⒔ 水魔法
セテアスの掛け声にそれまでその場に集まっていた妖精たちは、一斉に散り散りになって飛んでいった。ポツンと一人残されたカデンツァは、戸惑いにキョロキョロと辺りを見回す。セテアスは高度を落としながら彼の元へと飛んだ。
「さあ、ボクらも始めようか」
「他の水の妖精は? どこに行ったの?」
カデンツァは彼女を一瞥すると、すぐに辺りを飛び交う妖精たちへ目をやった。風の妖精や光の妖精、生物の妖精の姿はあるものの、セテアスのようなキラキラと艶めく鱗のような衣服を着た妖精——水の妖精らしき影はなかった。
「今この地にいる水の妖精はボクだけだよ」
「え?」
彼女一人しか水の妖精がいない。当たり前かのようにサラッとその事実を伝えた彼女に、カデンツァは思わず上ずった声を上げた。
「でも、さっきいるって……」
言ってたじゃないか。
続くはずだった言葉は声を伴うことすら忘れた。驚きと衝撃に見開かれた目は、じっとセテアスを凝視する。カデンツァの瞳の中で彼女はふふっと笑った。
「第一班はボクだけなんだ。本当はあと何人かいたんだけれど、皆夜通しで大変だったからね。昼に第二班が合流するまではボク独り。だから本当に助かったよ、君が手伝いに入ってくれて」
にっこりと微笑んだ彼女に対して、彼はあんぐりと口を開けたまま。衝撃のあまり瞬きすらも忘れていた。そんな彼の様子を彼女はケラケラと笑った。
「大丈夫だよ。これでもボク、水魔法は得意なんだ」
「い、いやそれはそうだろうけど……」
『でも……俺は——』
ようやく衝撃の波から帰還した彼は、口を閉じる代わりに深く溜息を吐いた。項垂れるように落ちた視線は[後悔の海崖]の乾燥した岩肌の割目をぼんやりと捉える。割目は広く深く暗い影を宿していた。
『魔法を教わるために、他の妖精の様子を見るために来たのに。何もできない俺とたった二人で季節を変えるなんて——』
「おや、何か不安かな?」
翳った青磁色の瞳を見てセテアスは尋ねる。カデンツァは引き込まれそうな岩肌の割目から彼女へと視線を戻した。彼女の顔からは微笑みが消えていて、代わりに諭すような冷静さと穏やかさがあった。
「どうやら君は勘違いをしているようだけれど、ボクが水魔法が得意だって話したのは、単にボクが水の妖精だからではないんだよ?」
彼女の話にますます困惑したカデンツァは、眉間に皺を寄せると腕を組んだ。
「どういうこと?」
「得意かどうかは、実際にその魔法を使えるかどうかではないのさ。教えられるかどうかなんだ」
「教えられるかどうか?」
「そう」
おうむ返しで訊いたカデンツァに彼女は優しく頷く。少しだけ膝を曲げると、彼女は彼と目線を合わせた。
「魔法がいくら上手でも教えるのが下手な妖精もいるからね。でもボクは水魔法を使うのも誰かに教えるのも上手くできるから、水魔法が得意なんだって話したんだよ。分かってもらえたかな?」
彼はこくりと頷いた。セテアスは彼に微笑み掛けると、ジョシュアやジェシカと同じように彼の頭を撫でた。
「水の妖精はもちろん、ボクは歴代の魔法使いの妖精にも水魔法を教えてきたんだ。君の知るところだと、エリーやジェシカにもね」
彼女の話にそれまで怪しむようだった彼の眼差しが、一気に輝きを帯びた。
「本当?」
「ああ。ルアンは流石に彼の方が歳上だから違うけれど、応用術はジョシュアにだって教えたよ」
表情の解けたカデンツァはこくりと頷いた。
「だから大丈夫。さっき話しただろう? 初めてで不安かもしれないけれど、季節変えの方法も魔法の使い方も教えるし、間違えたとしてもフォローするから安心して」
「分かった」
「よし、じゃあ始めよう。まずは魔法の原理からだね」
セテアスは微笑むと仕切り直した。
「攻撃魔法以外の魔法をエレメント魔法と呼ぶのだけれど、エレメント魔法は大きく五つに分けられる。それは何か分かるかな?」
「炎魔法と風魔法。光魔法に大地魔法、それと水魔法」
「正解。それぞれ魔法を使う時の別称があるんだけど、それは何か知ってる? ヒントは呪文なんだけど」
カデンツァは首を触りながら考えた。結局のところ呪文についてはほぼ教わっていない。だが、呪文を耳にする機会は既に何度かあった。ついさっきのセテアスも、前陽日のジェシカも。口を揃えて言っていた呪文は——。
