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イルガの町

 水を汲み、フーカに「夜明けまでに帰る」と言い残し、近くの町まで文字通り飛ぶようにやってきた。


 初めて本気で走って見たが・・・、大変だった。

 速度が出る程に制御が難しく、身体全体に掛かる空気の壁が重くなり、身体が軋んだ。


 一定以上の速度に入ると、身体が浮き上がり、どこか水の中で走るような不思議な感じを味わった。そしてバランスを一度崩すと立て直すことも出来ず吹っ飛ぶのである。


 軽く死ぬかと思った。


 多分だが、ある一定以上の速度で安定させるには、俺自身の重さが足りないのかもしれない。


 万地さんが高速移動用の風魔法があるよ、なんて言ってきているが・・・、別に速さを追求したい訳ではないので丁寧にお断りした。


 まぁ、そんなこんなで昼過ぎ頃といった時刻に、町の近くまで来れたのはいいのだが・・・、問題がある事に気付いた。


 普通に門をくぐって入るには、俺自身が怪しすぎるのだ。


 荷物もなく、武器という武器も持ってなく、しかも派手に吹き飛んで来たせいか薄汚れている。


・・・いや、薄汚れているのは元からか。


 まぁどこかから命辛々逃げて来た、という風体(ふうてい)なのだが、別に逃げて来た訳でもないから聞かれても答えられない。


 失敗した。

 より身軽にする為に出せる荷物を全部置いて来たのが、こんな形で仇になるとは思いもしなかった。


 適当にごまかして入る事は出来るだろうが、目を付けられるのは間違いない。


 うん。忍び込むのが一番いいな。


 まぁ忍び込むのはいいとして、闇に紛れられる夜なら兎も角、この真昼じゃ流石に目に付く。

 歩哨(ほしょう)の目を掻い潜り防壁に取り付くことすら多分無理だ。


 どうするか。


 そういえば万地さん。ディルクートが使ってた姿を隠す魔法って使えないの?


 媒介?

 これも魔石か。便利過ぎるな魔石。

 まぁ売るほどあるんだ。使える物はバンバン使おう。


 取り出した魔石に万地さんが文様を刻み込む。


 確かディルクートが使ってた魔法は姿と音と匂いを消す魔法だったか?

 それと魔法の痕跡を隠す魔法?


 魔石に文様が六つあるんだが、残り二つはなんだ?


 簡単に剥がれないようにする為の強化と探知の魔法をごまかす文様なのね。

 ありがとさん。


 早速魔石を使って魔法を展開する。

 何か生温い空気に覆われるような、不思議な感覚に包まれた。


 壁を隔てて音を聞いているような、カメラ越しに周りを見ている様な、変な感じ。周囲から見えなくなる、というのは便利ではあるのだが・・・、今まで感じていたものが急に閉じたようで、気持ちが悪いな。


 とっとと壁を超えてしまおう。


 人気のない防壁に向かい、一息に飛び越えた。


 周囲に人が居ない事を確認して、ささっと魔法を解除。


 はぁーこれで変な感じから解放される。


 生暖かい殻が剥け、爽やかな風が・・・。


 風・・・?


 確かにまとわりついてたものがなくなった。聞こえる音も、視界も、周囲の気配も、元の感じに戻っている。


 それなのになんだ?この不快感は。


 黙って立っているだけなのに何故かイライラとしてくる。

 この異様な空気感はなんなんだ?


 これならあの生暖ったかいのの中にいた方がまだマシだ。


 ここも・・・、町の外れとはいえ静か過ぎる。


 人の気配があるから、人はいるんだろうが・・・、息を殺して潜んでいるような?


 とりあえず、大きな通りを目指して進むか。


 道なりに適当に進んでいると、狭い道を塞ぐようにたむろしている男達が居た。


 何か嫌な事でもあったのか妙に殺気立っている俺達。人数は三人か。


 狭いといえど、譲り合えばすんなり通れるくらいの広さはあるんだが・・・、譲ってくれそうもないな。


 引き返して別の道を行こうかと思った所で、男の一人と目が合った。


 不機嫌そうに眉を寄せた顔が、気持ち悪い笑に歪んだ。


「おぅ、待ちな兄ちゃん」


 しまった。面倒なのに絡まれたな・・・?


 なんだこいつら、三人とも顔が腫れてる。


 俺に声を掛けてきた奴は目元が、その奥にいる二人は右の頬と左の頬をそれぞれ腫らしている。


 殴られた?


