領主
領主屋敷の塀の外から中を伺う。
まだ中に入っていないというのに、濃密な嫌な空気がまとわりつき、気分が悪い。
中はもっと酷い事になっているかと思うと正直、気分が滅入る。が、そうも言ってられない。
隠蔽の魔法を纏って中に入る事も考えたが、急な空気の変化に耐えるよりは、多少なりとも慣れておいた方がいいだろうと思ったのだが・・・。
うーむ。
慣れる、というのは鈍くなるという事だ。
こんな空気に慣れてしまうと、多少の嫌な事にも無関心になりそうで怖いな。
抵抗する、という意味で慣れるように気をつけていこう。
覚悟を決めて塀を飛び越え、中に入った。
中は想像以上に怨嗟に溢れていた。
あまりにも気配が濃い。ぬるい湯に頭までどっぷりと浸り、溺れてしまいそうな気分になる。
軽く気が狂いそうだ。
早くに済ませてしまおう。
周囲の気配を窺いながら屋敷の窓に張り付き、中を窺う。
これは・・・物置か?小さな部屋に雑然と物が置かれている。空き部屋をそのまま物置にしたって感じだ。
周囲に人がいない事を確認して、窓から屋敷の中に忍び込んだ。
??
意外だ。
中はもっと具合の悪い事になっているかと思ったが・・・。それほどでもない。
街中と同じくらい?これなら屋敷の外周部の方が余程酷い。
なんでだ?
屋敷全体から溢れ出ているように感じたと思ったが・・・。
周囲に人が居ない事を再度確認して、物陰に身を沈めて視界を飛ばす。
一階は巨大なエントランス。その他は厨房や物置、保管庫、使用人の部屋など。
二階は応接室やダンスホール?客室っぽいのと・・・これは食堂かな?
三階には書庫、寝室と・・・あった。ここが執務室だな。まずここに行こう。
領主と思しきヤツがいなかったが・・・出払ってるのか?
まぁ好都合だ。
視界を戻して周囲を再び確認する。
・・・変化なし。
ふぅ、視界を遠くに飛ばすと本体の方が無防備になるから緊張する。
ここから先は姿を表しては、さすがに行けない。
通路は狭くはないとはいえ、誰にも見咎められずに動き回るのは不可能だ。
魔石を取り出して姿を隠す。
途端に生ぬるい空気に包まれた。
気持ちのいいものではないが、それでもここの空気よりはマシだ。
感覚が鈍くなる分、注意も必要だが・・・。
そっと扉を開け、通路へと出た。
人が居ない事は分かっているが、それでも緊張する。
今まで感じられていたものがなくなるというのは怖いものだ。
通路を歩き進み、階段の手前で使用人と行き合った。
当然、俺に気付いていないが・・・これも緊張する。
思わず息を殺し、通り過ぎるのを待ってから再び移動する。
二階、三階へと上がり、執務室に辿り着いた。
中に誰も居ないな・・・よし。
ゆっくりとドアを開け、中へと入り、隠蔽の魔法を解除した。
生ぬるい空気が剥げ落ち、気色悪い空気がのし掛かる。
途端に背中が怖気立った。
近い⁉︎
空気がそこまで悪いわけじゃない。
ただ頭上から降り注ぐようにひしひしと感じる。
隠し部屋か。
気配が強すぎて細かい場所までは分からないが・・・。
まぁ、いざとなれば屋敷ごと破壊してしまえばいい。
瓦礫になってしまえば隠し部屋も何も関係ない。
ついでに領主ごと、屋敷の人族も全て殺してしまえば、気持ちもサッパリとすることだろう。
むしろ、今すぐここで・・・。
・・・。
今、俺は何を考えた?
