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解放

 町の中に飛び込むと、すでに混乱がはじまっていた。


 慌てて走り回る衛兵と何事かと問い詰める市民の姿がそこかしこに見える。


 拠点の襲撃からある程度時間を持たせてからの爆撃だったとはいえ、治安の極端に悪くなっているこの町で末端にまで情報が届いている筈がない。


 防壁の上にいる歩哨は何かが攻撃を仕掛けて来ているのは見えているだろうが、反撃の準備すら出来てない。


 骨悪魔に扮したクグルは悠々と防壁を乗り越え、町の上空へと入り込んで来ていた。


 そういえば、この世界の対空迎撃って何があるんだ?


 弓?魔法?


 ギュォォォォォォォォォ


 あ、クグルが叫んだ。


 背中が冷たくなる不気味な叫び声に、町は一気に混乱から恐慌状態に陥った。人がただただそれを避けるように逃げ回り、衛兵は暴徒と化した市民にもみくちゃにされている。


 その一方で、


「なんで止めるんだ!撃ち落とさねぇ事にははじまらねぇだろ!」


「何で撃ち落とす気だ!その御自慢の大剣でも投げつける気か⁉︎弓も持ってない癖にしゃしゃり出るな!今、魔法師団が配備に向かってるから待て‼︎」


「魔法師団?いつ来るかわからねぇ奴らなんか待てるか!弓も魔法もいらねぇこれで十分だろうが‼︎」


 そう言ったゴツい冒険者の手にはこぶし大の石。


「そんなもんが当たるかぁ‼︎」


「んなもんやってみなきゃ分かんねぇだろうが‼︎」


「やめろっつってんだろ‼︎」


 あ、衛兵が冒険者を殴り飛ばした。

 不意を突かれた冒険者が吹っ飛び、あっ失神した。


 その姿を呆然と見ていた仲間の顔が見る間に赤くなった。


「てめぇ!やりやがったな‼︎」


「うるさい!お前らが・・・」


 うーむ。

 酷い有様になってきたなぁ。


 早いとこ結着をつけて帰るとしよう。


 とはいえ、人混みが激しくて身動きが上手くとれん。屋根から行くか。


 適当に壁をよじ登り、屋根に上がると先客がチラホラと見えた。


 弓を携えた軽装の冒険者っぽいのと、杖を持った魔法とか使いそうなのも何人か。


 二、三人づつの塊が近くの屋根の上に三組、少し離れた所に二組。


 一応、隠れて行くか。

 隠蔽の魔石を使って身を隠しておく。


 どうやってクグルを撃ち落とすのか、お手並み拝見といこうかな?


 クグルに割と近い三組がほぼ同時に動き始めた。

 軽装の冒険者が弓に矢をつがえ、魔法使いっぽいのが杖を振りかざしてぶつぶつと何を唱えている。


 それにつられるように、やや離れた箇所に陣取っている冒険者っぽい人たちも同様に準備し始め・・・。


 ほぼ同時に攻撃した。


 複数の矢と共に、火の玉が氷の塊が、散弾みたいな石つぶてなんかが一斉にクグルに向けて打ち出された。


 正確にクグルを撃ち墜とそうと撃たれた矢は、急な突風にその向きを変え、当たるかと思ったそれぞれの魔法は、パキンッという軽い音と同時に跳ねた。


 跳ねた魔法が町に降り注ぐ。


 あぁーあぁー。


 跳ね返ったつぶてが屋根穴を開け、氷の塊が屋根を壊し、そこへ細かく分かれた火の玉が降り注ぐ・・・。


 控えめに言っても大惨事だな。


 色を失った魔法使い達が慌てて消火に走り出した。

 その横で弓を持った奴らはといえば、躍起になって矢を打ち続けているが・・・、ただの一つも当たる気配がない。


 多少騒ぎになっ方が都合がいいんだが、これはちょっと悲惨が過ぎる。


(クグル、聞こえるか?)


(はいはーい)


(そこから領主屋敷の屋根だけ吹き飛ばせ。出来るか?)


(おっけー)


 結構な惨状だというのに、相変わらず調子が軽い。


 クグルが空中で静止し、カパッと口を開ける。

 それに合わせて俺は隠蔽の魔法を被ったまま走った。


 魔法が剥げるかどうかのギリギリの速さで屋根を渡り走り、クグルの口から光が飛ぶのと同時に飛んだ。


 クグルの光線が俺の頭上を走り抜け、屋根に突き刺さり爆発した。


 爆風と吹き飛んだ屋根材に魔法が引き裂かれ、剥げ落ちるとほぼ同時に屋根の中に突っ込んだ。


 ふぅ。

 思ったより剥げるのが早かった。バレなかったとは思うが、ちゃちゃっと終わらせてとっとと逃げるとしよう。


 っと、クグルはどこだ?


