方策
回復魔法。
それは自己回復力を高め、傷や病気の治りを加速的に早めてくれる奇跡の技だ。
但し、自己回復力を高める。というように万能なものではない。
特に低位の回復魔法は掛けられた本人の体力の消費量も激しい為、乱用が難しく、重症である場合、逆効果となる場合もある。
高位の回復魔法であれば、本人の体力の消費も抑えられるらしいのだが、自己回復力を高める、という点では同じらしい。
そして、万知さんに作ってもらった回復の魔石だが、これには中位程度の回復魔法と同じ効果があるそうな。
これは体力のある者であれば余程な重症でない限り、効果が見込めるということなのだが・・・。
フーカの顔を掴み、よく観察する。
「ひぃっ!じ、ジン様⁉︎」
赤くなった所がポツポツと腫れ、フーカの頬を抑えている手から高い熱が伝わってくる。
「あ、あの・・・」
「フーカ」
「ひ、ひゃいっ!」
「大丈夫か?どんどん赤く熱くなってるぞ」
「いっ・・・。いえ、問題ありません。今、問題なくなりました」
??
「そうか、大丈夫ならそれでいい。だが、回復の魔石を使ったら、悪化した。それで間違いないな?」
「はい・・・そうですね。急に全身がぞわっとして痒くなりました」
「分かった」
これは・・・マズいな。
回復魔法は回復力を上げるもの。それが悪化するという事は、黙っていても悪化していくって事だ。
子供に使う前に分かったのは僥倖だが、なんの解決にもなっていない。
苦しげに息をして、寝ている子供を見る。
ヒューヒューとした細い音が、さらに細く、笛の音の様に高い音に変わってきていた。
急がないと間に合わない。
だが、どうする。どうしたらいい。
せめて原因が分かれば・・・。
悪魔の森の方を見た。
村を囲む一定のラインを境に、煙が白い壁の様に包んでいる。
煙の壁の向こうが、悪魔の森。
見に行く必要がある・・・な。
けど、その前に。
「おい」
子供の側に座り込んでいる男に声を掛けた。
顔が腫れ上がっていて表情は読み取れないが、生気のない目をしている。
その目がゆっくりと俺に動いた。
「おい、水はどこだ?」
流刑地とはいえ、人が生活でいる場所だ。近くに井戸なり川なりがあるはずなのだが、見当たらない。
男はゆっくりとした動作で腕を動かし、俺たちが来た方向とは逆の方向を指差した。
「三十分ほど歩いた先に・・・川がある」
・・・さんじゅっぷん?
あ、ホントだ。
二キロ程行った所に小川っぽい気配がある。
って、遠いわ!
やり方が陰湿過ぎてイライラして来た。
水を取りに行きたいが、今は手持ちの水でなんとかやろう。
「おい、おまえら水は俺が用意するから桶なり甕なりなんでもいいから水を溜められる物と綺麗な布を持ってこい」
辛そうな所を申し訳ないが、動けるうちは働いてもらおう。
次に・・・。
「ビリィ?」
ビリィがぼんやりと空を見上げていた。
が、様子がおかしい。
どこかピリッとした空気を纏って・・・何かを警戒してる?
ビリィが無言のまま俺に顔を向け、目の動きだけで合図したきた。
目配せした先には森の木々が見えてる。
その先に何か居る?
気配を探りつつ、視界を飛ばす。
・・・。
気配は・・・掴めない。
何か居そうではあるが・・・。
ゆっくりと、じっくりと視界を広げて森を注視して・・・居た。
木の上に気配を消して村の様子を探ってる奴が。
こいつが火を付けたのか?
