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「待ってください。まさかその流れで断ったんですか?」
「ああ。すがりついてくるガキんちょを振りきってな」
シンの屋敷にて。クリムは信じられないというようにのけぞってみせた。
「なぜ……。ひどい……」
「だってめんどくせえじゃん。俺、誰かに教えたりすんの苦手だし」
「そんなこといってますけど、単に気恥ずかしくなっただけなのでは? いたいけな少年にキラキラとしたまなざしを向けられて、むずがゆくなって逃げだしたというほうがしっくりきますが」
アルフレッドは視線を逸らした。
クリムの呆れたようなため息が響く。
「この際、助手として雇うというのはどうですか。ぼくはそれほど器用ではありませんし、物覚えも決していいとは言えません。侍従の仕事だって数百年かけてようやくお館様にどやされずにこなせるようになったくらいですからね。そもそも味見が無理なのでチョコレートの良し悪しを判別できません。件の狼君がどこまでやれるかは未知数ですが、仕事を手伝わせるなら育つ見込みがあるほうがいいに決まっています」
「そうはいっても相手はガキだぞ。やる気があるのは最初だけ。どうせすぐに投げだすに決まっている。つうかお前がいつになっても手際が悪いのは神秘に属する存在だからか? だとしたら人狼だって見込みがないという意味では大差ないだろ」
「いや、君の認識は正しくない。クリムも人狼も生まれながらの怪異ではないから、純然たる神秘とは異なり創意工夫の力がある。でなければ君だって、私と隷属契約を結んだ時点でその才を失っていただろう。この世ならざる領域に片足を突っ込んでいるわけだからね」
「……急に現れて話に割りこんでくるな。クソ吸血鬼」
「口寂しかったもので。今朝のチョコレートの余りはないかな」
アルフレッドはうんざりした顔で首を横に振る。
となると次の言葉を決まっている。
――ではすぐに作りたまえ。
「今の話は本当か? じゃあクリムがただ使えねえだけか」
「わかりやすく分類するなら、元人間かそうでないかの差だよ。人狼は太古に魔女たちの黒魔術によって作られた呪われし種族。吸血鬼の王に血を吸われて道を外した隷属者の成れの果て、ケヴィンのような半端な吸血鬼と同列に扱われるべき存在さ」
「ちなみにですが人間をやめた側であっても、怪異として強くなればなるほど純然たる神秘としての性質が色濃く出てしまうようです。ぼくはお館様の侍従としてそこそこやれる程度には力がありますから、その代償として『創意工夫』に携わるのが少々苦手になっているだけなのです。使えねえやつと言われる筋合いはありません」
「わりと気にしてんだな。さっきの言葉」
あとクリムが実はまあまあ強いほうの化け物というのもわかった。
シンに仕えて霊馬の世話しているわけだから当然ではあるが。
そこでいったん会話を区切り、チョコレート作りに集中する。
聖ハナーン祭での一件を経て、アルフレッドのレシピは以前より複雑なものになっていた。
カーリムやルヴィリアの菓子職人たちの作品を見て、刺激を受けたことが大きい。チョコレートを様々な食材とかけ合わせてさらなる『可能性』を引きだす試みは以前から挑戦しているが、そこからさらに発展させて、古くから存在する焼き菓子のレシピを取り入れてみよう――というのが最近の課題である。
いわば伝統との融合。
錬金術の歴史と同様に、お菓子作りの中にも先人たちが積みあげてきた知識や技術の結晶というのがあるはずだ。ならば既存のレシピをおさらいし、そこからチョコレート作りにアレンジできそうなヒントを探すというのが、レシピに幅をもたせるうえでの正攻法だろう。
そうして仕上げたのは、一見するとただの焼き菓子にしか見えない茶黒いケーキである。
だが、その中にはアルフレッドらしい創意工夫が隠されている。
「これは? 見たところチョコレートを織りこんだケーキのようだが」
「俺はフォンダンショコラと名づけた。まあとりあえず食ってみろ」
シンはうながされるままにフォークを入れる。
すると、カカオ色の焼き菓子の中からどろっとチョコレートが溶けだした。
ほう……と吸血鬼の口からため息が漏れた。
その驚きはやがて、恍惚の色に染まっていく。
伝統の焼き菓子をアレンジした『ブラウニー』というレシピを先に編みだしていたのだが、せっかくチョコレートを使うのだからとひと工夫加えておいて正解だったようだ。
ふっくらとしたスポンジ生地からクリーム状の中心部が綺麗に流れでるようにするには繊細な温度調整が必要になるが、今のアルフレッドならば異なる食感の両立なんてお手のものだ。
「相変わらず素晴らしい腕前だな。天才ショコラティエと呼ばれるだけはある」
「賞賛なんてけっこうだよ。最近は胃もたれするくらい聞いているからな」
そう言ったあとで、両手を広げる。
「俺についてこれるやつがいると思うか? 今さら助手なんて雇ってもクリムみたいな置物が増えるだけさ」
「だから、ぼくは使えねえやつじゃないですってば!」




