異変
「それで?上司の風当たりが徐々に強くなり、給金も削られて?イライラしてああいう真似をするようになったと?」
「平たく言えばそうなんだが・・・、そう言われると凄い情けなくなる」
情けない事してたんだから仕方がないだろ。
「それじゃ、顔が腫れてたもの上司のせいか?」
「いやぁ、それは・・・またちょっと違ってな?」
「綺麗な獣人の子が一人で走ってたんだよ。それで・・・」
「声かけて殴られたと?」
「まぁ・・・そうです」
しょうのねぇ奴らだ。
「それで・・・、いつ頃からなんだ?上司の当たりが激しくなったのって」
「いつ位からだったっけ?」
「去年くらいからじゃないか?」
「仕事押し付けるし、責任転嫁するし、サボるし、たまに酒臭えし、足臭ぇし・・・、それでもたまにメシ奢ってくれてたし、悪い人じゃなかったんだけどなぁ」
・・・。
判断に迷うが、変わったってのは間違いないのかな?
まぁ、それはともかくとして。
「お前ら、ここの空気が変なのに気付いてないのか?」
「え?」
「空気?」
「そう、空気。ねっとりと絡みついてくるような、人を苛立たせる気持ち悪い感じがしないか?」
三人がお互いに顔を見合わせ、確認するように首を振り合った。
「いや・・・わからない」
「そう・・・か」
分からんのか・・・。
いや、ずっといると・・・少しづつ変わっていったなら、気付けないかもしれない。
「すまんな、手間をとらせた」
銀貨数枚をそれぞれに握らせた。
「それでうまいもんでも食ってくれ」
三人の男は手の中の銀貨と俺を交互に呆けた顔で見返した。
「なんだ?」
「礼を言われて、金を渡されるなんて久しくなかったな・・・と」
「そういえばそうだよな・・・。前は普通にあった事だったのに、なんで忘れてたんだろ」
なんとも言えない気持ちになるな・・・。
男達の肩を軽く叩いて、その場を後にした。
しかし、この言い知れぬ気持ち悪さはなんなんだ。
この町は呪われてるのか?
万知さんが行けば分かる的な事を言ってたが・・・。
これがそうなのか?
道を進む度、町の中央に近付く程に不快感が強くなっていっている気がする。
町の中央に進むほど人の気配は増えてはいるが、見える人の数はさほど変わらない。
一般市民と思しき非武装の人達を見かければ、みんな一様にビクビクとして歩き、俺と目が合えばあからさまに怯えて目を逸らすし、剣なりで武装している奴と行き会えば、獲物を物色する様な視線を送ってくる。
この世界を物騒だと思わなかった事はないが、この町は異常だ。
道を歩き続け、程なく大きな通りに出られた。
さすがにここまで来れば人の数もそれなりにはいるが、不快な空気はさらに濃くなり、そこにいる人達もまた、今まで見てきた以上に両方の意味でピリピリとしてる。
そんな中、ふと引き寄せられるように目が向いた。その先には大きな建物が見えた。
レンガ造りの建物の多いこの町で、一際大きいその建物が目に入り・・・、目が離せなくなった。
これだ。
この建物の中に魔族を縛ってる何かがいる。
万知さんが見れば分かると言ってたのはこういう意味か。
目に見えそうな程に濃密な何かが、その建物から漏れ出している。
ゾッとする濃密な何か。
ここまで濃くなってやっと分かった。これは多分、怨嗟だ。
魔族達を縛ってる契約って・・・いや、契約なんて生易しいもんじゃない。陰湿で陰険なこれは・・・呪いだ。
万知さんがイラついてたのも頷ける。
どんな形をした物か知らないが、三百年もの間、縛り付け溜め続けた恨み辛み嘆き哀しみの全てが溢れだし、この町に漏れているとしたら・・・。
そりゃあ町も荒れ果てるってもんだ。
って事はアレか。
途中から何年かおきに転々とさせられてたってのは、これが理由か?
