に乏しいこぢんまりとした娼館という印象だった。
しかし内部は思いのほかスペースがあり扉や燭台の装飾も豪華だ。
どう考えても敷地面積と一致しないから、超常の力で空間が歪められているのだろう。
シンの屋敷にもそういった場所がいくつかあるが、魔術的に高度な芸当なのは間違いない。
つまりこの店の支配人は、ルヴィリアでも指折りの怪異である可能性が高いということだ。
「ケヴィン様がいるときだったらあんたに会いたいとおっしゃったかもしんないけど、間の悪いことに今晩は留守にしていてね。次に来るときがあったらチョコレートを持参してくるといいよ。あのかたもけっこう甘党だからねえ」
ケヴィン――外の世界から追われてきた怪異の難民を受け入れて急速に勢力を拡大している『ケヴィンアンドシュタイナーズ』なる犯罪組織のボス。
そして、吸血鬼王グリンデンの寵愛を受けた隷属者の成れの果てでもある。
人狼の群れが彼の庇護下にあることを考えれば、ドットに自らの店を紹介するのも当然の流れか。
しかし年端もいかない少年に夜の仕事を斡旋するとは、吸血鬼ってのはろくなやつがいないな。
アルフレッドが内心で呆れていると、真横にあった扉がバタンと開く。
這いでるような姿勢で床に倒れこむ、でっぷりと太った男。
「もう限界だよお嬢ちゃん! このままじゃ、おで――うひぃいっ!」
蛸の足のようなぬめぬめとした触手の群れが全身に絡みつき、男はそのまま凄まじい勢いで再び部屋の中に引きずりこまれていく。
サキュバスの女はふんと鼻を鳴らし、乱暴な手つきで扉をバタンと閉めた。
そのあとで、キンキンに響く声で怒鳴りつける。
「お客さん殺したらだめだかんね! あんた今月二回やってんだから!」
「はあーい★★ よちよち、アタイがママでちゅよ〜★★」
「んぎぎぃ! 溶ける、溶けるぅー!!」
アルフレッドは心底げんなりした。
できることなら帰りたい。
だが、一刻も早くドットをこの店から引っぱりださなければという思いも強くなってくる。
この世ならざる存在との淫らな夜を売りものとする娼館は、想像していた以上の地獄絵図だった。
「人狼のガキがいるのはこの先の階段をおりたところさ。でもアタイはご同行を遠慮させてもらうよ。前に見学させてもらったときはうっかり血飛沫を浴びちまって最悪だったからね。常連さんの話じゃあ目玉や腕が飛んできたこともあるってんだからゾッとするさ。でもあんたは女とヤるよりあっちのほうがお好きなんだろう?」
サキュバスの女は軽蔑のまなざしを向けながら暗がりに去っていく。
この階段をおりたあとで待ち受けているのは、様々な知識に精通するアルフレッドですら知らなかったような世界だろう。
ルヴィリアの暗部、背徳的な欲求の行きつく先。
胸糞が悪いことに、人間の特性である『創意工夫』はこういった分野にも適応される。
淫らな感情は暴力性と結びつき、およそ常人には理解できない凄惨な見世物を生みだしてしまうのだ。
断頭台が民衆の娯楽であった時代が、かつて存在したように。