 後ろの方に気配がない。っと、真上?


 見上げると骨ヤギ頭の化物が急降下してくるのが見えた。


 真っ直ぐと、俺に向かって落ちてくる。


 ぶつかる直前、黒猫に姿を変えたクグルを避けた。


 黒猫がクルッと身をひるがえし、シュタッと着地した。


 ・・・何がしたかったんだ?お前。


「冷たーい。優しく受け止めてくれると思ったのにー」


「やかましい」


 クグルを放っておいて、半ば瓦礫となった屋根裏を歩く。


 チャリチャリと足音が鳴る。散乱した宝石の類と、割れた壺の破片のせいだな。

 木箱に入ってなかった壺の類は全滅。割れるというか、ほぼ粉々だ。絵画の類は額が割れたり裂けたりしてるのもあるが、壺に比べたらまだマシに見えるが・・・。

 売り物になるのかどうかは知らん。


 散乱した部屋の中を歩き、再び石のような水に閉じ込められた女と対面した。


 この周囲だけは綺麗だな。

 爆風の影響を受けた感じが全くない。


 これは魔法の水とかいうのの効果か?それとも短剣?

 まぁ、どっちでもいいか。


「クグル、コイツを知ってるか?」


「あぁ・・・知ってるよ。懐かしい顔だ」


 その声は少し悲しげに聞こえた。


「三十四氏族の魔族の長にして、史上最高の死霊術の使い手と謳われた。彼女が魔王ギルガ・イルラだよ」


「そうか」


 魔法の水の中に手を差し込み、短剣を掴んだ。

 力を入れるまでもなく、スルスルと抜けた。


 途端に水晶の様に光り輝いていた塊が形を崩し、バシャリとただの水溜りになった。


 後はこの短剣を壊せば・・・⁉︎


 目が合った。


 魔法の水から、短剣から解放されたなら、ただその場に崩れ落ちると思っていた魔王が・・・、その場に立ち、俺を見ていた。


「い、生きてるのか?」


「死んでるよ」


 クグルがトトンと背中を駆け上がり、肩に乗った。


「その短剣に縛り付けられていた魂が、瞬き程の自由を取り戻しただけさ。ささ、時間が還る前に壊してあげて」


 時間が・・・かえる?


 短剣の鍔(つば)の部分を握り、グッと力を入れると乾いた音を立てて短剣が崩れた。


 錆(さ)びきって乾いた鉄みたいな感触だ。


 ・・・何も起きないな。

 もっとこう、どわぁっとした何かが起こるのかと思ってたんだが。


 ただ、衝動的に暴れまわりたくなる様な気持ち悪い空気はさっぱりと消え去っている。


 目の前に立ったまま動かない魔王の顔に、ピシリとヒビが走った。

 瞬く間にヒビが広がり、ハラハラと崩れだした。


 どこか、微笑んでいるような、何か言いたげに口元が動いているように見えたが・・・、まぁ気のせいだろう。


 なんとなく、このまま崩れ落ちる姿を見るのが忍びなく手に視線を落とした。


 そういえば、手の中にまだ短剣の残骸が残ってたな。


 何気なく、手を開いて短剣の残骸を覗き見ると、鈍く光る黒い石があるのを見つけた。


 これは、魔石か?


 残骸を払い取り出した黒い石の中に凄い強い何かが渦巻いているのを感じ・・・。


 ピシッ


 ん?


 唐突に入ったヒビ、そこから漏れ出すように何かが吹き出し、あっという間に石が砕け散った。


 途端、手の中から突風の様に何かが溢れ出した。

 そのあまりの勢いに身体が吹き飛ばされそうになる。


 優しく撫でられているような、心地よい不思議な感じ。手から溢れ出すその中から、色々なものが見える。


 怒り、悲しみ、喜び、さまざまな思いと無念さと。


 その殆どは嘆きや怒りだったが、喜びや楽しい感情も確かにあった。


 何か他人の走馬灯を断片的に見ている気分だ。


 数秒にも、何百年にも感じた奔流は周囲にあった色々な物を巻き込み、そのまま空高く登っていった。


 まぁとりあえず、終わったかな?


 いや、まだひと段落か。

 魔族達は快方に向かってはいるが、まだ回復した訳ではないし、今後も生きていく為に最低限だが手を貸してやらねばならん。


 差し当たっては、金だな。


 とりあえずここの目ぼしい・・・。


 おや?


 おやおやおや?


 あんなに散乱していた宝石の類の物が全くない。


 壺や絵画の類は散らばるだけ散らばっているが・・・、あっ木箱の蓋が開いてる。中身は・・・空の物もあるが、中身が残ってるのは絵とか壺とか皿ばかり。

 宝石の類が全くない。


 うーむ。

 宝石の類ばっかりを狙って一緒に攫っていくとは。


「綺麗に光り物ばっかり持っていったねー。金目の物を全部って訳じゃないのが憎いね」


 うん?


