第34話 エルフの里
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オーフェンを出立し1ヶ月。
周囲は青々とした緑葉に包まれた森。闇長耳系妖精族の森と比べると格段に明るく、爽やかであった。
森に入るや否や、ララノアは心も体も弾むように道を案内する。
全く周囲を警戒しないので、ノルやファノが何度も注意する。暫くは大人しくなるララノアだが、いつの間にか弾みだす。その内、歌ったり踊ったりするのではないかと、ゴンジもひやひやしている。
「ノルさん!もう直ぐですよ!」
「分かったから、少し落ち着きなって」
「はーい!」
ノルの忠告ももはや左から右に流れるようであった。仕方なく、ノルとファノが周囲を警戒する。
「すまんだす……ララノアはこの森に来るど、いづもこうなるで……」
大きな体を縮こますゴンジ。
「いいよ、気にしなくて。幸い、周囲に脅威はないしね」
そうこうしているうちに、長耳系妖精族の里、ラスガレンが見えてくる。
「見えたわ!おーい!」
ついには走り出すララノア。ノル達は仕方なく、ララノアを追って走るのであった。
◇◇◇
「懐かしいな……この拒絶感」
「懐かしんでる場合じゃないし……」
ノルは遠くを見るように昔を懐かしむ。そんなノルを注意するファノは何処か苦い顔をしている。
「なんでよ!」
「だから、何度も言わすなって。長耳系妖精族以外はこの里には入れられない。そっちの大地系妖精族は、最悪入れたとしても、そっちの闇長耳系妖精族の二人は間違いなく入れないから!」
昔、ファノの故郷のヴァルファノスの村で同じ様な押し問答があったなー、とノルは他人事のように問答を見ている。
更には、普人族国家のデキャミラに入る際も問答があったよな、と昔を懐かしんでいた。
「ノルさん!ノルさんからも、何とか言って下さいよ!」
「そうは言っても、この門番さんじゃ、決められないからなぁ」
「おっ!話が分かるね、そこの兄さんは」
「まあね。こんな経験二度もすれば少しは分かるよ」
と言って、ノルと門番は意気投合する。
「もう!じゃあ、私が何とかしてくるから、ここで待ってて下さいよ!」
ララノアはそう言い残すと、ノル、ファノ、ゴンジを残して里の中に消えていくのであった。
「あのー、この辺で野営しても良い?」
「目の前じゃなけりゃ構わないよ」
「ありがと。あとで、料理出来たら差し入れ持ってくるよ」
ノルは門番とそんなやり取りをして、門の目の前から少し離れたところで野営の準備をする。
「慣れでますね」
そんなやり取りを見ていたゴンジが感心する。
「いつも野営してるからな、そりゃ慣れるって」
「いや、野営じゃなぐで……」
ノルは気にせず野営の準備を進める。
少しすると、辺りには鼻腔をくすぐる薫りが広がっていた。それは門番をしている兵士の辺りにも漂ってくる。
大きめの鍋に、岩陸亀と、緑葉の森で採れた果実や野菜を入れて煮詰めた鍋。味付けは塩だけだが、出汁に乾燥椎茸と乾燥海藻を使っている。
それとは別に、岩大猪の燻製を串に刺し塩と胡椒を振って炙ったものも用意した。
更には乾パンを砕いて、山羊乳でふやかし、鶏卵とチーズを溶かして混ぜた生地を焼き上げたものも用意する。
「お仕事お疲れ様、これ、熱いうちにどうぞ」
「おぉ、かたじけない。さっきから、旨そうな匂いで腹がグーグー鳴ってたんだよな」
流石に勤務中なので、果実酒は渡せないが、軽く宴会のようにワイワイと食べるノルと門番。
そこに、ララノアが戻ってくる。
「ちょっと!私のお肉は!じゃなくて、ノルさん何してるんですか!」
「あぁ、ララノアも食べる?早くしないと無くなっちゃうよ?」
「……お、お館様!」
ララノアだけでなく、長耳系妖精族の老人も一緒であった。門番の呼び方であると、かなり偉い人物なのであろう。
「で、ララノアが命を賭けても、この里に入れたいと言っている御仁は……」
「こ、これは何かの間違いで、普段は真面目で素晴らしい人なんです!」
老人が周りを確認するように一人一人観察し、ララノアが慌ててフォローする。
