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爆散

「おい、交代の時間だ」


 朝靄の立つ森の中を足音もたてず歩いて来た男が、目の前の木の上の方に向けて、小さく呟いた。


 木はかさりと音を立て、小さく枝を揺らした。


 木の上から、これも音もなく男が器用にスルスルと降りて来た。


「どうだ?」


「呑気なもんだ。腹一杯にメシ食って、寝てやがるよ」


「例の冒険者か?」


「あぁ、どうやって持ち込んだのか、大量の食料を運び入れやがった。魔族どもも死んだ様子がねぇ。全く厄介な事をしてくれたもんだ」


「折角、時間を掛けて仕込んだってのに、水の泡かよ。つぅか、悪魔の森とか大層な名前付いてる癖に大したことねぇなぁ」


「ほんとによ、手間も随分かかったってのに」


「しかし、どこの冒険者だ?未だに魔族に手を貸す奴がいるとは思わんかった」


「少なくともこの辺のやつらじゃねぇだろうがなぁ・・・。あぁーあ、報告書どうすっかねぇ」


「どうもこうもねぇだろ。作戦は失敗。上の方からどやされて、また一からやり直しだよ」


「一からどころじゃねぇや。あの冒険者どももどうにかしなきゃいけねぇ。全く割りのいい簡単な仕事だと思ってたってのに、一気に割りに合わなくなっちまった」


「構成はどうだ?分かったか?」


「熊1、犬1、狐1と人2に魔族1で固そうだな。こんな混成見たことねぇや」


「魔族が入ってるって事は野良の魔族が応援を呼んだって事なんかな?」


「だと思うんだが、ここまでどうやって来たのか分からねぇ。どうにも銀嶺山脈を越えて来たとしか思えねぇんだよなぁ」


「かなりの腕利きか?」


「もしくは頭のイカれた馬鹿か。銀嶺山脈を越えてくるとか、まともなヤツのする事じゃねぇよ」


「確かに。それで、リーダーは絞れたか?」


「それがなぁ・・・熊か人の男かと思ったんだが、どうも狐くさい」


「狐?あの可愛い娘か?」


「あぁ、それだ。指示だして周囲のヤツらをアゴで使ってるよ」


「はぁー、俺もあんな可愛い子にアゴで使われてぇなぁ」


「俺はケツ蹴飛ばされるんだったら、犬の方が良いわ」


「犬もいいよなぁチチデカくて。早くどうにかしてやりてぇなぁ」


「まぁ、もう少しの辛抱だ。あいつらもいつまでもここで魔族の世話を焼いてる訳じゃねぇだろ。ここから町に行くならイルガかアルテアしかねぇ。どっちも俺らの庭だ」


「あぁ仕方ねぇ、待つのも仕事かねぇ。あぁーあ、ヤツらだけパッと死んでくんねぇかなぁ?」


「馬鹿な事言ってねぇでとっとと登れ」


「へいへい・・・ちょ、ちょっと待て」


「なんだよ、俺ぁ帰ってとっとと寝るんだよ」


「いいから待て、アレ…なんだ?」


「あ?」


 男の指差す先、明るくなりつつある村の上に黒い影の様な物がゆらめいて見えた。


 黒いボロ切れが浮いているようにも見えるソレは、村の上をゆらゆらと飛び回ったかと思うと、ひるがえり姿を現した。


 ギュォォォォォォォォォ


 この世のものとは思えない嘆きに似た叫び声。


 ソレは青い炎のようなゆらめく目をした骨の怪物。

 ボロ切れから突き出した頭はヤギのようであり、手は人のようであり、足は牛のように見える。


「ひ、ひぃ」


「なんだありゃ!」


 ギュォォォォォォォォォ


 ヤギ頭の骨の怪物がまた鳴いた。


 腹の奥底に響くようなおぞましい声に、男二人の膝がガクガクと震えている。


「お、おぃ、なんだよアレ・・・」


 一人の男が怪物の方を指差した。


 怪物の目の前に青く光る何かが集まり、丸い形にかたまっていく。

 それを怪物は大きく口を開けると、一息に飲み込んだ。


 ギュォォォォォォォォォ


 怪物が再び鳴く。


 男二人は、また下の方から立ち昇る青い光が、怪物なら目の前に集まっていくのを黙って見ている。


「おぃ、アイツ、何食ってんだよ」


「き、聞いた事がある。人の魂を食う骨の怪物がいるって・・・」


「じ、じゃあの下の奴らは・・・」


 男二人は互いに見合わせ、大きく息を呑んだ。


「に、逃げた方がよくねぇか?」


「け、けどよ、あ、アイツがこの後、どこに行くかまでは見ておかねぇと・・・」


 意外に根性を出すものだ。

 それとも二人だから逃げるに逃げられなくなったのかな?


 ギュォォォォォォォォォ


「ひ、ひぃぃっ」


「さっきより光の量が減ってる」


「おい、それって・・・」


 食事を終えた怪物が、動きを止め、ジッと何かを見つめている。


 男達は恐る恐ると怪物の方に目をやり、怪物が自分らをジッと見つめている事に気付いた。


「ひ、ひゃっ」


「バレた!に、逃げるぞ‼︎」


「ま、待って!」


「待つか馬鹿野郎‼︎」


 脱兎の如く、とはこの事を言うのだろうかな?