「アクオス・ディ・ファーレ?」
尋ねるように答えたカデンツァはチラッとセテアスを見た。彼女は肯定するように大きく頷いた。
「そう、正確にはそれが水を放つ時の呪文。アクオスは呪文で水を意味するんだ。ファーレが放たれるっていう意味。アクオスの部分を他のエレメントにすれば、別のエレメントが放たれる。例えば炎は呪文では『フレイマ』って言うんだけれど、『フレイマ・ディ・ファーレ』って唱えると炎が放たれる」
カデンツァの理解がついて来れるよう、彼女は一旦説明を区切った。「今ここでは唱えないでね」と、念を押すように話す彼女に彼は頷いた。
「炎がフレイマ、水がアクオス。風と光は? あと大地も」
「風はヴェンティス、光はルキシア、大地はガイアス」
「水……風……炎……光……大地」
聞いた単語をカデンツァは繰り返した。記憶の中に書き込んだ文字をそっとなぞるように。
「炎魔法と水魔法は呪文の構成が同じなんだ。最初にエレメント、次が命令。呪文における命令って言うのは、使おうとしてる魔法がどう動いてほしいのかって意味で考えてね。放水をするんだとしたら、『水よ、放たれなさい』っていう唱え方になる」
「それで呪文が『水放たれん(スディファーレ)』なんだね」
「分かってるじゃないか! そういうことさ」
呪文の構成を理解した様子の彼に、セテアスは嬉しそうに目を細めた。まるで自分のことのように彼の理解を喜ぶ彼女に、カデンツァは少し照れて頬を赤らめる。
「それじゃあ」
はにかんだ笑みを溢しながら彼は尋ねた。
「光と風と大地は?」
「それぞれ呪文の唱え方が変わるって言えばいいかな? 一方向に風を吹かせるんだったら、呪文がヴェンティスじゃなくてヴェントゥシーラーになるみたいだし。ちゃんとした使い方はそれぞれの妖精に後で聞いてみてね」
微笑んだ彼女に彼はこくりと頷いた。
「けれど、呪文を知っていたとしても、魔法が使えるわけじゃない。その魔法現象を理解しているか、魔法現象の想像ができていないと、魔法は成功しないんだ。そして水魔法は魔法現象を理解していなければ使うことができない」
セテアスは言葉を区切ると、彼の瞳を見つめた。
「カデンツァ、君は想像と現象理解、どちらかの方が得意?」
「想像、みたい」
言葉を濁したカデンツァは、彼女の視線から逃れるように目を逸らした。
「でもちゃんと使えるって思ってるのは炎魔法の初期段階の」
俯きがちに答えた彼は、指をパチンと鳴らした。彼の指先には小さな炎が宿る。
「これくらい。本当にこれだけしかまだできないんだ」
「炎魔法ができるんだね。すごいじゃないか」
セテアスの声に彼は視線を戻した。彼女の瞳は彼の灯した炎の光を受けて、ゆらゆらと煌めいている。
「ボクは水の妖精だから、水魔法は得意なんだけど、他はまるでダメなんだ。本気になって挑戦すれば、光や風の魔法は多少は使えるはずなんだけどね。でも想像力を最も必要とする炎と大地の魔法は使えない。まあ、そもそも他の魔法に興味もないしね」
「興味がない……?」
驚いたカデンツァに対して、彼女は当然のように頷いた。
「ボクは水の妖精だし、他のどの妖精よりも水を機敏に感じ取れることを誇りに思っているんだ。水の香りとか柔らかさとか。空から雨となって降り注ぐ水も、空気の中に解けた水分も、海という広大な水も地面に吸収されて輝きを増す地下水も。どの水も感じ取れるのは水の妖精だけ。何より、水を愛しているしね」
まだ彼女の言葉が信じられずに、カデンツァはじっとセテアスを見つめた。興味がないという言葉とは裏腹に、彼女の菫色の瞳は慈愛に満ちている。
「他の妖精もそうだよ。炎の妖精は炎を愛しているし、生物の妖精は生物を愛している。魔法使いの妖精は、守られるべき存在を愛する。だから君たちは、誰よりも多くの魔法を習得しようと必死になるんだろう? より多くの生命を救うために。そのこと自体は良いことだとボクは思うけれど、だからと言って数陽日で全てが上手くできるはずがない。焦る必要はないから、少しずつできるようになって、少しずつ上手くなればいいんだよ」
彼女の言葉にカデンツァの瞳孔は大きく広がった。
「少しずつ……?」