まぁ何にしろ、これは魔族の為にもこの町の住人の為にも早くにどうにかした方がいいな・・・。
その為にはまずどこから手を付けるか・・・、まずは食料を買い集めてからになるが・・・。
痛っ⁉︎
唐突にドンッと背中に強い衝撃を受けた。
思わず前につんのめり、転びそうになりながら後ろを見た。
後ろには金属の手甲を付けた拳を突き出した男と、ゲラゲラと笑う取り巻きっぽい男女四人が居た。
「痛てぇだろうが!往来の真ん中でぼうっと突っ立ってんじゃねぇよ‼︎」
殴った拳をひらひらと振りながら男が喚き、取り巻きらしい男女がさらに笑う。
殴ってきた男は結構な重装備だ。結構重そうな金属の胸鎧に足も金属の物を履いている。背中には身の丈程もある大剣を背負っている。
取り巻きは、軽めな金属鎧に小さい盾と腰に剣を差した男に、皮鎧に細い剣を差した男。それから腰に爪の様なものをぶら下げた女と、トゲトゲした鈍器を腰に下げた女。
装備に統一感が全くないな。こいつら冒険者か?
「ひでぇ!自分で殴っておきながら」
「いやいや、道の真ん中でぼんやりしてんのが悪りぃんだよ」
「あっお兄さん反抗的な目してるー」
「かわいそー。そんなとこに立ってるからー」
別に痛くはないが、なんだこいつら。
「おぅ兄ちゃん。テメェのせいで怪我しちまったじゃねぇか、治療費だ。金貨十枚出しな。それで勘弁してやる」
やばい、何言ってるのかさっぱり分からん。
「・・・馬鹿?」
重装備男のこめかみに、それは見事な青筋がたった。
「てめぇ、俺が誰か分かって」
「知るかボケ!」
胸倉を掴みに来た手を叩き落とし、横っ面を思い切り殴り飛ばした。
骨が砕けるような嫌な音と共に、男が吹き飛んだ。
「てめっ」
「ちょっ」
間髪おかず剣を抜こうとした軽鎧の男の腹に前蹴りを入れ、返す足で皮鎧の顔に足刀を撃ち込み、爪を構えた女の腹に拳を入れ、鈍器を振り上げた女の頭に回し蹴りを入れた。
・・・。
気が付けば呻き声一つ上げない、ピクリとも動かない男女が五人、転がっていた。
思わず顔を抑えた。
しまった。
俺もこの嫌な空気の影響下にあるのを忘れてた。
さっき衛兵を張り倒した時と同じだ。どうにも感情が暴発するのを抑えられない。
そっと近くに転がっている男の口元に手をかざし、首に手を添えた。
息はある。脈もある。
気を失ってるだけだな。
かなり加減なしにぶん殴っちゃったから、ちょっとヤッちゃったかと思ったけど・・・。よかった。
ふと周りを見渡せば、ざわざわとしたまばらな人垣が出来ていた。
それも顔を向けるだけで蜘蛛の子のように散った。
やれやれだ。
まぁ、騒ぎが大きくならなきゃ・・・。
と、思っていたそばから散った蜘蛛の子が騒ぎ出した。
どけっ、とか、邪魔だ!とか聞こえて来た先から出てきたのは、今さっき吹っ飛ばした奴らに似た装備で固めた冒険者っぽい一団。
ちょっと数が多くない?