 黒猫クグルが自分の身の丈ほどもある黒い球をペシペシと叩いている。


「それは金目の物なのか?」


「これかい?これはね、ある二点の空間を繋いで自由に行き来出来るっていう優れ物だよ。昔はそれなりに合った物だけど、今じゃ数少ないかなりの値打ち物だね」


 それは素晴らしい。


「ただ、二個で対の物だから・・・、一個しかないからただのオブジェだね。まぁそれでも欲しがる人はいっぱいいるよ」


 それは残念だ・・・。


 ん?万知さん、これ欲しいの?


 昔に研究してたけど、完成に至らなかったから参考に?


 ふむ。まぁいいさ。今回の仕事料として貰っておこう。


 クグルがペシペシ叩いて転がして遊んでいる球を掴んで収納にしまった。


「まぁ、金目の物がないのは惜しいが、無い物は仕方がない。食い物でもさらって帰るか」


「はいはーい」


 クグルが肩に戻ったところで隠蔽の魔石を使い、姿を隠して食料庫に向かう。


 昨日、収納一杯に盗んでいったんだが・・・、まぁこの騒ぎだ。今日くらいは簡単に・・・。


 と、思っていたら食料庫の前がやたらと騒がしい。


 近付くと、開け放たれた食料庫の扉と、その前で騒いでいる人たちが見えた。


 責任がどうとか、お前のせいだとか騒いでるが・・・何があった?


 扉の前で呆然と立ち尽くしている数人を横目に、そっと食料庫の中を覗くと、空っぽだった。


 おいおいおいおい。

 俺の収納にあと5回は入るくらいはあった筈だが・・・、根こそぎかよ。


「余程お腹が減ってたんでしょうねぇ」


「さもありなん。仕方ないな」


 町の方はお店どころじゃないだろうからなぁ。今日は調達は不可だな。


 というか、この町にはもう来ない方が良いかもしれない。


 少し遠くなるが、もう一方の町に明日、買い出しに行くか。


「帰るか」


「だねー」


 帰り際、


「お前が食料庫なんぞに隠れたりしなければ!」


「何度も言わせるな!昨日、盗まれたばかりで空けておける訳がないだろう!どうしようもらなかったんだ‼︎」


 というやりとりが聞こえた。


 そうか、食料庫に避難してたのか。どちらにしても盗む余地はなかったな。


 騒ぎに包まれた町をこっそりと走り飛んで抜け出し、魔族の村に戻る時には、昼に差しかかろうという時間になっていた。


 食料はもう一日分はあるはずだが、思いの他に早く帰ってこれた。この時間なら、もう一方の町に足を伸ばしてみるのもいいかもしれない。


 そう考えながら村に入ると、何やら騒がしい。


「何かあったんでしょうかねぇ?」


「まぁ、血の匂いはしないしから、そんな大変な・・・」


 っと、ビリィが屋根の上を走ってくるのが見えた。随分と慌ててるな。


「ジン!」


「何だ?何があった?」


「凄いよ!空からドバッと色んな物が降ってきた!」


 あん?

 ビリィが屋根の上で変な踊りをしながら、興奮気味に言っているが、何を言ってるのかサッパリ分からん。


「色んな物?」


「見た方が早い!こっち来て!」


 何だ何だ?

 ビリィに連れられるようにして村の中央に入るとそこには、うず高く積まれた何かがあった。


 これは、小麦?いや、所々光ってるのは何だ?いや、他にもいっぱい何か混ざってる。


 赤く見えている物を手に取り引っ張り出してみると・・・、トマトだった。


 その他に宝石やら肉、魚、野菜もろもろ・・・。色んな物が小麦の粒の中に埋まっている。


 これは・・・。


「ぷっくく」


 思わず笑いが溢れる。


「ジン様?」


「あっはっはっはっはっはっはっは」


 フーカに怪訝(けげん)な面持ちで見られるが、笑いが止められない。


 いやぁ、死んだ奴らが物に執着するとか、随分と浅ましいと思ってたが、そうかそうか。

 生き残ってる奴らが欲しがりそうな物を根こそぎ持ってきたのか。


 この量からすると領主屋敷の物だけを根こそぎやったな。


 これなら当分の間しのげるな、旅の準備も滞りなく進むだろう。


「くっくっくっくっ」


「ジン様には心当たりが?」


「なぁフーカ」


「はい、なんでしょう?」


「今日はいい天気だな」


「はい?」


 真っ青ないい天気だった。

 この空のどこかから、さっきの解放された連中が楽しげにこの様子を眺めているかと思うと、とても晴れやかな気分になった。

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