「ああ。その最初の一歩としてここに君は来たんじゃないかい?」
彼は口をつぐんだままゆっくりと頷く。セテアスは微笑むと彼の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「それで、水魔法を使うには水の原理を知っていないとね。カデンツァは今ここに居て、水を感じるかな? 空気がどこか重いような感じというか、どことなく土の匂いを感じるとか、空気が滑らかな感じとか」
彼女の言葉に、カデンツァは水を感じようと瞼を閉じた。[後悔の海崖]はホームや[移ろいの松林]のような軽やかさがなく、じめじめと湿気を帯びている。空気の中に解ける水を想像しながら、彼は瞼を開いた。
「うん、分かる気がする」
「それが今ここの空気に含まれる水の香り。見えないし、濡れない程度の水が集められている。水魔法はその見えない水同士を集めて絞り出すような作業に似ているかな」
彼女はそう言うと、カデンツァの前に掌を出した。まるで牛の乳を搾るかのように彼女は親指から順に折り曲げて拳を作った。
「水よ(オス)」
パッと開いた彼女の掌から水球が現れ出た。彼女はそれをふわりとカデンツァの手元へと放った。
「触ってごらん。撫でるように」
彼は水球に手をのばすと、慎重さを伴った指先でそっと触れた。冷たくもなく温か過ぎもしない、ちょうど空気と同じ程度の温かさを持った水は、彼の指先を緩やかに迎えた。
「これが基本の水魔法」
彼女が再び指を動かすと、水球は水を包んでいた泡が弾けたかのようにパシャンと割れ、大地に零れ落ちる前に空気へと還っていった。
「さあ、やってみて」
「分かった」
カデンツァはセテアスがした手つきを再現しようと、見よう見まねで手を動かした。
「水よ(オス)」
しかし、水は一滴すら現れない。肩を落とすカデンツァにセテアスは首を振ると、呪文を唱えた。彼らの間に細かな水滴が現れて宙に浮かび上がる。
「この細かな雫が見えるかな? 空気にはこれよりももっと小さな雫があるんだ。そして、その雫が一粒ずつ合わさると——」
彼女が指先を動かすと、中心にあった小指の爪の先に辛うじて付く程度の小さな水滴に周囲の雫が引き寄せられる。ごく小さな雫は合わさり、少しずつ大きくなっていって——
「雫はやがて一滴の水となり、雨となり、川に、海になる」
全ての水滴が溶け合ってできたのは、最初にセテアスが水魔法で見せたのと同じ。彼女の掌と同じ大きさの水球だった。彼女は再び指を動かして水球を空気に還すと、カデンツァに微笑んだ。
「どんな時であっても、水を操る魔法を使う時には必ずこの現象が起きているんだ。分かったかな?」
彼は頷いた。彼女の魔法は言葉よりも雄弁に水魔法の現象を物語った。
カデンツァは瞼を閉じた。その方がセテアスの言う“見えない水”を感じられる気がして。手の動かし方は気にしなかった。考えてみれば、セテアスも毎回動かし方を変えていたから。
土っぽい湿り気を帯びたにおいを、空気に溶け入る水の粒子を。彼は集中して感じ取った。そしてそれらが繋がっていき、目に見えるまで肥大化していく現象を思い描いた。小さな水滴が一滴の雫と化し、やがて水滴が集まって——
「水よ(オス)」
彼はパッと瞼を開いた。正面にいるセテアスはその瞳に輝きを湛えてにっこりと微笑んでいる。
「やったじゃないか」
彼は視線を手元に落とした。彼の掌の上には、手と同じくらいの大きさの水球がぽっかりと浮いていた。
「成功、した……」
気の抜けた声でカデンツァは呟いた。水球はゆらゆらと彼の掌を写しながらも、周囲の光を受けてキラキラと煌めいている。ぼぅっと水球を見つめていた彼は、不意にパッと顔を上げた。
「できたよ! 少しだけど、水魔法が使えた!」
「あぁ、よくできたね!」
彼は喜びに満面の笑みを広げると、力強く頷いた。小さな炎を灯すだけではない、他の魔法が初めて使えた興奮で、彼はすっかり天にも昇るような気持ちだった。
「それじゃ、逆をやってみようか」
「逆?」
セテアスの言葉に彼は思わず大きな声を上げた。舞い上がっていた気持ちは、彼女の言葉に不意を突かれて漂いながら地へ向かう。すっかり気分が冷めた彼は、戸惑いに身を任せた。
「逆って? どういうこと?」