 三人とも腰から剣をぶら下げ、揃いの皮鎧を身につけていて、いかにも荒事には慣れてますよ、といった雰囲気を出してはいるが、その腫れた顔が全部を台無しにしてるな。


 男達がニヤニヤと汚い笑みを浮かべながら近づいて来た。


「おぅ、兄ちゃん迷子か?行きたい所があるなら案内してやるぜ?ちっとばかし案内料は貰うけどな」


「いや、いらん」


「おいおい、人の親切は受け取るもんだぜ?俺らぁこう見えてもここの衛兵なんだ。おめぇみてぇな若造が一人で歩いてちゃ、すぐにガラの悪りぃのに絡まれちまう。悪りぃ事は言わねぇから案内されな?」


 親切に案内料はねぇだろうが・・・衛兵?


 よく見れば揃いの皮鎧の左胸に同じ紋章が焼印されていた。

 衛兵ってのは本当・・・なのか?


「いや、全くもって必要ない。というか、俺が金持ってる様に見えるか?」


「つれねぇ事を言うなよ。全く持ってねぇって訳じゃねぇだろ?それに・・・随分と高そうな腕輪してるじゃねぇか。別にそれでもいいんだぜ?」


 ・・・。


 本当に衛兵かどうかは知らんが、これじゃチンピラと何も変わらんな。


「おい、なんとか言えや」


 どんっと肩を小突かれた。


「びびっちまったのか?黙って言う事聞いてりゃ痛い思いしなくて済むんだ。とっととその腕輪寄越しな」


「面倒臭ぇ」


「ぁあ⁉︎」


 凄んで睨んでくる顔をそのまま張り倒した。


 スパァンといい音がした。


 普段、身長差の激しいダルガとしかやってないから非常に殴りやすい。


「死んだぞてめぇ!」


 何か前にもそんな事を言われた事があった気がする。


 顔を張られた男が、青筋を浮かべて腰の剣を引き抜こうとした所を、左右に頬を張った。


 スパパンといい音がした。


「てめぇ!」


「ぶっ殺してやる‼︎」


 一瞬、呆気にとられていた奥の男二人が慌てて剣を引き抜こうとしている所を、間合いを詰めてそれぞれの頬を張ってやる。


 パァンパァンといい音がした。


「こ、この野郎」


 やっと剣を引き抜き、振り上げた男の頬を思いっきり張る。


 バチィィィンと・・・


 怒り任せに振り下ろして来た男の剣を躱して頬を張り、突いてきた剣躱して頬を張り、逃げようとした男の先に回り込んで頬を張り、謝って下げる頭を持ち上げて頬を張り、叩かれまいと顔を隠した腕を弾き飛ばして頬を張った。


「すいませんすいませんすいません」


「ごめんなさいゆるしてください」


「もう頬が限界なんですごめんなさいごめんなさい」


 ・・・やり過ぎてしまった。


 おかしいな。ここまでやるつもりなんかなかったのに、何で俺はこんな奴らにここまでイライラしたのか?


「ひぃ⁉︎」


 見ただけでひと塊りになった男達が抱き合って震えている。


「なぁ、お前らよ」


「は、はいぃ!すいませんすいません、か、金は少ししか持ってないんですが、この金は・・・」


 カツアゲじゃねぇよ!


「お前ら、衛兵なんだよな?」


「は、はいっそうです。安月給なんです。ですからお金は・・・」


「金はいいよ。金はいいから普通に答えろ。治安が悪いのはここだけか?お前らみたいな不良衛兵は多いのか?」


 男達が揃って顔を見合わせた。


 ただ張り過ぎたせいでどんどん顔が腫れ上がってきているのが無残だった。


「今は・・・どこもこんな感じだ」


「今は?」


「昔はこんなんじゃなかったんたよ」


「そうな。ここは国のはすれたし、土地たって痩せてるし、交易も弱いし、びんほうな領地たけほ、すさんてなんかなかったんた」


 ・・・なんかすまん。

 頬が腫れて凄い喋りにくそうだ。


「あー、先に謝っておく。すまんな」


「いや、元はと言えは俺らが」


「いや、そうじゃない。今からの事を先に謝ってんだ」


「へ?」


 万知さんに頼んだ治癒の文様を三人の顔に素早く打ち込む。


「ひっひぎっ⁉︎」


 この文様は患部に直接打ち込む事により、治りを格段に早くしてくれるのだが問題があり・・・体力の消耗が激しい事と・・・。


「あっいぎぃっ‼︎」


 とても痛いらしいのだ。


「ちょっと痛いが我慢しろ。すぐ治るから」


「ちょ、ちょっとじゃねぇぇぇぇぇぇ‼︎」


 そのようだ。


 まぁ五分程でおさまるはずだ。

 それまで待っててやるか。

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