「……ララノアの言う通り、中々素晴らしい御仁じゃな。短時間でダイロンとここまで打ち解けているのじゃからな」
「それじゃ……」
「入って良いぞ」
「ありがとうございます!」
ノルは何が何だか分からないうちに、里へ入って良いことになってしまった。仕方なく、急いで野営を撤収する。
「ノルさん、なんで残念そうなんですか!」
「いや、もう少し、この状況を楽しもうかな、なんて。ごめん」
ノルを問い詰めるララノア。ノルは話しているうちに、ララノアの表情が大豪鬼のようになってくるのを感じ、素直に謝ることにした。
◇◇◇
「それにしても……少し安心したよ」
「……そうね、思ったよりも……」
ノルとファノは村に入れたとしても、闇長耳系妖精族への偏見や差別で、まともに話も出来ないのではないかと思っていたのだが、思ったよりも皆、普通に接してくれている。ただ、やはり偏見があるのか、一部は冷たい態度を取られることもあった。
そうして、ララノアに連れて来られたのは、ララノアの実家である。
「ゴンジ、ノルさん、ファノさん。紹介しますね。私の姉です」
「皆さん、初めまして。姉のエレノアです。どうぞ、ゆっくりしていって下さい」
ララノアは美少女である。長耳系妖精族が全体的に整った顔立ちなのだが、ララノアはおそらく獣人族からも普人族からも美少女と言われるような顔立ちなのだ。そして、ララノアがもっと成長すれば、このような美女になるのかな、と思わせるような美女がエレノアなのである。
ノルとゴンジがあまりの美しさに顔を赤くしても仕方ないことなのである。
「……ノルッ」
「あ痛っ、えっ?俺、何もやましくないよ?」
ノルの脇腹を小突くファノ。俺は無実ですよと仕草で示すノル。
「うふふ、ノルさんって面白い方ですね。ララノアが好きになるのも分かりますわ」
「ちょっ!何言ってるの!」
エレノアの爆弾発言に慌てるララノア。ノルもゴンジも慌てている。ファノはそんな三人を見てため息を吐く。
「ま、まぁ、数日ですが、お世話になります。よろしくお願いします」
気を取り直して挨拶をするノル。こちらこそ、よろしくお願いしますとエレノアに返され、更に顔を赤くする前に……
「じゃあ、ちょっと村を回ってきます!ファノ、ほら、行くよ」
と、慌ててその場を立ち去るノルであった。
ただ、ノルは忘れている。いつも隣にいるファノもエレノアに負けず劣らずの美人である。いつも一緒にいるので、慣れてしまっているだけだ。闇長耳系妖精族ということを差し引けば、誰もが振り返るほどの美女なのだ。
ララノアがノルを好きになっているように、ゴンジも密かにファノに恋しているのは、誰もが知らないことである。
そして、ノルとファノが長耳系妖精族の里ラスガレンを3日掛けて回り、集めた情報は……。
ダイジの情報は、一切なし。
『隠者のメダル』の情報は、この緑葉の森の更に奥地に濃霧の森と呼ばれる森がある。その濃霧の森の中に隠者の館があり、そこに住む魔術師がメダルを持っているらしい。
濃霧の森の情報は、迷いの森と言われるほどに方向感覚を狂わされる森であり、森の妖精と呼ばれる長耳系妖精族でさえも立ち入ろうとしないらしい。
ここに来て、ダイジの足跡が途絶えてしまうが、そもそも長耳系妖精族の里に普人族が立ち入ろうとはしないだろう、と言うことでノルとファノは『隠者のメダル』があると言う、濃霧の森の中にある『隠者の館』を目指すことにした。
「ララノア、ゴンジ。ここでお別れだな。立派な冒険者になってくれよ。何処かで会うことがあれば……また、一緒に食事でもしようか。
エレノアさん、短い間でしたが、お世話になりました。
それじゃ、俺らは行ってきます」
「ノルさん、ファノさん、気を付けて!」
「お元気で!」
「また、いらしてくださいな」
熱い抱擁と握手を交わし別れるノル達。
こうして、ノルとファノは長耳系妖精族の里ラスガレンを後にするのであった。
しかし、3日後に再びノルとファノがエレノアの家に戻ってくるとは、この時は誰も知らないのである。
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