「そのままの意味だよ」
対する彼女は落ち着いた声で答える。
「水を空気に還すんだ。今度は水が合わさっていくんじゃなくて、離れて一粒ずつに分かれていく現象が起きる。これもできれば、水魔法をマスターしたも同然さ」
淡々と説明した彼女は「ほら、やってごらん?」と促した。もう少し成功に浸っていたかったカデンツァは、肩を落としたまま手元に浮かぶ水球を眺めた。
「分かった」
渋々彼は顔を上げた。
「やってみる」
彼女は頷くと、手を動かしてカデンツァの水球を二つに分けた。
「水を空気に還す方法は正確には二つあるんだ。一つは光や炎の魔法の応用だから、炎の妖精や光の妖精に教わってね。そして、もう一つが水を分散させる方法。分散の命令は『スパルジャン』。その最初に『アクオス』が付くから呪文は——」
セテアスは説明しながら片方の水を向かい合った二人の間に浮かべた。
「霧と(スパ)散れ(ルジャン)」
呪文を唱えると同時に浮かび上がっていた水球が一瞬にして、ほろほろと崩れるように宙へと解けていった。セテアスは指先を動かして残った方の水球をカデンツァの目前に移動させた。
カデンツァは息を吐くと瞼を閉じた。目を瞑った先で水球が二つに割れて、さらにそれが半分に。さらにそれが半分になるような分裂していくイメージを強く思い描いた。
『大丈夫、現象は理解した。一粒ずつの水滴が合わさると水になるから、今回はその逆をすればいいだけ……』
水は全て霧のように細かな粒子に分かれて、徐々に見えなくなっていく。その様子を思い描いたところで彼は口を開いた。
「霧と(スパ)散れ(ルジャン)」
呪文を唱えると同時に彼は手元が軽くなったような感覚を憶えた。瞼を開くとそこにあったはずの水球は既に消え失せていた。
「成功したね」
セテアスは満足そうに呟いた。
「現象理解の魔法は本来、現象が起きる原理を理解した上で、その原理を組み立てることが必要なんだ。けれど、君のように想像力の方が強い妖精は、原理を組み立てる代わりに現象が起きる筋道を想像できてしまえば魔法にできる。慣れるまでは、毎回そのイメージを保つんだよ、分かったね?」
彼女の話にカデンツァは頷いた。
不意に冷たい風が吹き抜けて、セテアスは空を見上げた。さっきまで晴れていたはずの空には薄いグレーの雲が掛かっている。[後悔の海崖]にいたはずの他の妖精たちは、もう周囲にはいなかった。
「第二派からの伝播が来たね」
彼女はサッとカデンツァを見た。
「さあ、いよいよ季節変えをするよ。ボクについて来て」
彼女は空高く宙へと舞い上がった。勢いよく飛んだ反動で彼女の纏った水の衣はゆらゆらとはためき、水面のような淡い模様を大地に落としていく。カデンツァは力を込めて地面を蹴ると、彼女を追って空へと飛び立った。[移ろいの松林]の木々の高さを遥かに超えて、移動する時の高度よりも更に高く飛び続ける。地上よりも寒くなってきて、彼は上着を紐で留めた。
「それじゃあ、この辺りで」
セテアスがようやく止まったのは、雲が手に届きそうな程の高さまでなってからだった。彼女の呼びかけに宙で止まったカデンツァは、あまりの寒さにガタガタと身を震わせている。彼の様子に気がついた彼女は、雲に向かって声を掛けた。
「ベレク、そこにいるかい?」
雲の端がチカチカと瞬く。稲光のような明るい閃光と共に姿を現したベレクは、地上で着ていたスモックを脱ぎ捨てて雲の中に身体を潜ませている。辛うじて認識できた顔は声を掛けたセテアスを見た。
「どうかしたか?」
「すまないね、カデンツァがひどく寒そうだから」
ベレクはカデンツァを一瞥すると何かを唱えた。その途端、まるで春の光が降り注いだような柔らかな暖かさがカデンツァの内側に広がった。実際に光が差し込んだわけでもないのに、温かさが指先までじわじわと伝わってくる。ようやく寒さの震えが止まった彼は、ベレクを見ると照れるように笑った。
「ありがとう。今度、光魔法も教えてもらわないとだね」
「そうだな、魔法使いの妖精ならこれくらい出来て当然だぜ?」
挑発するような含みを持った彼の言葉に、カデンツァの顔からスッと笑みが消えた。心の中の泉に小さな黒い雫が落ち、波紋を描いて滲んでいく。そんな感覚を彼は憶えた。