今、持っていかれかけた・・・な。
ヤバイな早くした方がいい。
急いで机の上の資料を漁る。
ビリィが仲介を追ってここまで来たのなら、報告書なりが近くにあるはずだが・・・。
あった。これだな。
中間報告書。
悪魔の森に仕掛けた発火装置と、その成果。
後に冒険者と思しき一団が訪れ、救護に当たっている事と、俺たちの人と成りも詳細に書かれている。
村自体は壊滅状態に追い込んだ事も成果として書かれている。
経過は良好ねぇ・・・。
良くないなぁ。
結果次第では実力行使の必要性・・・か。
これはどこかで手を打ってやらないと魔族を助けるどころではなくなるな。
後は・・・。
町の犯罪率、前年度比。
おおぅ、えらい勢いで推移してる。まぁ当然だな。
卑族ってこれ魔族の事か?
卑族受け入れとの関係性?ビリィの言う通り、だだ漏れの空気の事は分かってないようだ。
確証なしとなってる。
っておい。
確証もなしに滅ぼしにかかってるのかよ。
って、何だ?これは。
融資?
卑族受け入れを条件に多額の融資を受けてる。
あぁ、そうか。
増額条件の一つとして、卑族の根絶やしが入ってる・・・。
腹立たしいにも程がある。
・・・。
ふぅー。落ち着け。
少しイラッとしただけで爆発しそうになるのが怖い。
魔族の受け入れが条件で融資を受けてるなら、そっくりそのまま魔族に渡してやっていいな。
三百年の奉公代としちゃ安すぎるから、足りない分は現物で支給して貰うかな?
まぁ、それでも安いのに変わりはないが。
後は何かないかな?
収支報告書にパーティの案内書?それから・・・裏帳簿みたいなのがあれば面白いんだろうが、さすがにそんなのは無造作に置いてないか。
いや、これだけ重要そうな書類も雑に扱ってるのを見れただけでも幸運か。
机の上だけでこれだけ分かるとは思わなかった。
ん?
魔王鎧の腕輪が・・・震えてる?
魔王鎧が俺の意思の外で動く事は、今までなかった訳じゃないが・・・。
いや、待て。
マオは?
鎧はマオだ。
けど、マオは村に置いてきている。
マオは俺、というか鎧と一定以上、離れていられない筈だ。
それに、俺とマオは繋がっている。
存在が見えなくても、そこに居るというのは分かるし、感じられていたのだが・・・。
今、マオの存在を感じられない。
というか、マオとの繋がりが切れてる?
いつからだ?
もしかして、マオが今まで見た事のない姿で現れた時からか?
何があった?
それに・・・それなら、今魔王鎧が震えているのは何故?
ガチャ
⁉︎
出入り口とは別のドアノブから唐突に音が響いた。
急いで机の陰に隠れ、隠蔽の魔石を起動させる。
「誰かいるのか?」
ドアからでっぷりと肥えた男が顔を覗かせ、部屋の中を見回していた。
危なかった。ギリギリバレなかったようだ。
油断していたのは事実だが・・・、この部屋の隣は資料や報告書をまとめて置いてある部屋だったな。
そこに誰も居ないのは確認していたが・・・どこから出てきた?
肥えた男が鼻息荒く大きく息を吐くと、執務机に向かって歩くと、バンッと机を叩いた。
「忌々しい」
だらしなく頬がたるんだ顔を歪ませ、舌打ちすると荒々しく扉を開け、執務室から出て行った。
アイツか領主か。
上等そうな服と態度から見ても間違いないだろうが・・・、随分とまたイライラとしてたな。
空気の影響かね?
・・・。
戻ってこないよな?
隠蔽の魔石を解除する。
生ぬるい空気が剥げて・・・っ⁉︎
空気悪‼︎
アイツが出入りしただけでこの空気の悪さ。どこからともなく出て来た所から見ても、奥に隠し通路があるのは間違いなさそうだ。
領主の気配が離れて行くのを確認して、隣の部屋に入る。
うぅ・・・。
常軌を逸して空気が酷い。
天井裏に続く階段のような物がある筈だが・・・、天井に特に怪しい所がない。
どこかに仕掛けが?