 一目散に、掛かる枝葉も構わず全力で走っていった。


 キャァァァァァァ


 間髪置かず、怪物が奇怪か音を立てて男達が居た場所に滑る様に降ってきた。


 そして男が登っていた、その隣の木の前、つまりは俺の目の前で止まった。


「ねぇねぇ、どうだった?」


 骨の口をカタカタと鳴らしながらヤギ頭の骨が話しかけて来た。


「バッチリだクグル。やっこさんら形振(なりふ)り構わず逃げてったよ」


「えっへっへ」


 声はクグルのそれだが、ヤギ頭の骨であるそれから聴こえてるのを見ると何かおかしげだ。


「さ、ちゃちゃっと追い込みかけて来い」


「はいはーい」


 クグルはふらふらと飛び回ったかと思うと、急にこちらを向いて戻ってきた。


「あ、そうだ」


「ん?」


「一人二人食べてもいいかな?」


 その顔で言われると怖いな。


「追い込みかけるんだから、それに伴う事故くらいは起きてもおかしくはないわなぁ」


 ヤギ頭の骨がカタカタと歯を鳴らした。


 カカカ ククク


 不気味に笑い、その場で宙返りをすると、


 キャァァァァァァ


 奇怪な音を立てて森の木々を縫い、飛び去った。


 分かっていてもその音は心にクるなぁ。


 魔族を安全に解放させるには、一度死んでもらう必要があった。


 人族以外の土地ではそれ程敵視されていないが、この周辺は人族の国しかない。

 一足飛びに他国に逃れるには、そうする他になかった。


 そして、思い付いたのがこの謎の怪物襲来だ。


 クグルが化けてるあの怪物は、この地の伝承によく出てくるという命を吸う悪魔の話から創作した。

 姿は不定形だったので俺とクグルで適当にそれっぽい姿に仕立て上げた。


 まぁこの伝承が先で、この森に悪魔の名前がついたのか、悪魔の森があったから、悪魔の伝承に繋がったのかは分からんが、色々と都合が良かったというのもある。


 ただ、姿形だけではインパクトが薄い気がしたので魔石を粉状に砕き潰して魔族の人達に持たせ、命に見立てて巻き上げて吸わせる。

 という、それっぽい芸まで仕込んだんだが・・・。


 魔石はかなり高濃度な魔力の塊で、それを一気に取り込むと、ちょっと酔うかもしれない。的な事を言ってたんだよな・・・。


 大丈夫かな?


 まぁいいや、俺も追うか。


 魔族の村を監視する為の拠点は分かっている。


 クグルはそこで一度大暴れした後、何かに誘われる様に、町に向かう予定になっているんだが・・・。


 ややゆっくりと監視拠点に向かっている途中、激しい破裂音が聞こえて来た。


 それから少し間を置いて監視拠点に行くと・・・ものの見事に爆散していた。

 監視拠点は道からも離れ、木と木の間に巧みに見えにくく作られてるはずだったんだが・・・、原型をカケラも留めてない。

 ど真ん中から爆散したみたいな散らばり方をしてる。


 派手にやったなぁ。


 壁材やベッドらしき物、机だったと思しき物や書類が散乱しているが・・・血の匂いはしないな。


 加減出来ている・・・と思いたい所だが、人一人すっぽりと収まる程のクレーターが出来ている所を見ると何とも言い難い。


 まぁ最悪、コイツらは根切りにしたとしても別に、まぁ多少面倒になるけど、まぁそれはそれでいい。だが、一般人にまで被害が出るのは寝覚めが悪い。


 ・・・。


 少し急ぐか。


 もう少し進めば森を抜けて平地に出る。平地からなだらかな丘になり、少し登れば町が見えてくる。


 今クグルは丘を登っている辺りにいる筈だ。

 多少怪しまれても近寄って(声)を掛けて確認だけでもしておくべきだろう。


 森を駆け抜け、平地に出た。

 ここからでも空を飛んでるクグルなら・・・居た。あっちふらふら、こっちふらふらと安定しない飛び方だが着実に町へと向かって飛んでいる。


 ただ・・・追ってた筈の監視役の奴らの気配がない・・・。


 あ、クグルが何か吐いた。


 骨ヤギの口から光が走り、町に近い森が・・・爆発した⁉︎


 あ、監視役はそこにいたのか。


 吹き飛んだ一部に人の気配がある。

 大丈夫なのか?アレ?


(クグル?)


 多少距離があっても障害物のないここなら届く筈だが・・・。


(なーにー?)


 お、届いた。


(大丈夫か?)


(うーんっとねぇ、今ねぇ・・・なんか吐きそう)


 ・・・。


 酔っ払ってる⁉︎

 酔うって比喩じゃなく、本当に酔うって事だったんか⁉︎


(あー・・・出る)


 骨ヤギの頭が町の方を向いて大きく口を開けた。


 その口に強く大きな光が・・・ってそれヤバイだろ‼︎


(クグル!下‼︎)


(ふぇ?)


 骨ヤギの頭から再び光が走った。


 光は防壁手前の地面に刺さり、大爆発を起こした。


 ぉぉぉぉぉ、ここまで地響きが。


 大量の土砂が巻き上がり、防壁の一部が崩れた。


 ・・・。


 咄嗟に下って言ったが・・・、上の方が良かったか?


 いや、まぁ、デカい穴が出来て、壁が少し崩れただけだし、結果オーライかな?


(あー、サッパリした)


 そうか、そりゃぁよかった。


(あれ?何か言ってなかった?)


(いや、いい。それより騒ぎに便乗して忍び込む。後は合図があるまで適当に騒ぎを大きくしてくれ)


(はいはーい)


 俺は防壁まで一気に走り寄ると隠蔽の魔石を発動させ、防壁を飛び越えて町へと入った。


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