「助かったけれど、新精いじりは程々にね。まだカデンツァは誕生から五陽日も経っていないんだから」
「分かってらぁな。おれは一般論を言ったまでよ」
セテアスは窘めるようにベレクをじろっと見た。対して彼はニヤッと笑うとふわりと周囲の雲と同化して、辛うじて見えていたその顔をも消してしまった。
「気を取り直して実践といこうか」
彼女はさっきの会話を振り払うように頭を振ると、カデンツァに向き直った。彼はキュッと唇を結んでじっと一点を見つめている。
「大丈夫かい?」
「え?」
カデンツァは顔を上げると、ニコッと笑みを広げた。
「うん、へいき」
「そうかい? さっき話した通り少しずつ出来ていけば良いんだから、ベレクの言うことは気にしないでね」
カデンツァは引きつった笑みを浮かべたまま、心配するように声を掛けたセテアスに頷いた。
「それで、雨を降らせるんだよね?」
彼は話を進めた。そうした方が心に溜まった淀みも気にならなくなるような気がして。
「そう。正確には雨の補助をするような感じかな? 風の妖精が吹かせる風に水が集まって、光の妖精が気温の調節をすると雨雲から雨が降り注ぐんだ。ボクらの役目は、その雨が少なすぎず多すぎないように水魔法で雨の量を調整すること」
彼女が説明をする最中、ピューっと風が吹いた。その強さにカデンツァはぐっと力を込めて宙に留まる。吹き抜けた風につられて雲の綿毛がほつれたようにポツリと雨雫が落ちていった。
「降り始めたね」
指の間から零れるようにポツポツと降り注ぐ雨を見て、彼女は微笑を浮かべた。
「まずはこのまま少しずつ雨を多くするよ。使う呪文は分かるかな?」
「水よ(オス)、でしょ?」
「正解。注意すべきは、雨を作ることを意識すること。さっき水球を作った時よりも細かい雫を降らせることが重要だからね」
カデンツァは頷いた。雲に近いせいか目を瞑らずとも水の気配をより鮮明に感じられる。水気に満ちた空気に身を投じようと、彼は息を吸い込んだ。
「水よ(オス)」
彼の目の前に手と同じくらいの大きさの水が数個現れる。「どう?」と目で問うた彼に、セテアスは首を横に振った。
「大きすぎだね。その半分くらいにしようか」
「分かった」
カデンツァは目の前を漂う水の塊に手をのばした。
「霧と(スパ)散れ(ルジャン)」
数個の水の塊は千切れるように半分に分かれて数滴の雫に変化した。
「どうかな?」
「上々だね。指先から力を抜いてみて、そうしたら地面に落ちるから」
彼女の言葉に従って、彼はいつの間にか力んでいた指から力を抜いた。ピンと固くなっていた指が自然と内向きに曲がると同時に、浮力を失くした雫は遥か下方の大地へ向かい、あっという間に見えなくなった。
「それじゃもう一度やってみて。今度はこの辺り一面に降り注ぐくらいの量で」
カデンツァは再び呪文を唱えた。セテアスの注文通り、辺り一面に細かい水雫が広がる。今度はさっき降らせた雫よりも少し小さい。彼女が首を振ったのを見て、カデンツァは水を空気に還した。ようやく彼女の目に適う水雫を作ることができたのは、数十度繰り返した後だった。
「よく出来たね」
にっこりと微笑んだセテアスに対して、カデンツァは溜息を漏らした。
「全然だよ」
彼が降らせた水雫を追うように、次から次へと雨が降り注ぐ。雨雲の真下にいる彼らは、降り続く雨に濡れてびしょびしょだった。
「全然うまくできない」
「そんなことないさ」
ぐっしょりと濡れた髪を掻き上げた彼の向こう側で、彼女は降り続く雨を受け止めるように手を空にのばした。
「カデンツァ、君は最初『水魔法が使えない』って言ってた。けれどそれが使えるようになった。まずこれは大きな前進だろう?」
同意を促すように話す彼女だったが、彼は無言だった。
「指定したサイズに調整するのは時間が掛かったかもしれないけれど、指定した範囲にはすぐに対応できたんだ。そこまでできるようになったのはすごいことだよ」
「そうかな?」
「そうさ」
セテアスは優しく頷くと、カデンツァの肩越しにその向こう側を見遣った。カデンツァが振り向くと、その後方からセテアスと同じ衣を纏った複数の妖精の姿が見えた。
「第二班が来たようだから、ボクらはこのあたりで休憩としようか」