この世界の事だ。カラクリではなく魔法の類だろう。
探知の魔法球を作り、破裂させる。
天井の一部と、隅に置かれた猫の置物から反応があった。
何気なく作ってもらった魔法だが、思ってた以上に便利だ。
早速、置物を調べてみると、背中の所に起動の魔法陣を見つけた。
起動させると、音もなく天井が降りて来て階段になり、腕輪がガタガタと震え出した。
これに反応したのか。
違う。この上にある何かな反応したんだな。
一体何が?
震える腕輪を抑えながら静かに階段を登る。
登りきると、音もなく天井が元に戻った。便利だなこれ。
天井裏は・・・以外に広い。そこかしこに物が積まれていた。
青白い光に照らされた、仄暗い部屋。
金銀宝石の詰められた箱、絵画、壺やら置物やら・・・。
野積みされた木箱も多いが、見えるように置かれている物も多い。
隠し財産?
いいご趣味ですこと。
しかし、随分と溜め込んでるな。
この中に魔族を縛ってる物も混じってるのか?
一歩一歩、確かめるように歩く度、腕輪の震えが酷くなり、キィィィと鳴き始めた。
うるさい音ではないが・・・これは鳴くというより、泣いている?
大きさも形も分からないものを探すのは骨だが、この音を辿れば見つけられるか?
腕輪の反応が強くなる方を探して歩くと、積まれた木箱の奥に祭壇のような物に飾られた一際大きな・・・、これはなんだ?氷?水晶?
人一人がすっぽりと入りそうな大き、いや人が入って・・・ってマオ⁉︎
ぐぉ⁉︎
唐突に、腕輪が、靴にしている魔王鎧が暴れ出した。
ミシミシと音を立てて変形し、水晶の方に伸びようとしている。
くそっ待て!落ち着け!
これは、帰りたがっている⁉︎
これは誰の感情だ?マオではないなら、この鎧のか⁇
この場所自体が強い感情と気配に溢れてて、何がなんだかサッパリ分からん。
くそっダメだ抑えられん。
魔王鎧、強制収納。
鎧は収納の中でももそもそと動いていたが、動きを止め、ゆっくりと元の形に戻っていった。
鎧を仕舞う事になるとは・・・。
明らかに水晶の中のこいつのせいだろう。
水晶に手を触れてみた。
ひんやりと冷たい。
中に居るのは眠っているようにしか見えない、大人の姿をした時のマオに似た女。
うん。似ているが・・・マオでは無いな。
では誰か。
クグルがマオの事を魔王でない。的な事を言っていた事も考えれば、思い付くのは一人しかいない。
当時の魔王ご本人。
それであれば本来の持ち主を前に、魔王鎧が暴れたのも納得できる。
そして、この女の胸に刺さっている短剣。
これが魔族達を縛っている契約・・・、いやこれ呪物だな。
前に見た、クグルが作ったであろう黒小人を操ってた呪物に近いものを感じる。
それで万知さん、これどうやったら解除できんの?
引き抜いて短剣を壊せばいいと、水晶は?
水晶じゃない?水?
え?氷ですらなく、水?
氷というほど冷たくはなかったけど、そんな・・・。
もう一度触れて見ると、とぷんっと指が滑り込んだ。
わずかに波紋を立ててゆらめく様はまさに水だが・・・なんだこれ?
・・・。
氷と思えば氷のように、水晶と思えば石のように固く感じる、意思に反応した魔法の水。とな?
死体に漬けると時間の干渉を受けなくなる?
とんでもないな、魔法。なんでもアリかよ。
・・・今更か。
さて、どうするかな。
万知さん、これって見た目変えずに壊せない?
無理?
短剣と魔法の水が繋がってるから、壊すと水もただの水に戻る。と。
ふむ。
・・・。
一計、案じてみるかな?