三十人から居るが、まだまだ増えそうな・・・。
「カラド!イーラにティグまで・・・、テメェの仕業かぁ‼︎」
一際ゴツい男が背負っていたデカい斧を取り出して構えた。
周囲の冒険者っぽい奴らもそれに習うようにそれぞれの武器を構えた。
うーむ。
言い訳する暇もない沸点の低さ。
元々から沸点の低そうな連中ではあるが、あの屋敷から漏れ出した空気に影響されてるのは間違いないだろうなぁ。
「死ねぇ‼︎」
開幕から殺す気かよ。
俺が殴り蹴飛ばして気絶させた奴らを介抱するでもなく、蹴散らして三十人からの冒険者が武器を振りかざして殺到してくる。
キレ過ぎてて、もう既に何にキレてるのかも忘れてる。
俺にぶっ飛ばされただけならまだしも、この人数に踏み蹴飛ばされたんじゃ、もう再起不能かもしれないな・・・あの五人。
振り下ろされた斧を躱して、ゴツい男の顎を掌底で撃ち抜く。
グラりと揺れたゴツい男を盾にして、左側からの剣を受け、右側から来た男の剣を受け逸らして横に流す。
流された男の剣が隣の男の足を斬りつけ、体勢を崩した男にまた別の剣が降ってくる。
状況は一瞬にして地獄絵図に様変わりだ。
いくら広い道の真ん中とはいえ、一人相手に多数が剣を振り回して無事な訳がない。
まして連携どころか狂乱状態で殺到するんだから尚更だ。
後は適当に冒険者達の間を縫って逃げ回れば勝手に自滅していくだろう。
「痛ぇ!てめぇよくも‼︎」
「馬鹿野郎!てめぇが邪魔したんだろうが」
「んだとゴルァ!」
逃げ回りながら隙を見てさっと抜け出し、しれっと遠巻きにしてぎゃーぎゃー騒いでいる民衆の中に紛れ込んだ。
うーん。
阿鼻叫喚とはこの事か。
そこかしこに血溜まりを作りながらも争いが収まる気配がまるでない。
もはや当事者がいない事にも気付いてない。
まぁ、無駄に血の気の多い連中だ。ある程度、血が抜けたら勝手に収まるだろ。
あれはいいとして・・・、問題はこっちか。
周りの店が軒並み扉を閉めてしまった。
ただでさえ開いてる店が少なかったっていうのに・・・。
これじゃ十分な量どころか、明日の食う物すら買うに困るかもしれん。
しまったなぁ。
そうこうしている間に、混沌とした乱闘がさらに集まってきた冒険者と、乱闘を止めに来た衛兵も交えて、さらに酷い有様になってきた。
これはちょっと、このまま歯止めの効かない状態が続くと内戦にまで発展するかもしれん。
そうなると本当に買い物どころじゃなくなってしまう。
ちょっと甘く見てた。
思ったよりもギリギリのラインで均衡が保たれてたんだな。
今は冒険者対衛兵といった感じに変化してるが、ここままいくと周囲の一般人まで巻き込みそうだ。
起因が俺にある以上、さすがに見過ごせないか。
見た感じ衛兵側がやや劣勢。
この場を収める為には衛兵に勝ってもらわないと・・・。
遠巻きに見ている一般の人達も事態の苛烈さに血の気が引いたのか、徐々にこの場から逃げ出しはじめている。
混乱に紛れて冒険者を潰してまわろう。衛兵同士でまたやりあうかもしれないが、そこは衛兵の正気を信じるしかない。
駄目なら全員・・・何だ⁉︎
紛れる隙を伺っていると、衛兵側の一角が急に崩れた。
冒険者側に頭一つ抜けて強い奴が混ざったようだ。
それは不味い。
慌てて乱闘に入り込み、冒険者を殴りながら進んでいる最中もどんどんと衛兵が倒されていく。
これ以上形勢が傾くと、一気に崩壊する。
冒険者をなぎ倒して進み、もう少しで辿り着くといった所で衛兵が吹き飛んできた。
人の波に揉まれながら、その隙間からチラリとそいつが見えた。
素手で衛兵を次々と屠る、ピンとした耳と尻尾をした・・・女?
こいつはさっきの衛兵を殴って走っていったっていう獣人か?
飛んできた衛兵を脇に退かし、獣人の女の前に飛び出た。
衛兵に向けられた拳が瞬時に向きを変え、俺の顔に向けて飛んでくる。
その拳を受け弾いた手が痺れた。
とんでもない力だ。
ダルガより遥かに上、ひょっとしたらホルトル並み?
そんな馬鹿な。
こいつをすぐに無力化して・・・。
一瞬、目がおかしくなったのかと思った。
そうでなければ他人の空似だ。
けど、俺がこいつを見間違える訳がない。
血走った目も牙をむき出しに唸る口元も、どちらも今まで見たことの無いものだが、こいつは本人だ。間違いない。間違えようがない。
つか、お前、なんでここにいるんだよビリィ。