しかし、よく見つけたな。俺じゃ見つけられんかったわ。
ビリィに視線を戻すと、どうする?と言いたげに首を傾げた。
とっ捕まえるのは簡単だが、あいつが火を付けたという証拠はない。
「様子見だ。動いたら後を付けて探ってくれ」
小さな声で告げると、ビリィはニヤリと笑い、動いている魔族の人らの中に紛れて見えなくなった。
程なくビリィの気配がつかめなくなった。
うーん。
森が絡むとこの上なく頼もしいな。
「桶、用意した。これでいいか?」
気付くと男達が両手に陶器っぽい桶と、布の束を両手に抱えて持ってきていた。
「あぁ、そこに置いてくれ、水を入れるから弱ってる奴から拭いてやってくれ」
持ってきた桶に次々と水を注ぎ入れる。
少し驚いた顔をされたが、声に出して何か言う気力はないようだ。
「水膨れを潰さないようにやさしくな。フーカ、後は頼む」
「どちらか、行かれるのですか?」
子供の服をはだけさせ、やさしく身体を拭いていたフーカが顔を上げて聞いてきた。
「森の様子を見てくる」
「お伴します」
「いや、フーカはここに残って他の奴らに指示を出してやってくれ」
丁度子供を抱えたダルガが戻ってくるのが見えた。
「ここの人らは皆体力的に限界だ。マオとダルガも使って出来るだけ清潔に保てるようにやってくれるか?」
マオは魔族の女性達の手や顔を拭いてやって居るが、女性でははだけさせる訳にもいかない。
ちゃんと拭いてやるには衝立のようなものも必要だ。
どうやっても人の手は足りてないんだ。
まぁ、すでに腫れてきているフーカを煙に晒したくない。というのが一番だが。
「分かりました」
フーカも自分が付いて行っても足手まといなる事くらい分かっている。それでも言わずにはいれなかったんだろう。
「それじゃクグル、行くぞ」
投げ落とした所にぺったりと座り込んでいたクグルに言った。
「ぇー。ご主人様、僕ももう魔力が枯れかけてて・・・」
「あの程度で動けなくなるような玉じゃない事は分かってる。枯れかけてた魔力も大分戻せただろ。歩かなくてもいから猫に成って肩にいろ」
「もう、本当に悪魔使いが荒いんだから・・・」
渋々といった感じにスルスルと猫になったクグルを掴んで肩に乗せる。
「それじゃ行ってくる。後は頼んだ」
「はい、お気をつけて」
フーカに手を振って森へ向けて歩いた。
フーカになら任せて大丈夫だろう。
問題は・・・。
「森に行って、どうにかなるの?」
そこなんだよなぁ。
「原因が分かれば最低限の対処の仕方くらいは分かるかもしれん。回復魔法が使えない理由くらい分かればいいんだが・・・」
「雲を掴むような話だねぇ」
「まぁ、分からんなら分からんで仕方がない。次の手を考えるだけだ」
「次の手?」
「あの場所から離してやらない事には良くなるものも良くならんからな。いつまでもマオに結界を張らせてる訳にいかないだろ?」
「そうだけど、契約で縛られてるんだよ?無理矢理離したらどんなペナルティがあるのやら」
「その契約で縛ってる相手って誰だと思う?」
「そりゃ・・・ここの領主じゃない?」
「なら、その領主をどうにかしちまえばいい訳だな」
肩の上で猫がピクリと跳ねた。
「どうにか?ここの国に何か用があって来たんだよね?その前にお尋ね者になる気?」
なんか声がうわずってるな。
「そこはお尋ね者にならねぇように考えるさ」
「んふー」
なんだその声。
「随分と楽しそうだな」
「んふふ、それはそうさ。ただのお堅い人間様かと思えば、我を通す為ならさらっと悪党な真似をしでかそうとする。ご主人様はアレだね。考え方としては僕たちに似てるんじゃないかな?」
随分と人聞きの悪い事を言う。
「悪党も何も、正義も悪もどっちからどう見るかだけの違いしかないだろうに。裏っ返しゃ同じ事だろ」
別に正義の味方を気取る気もないが。
「そうかもねぇ。でも、なんでそこまで肩入れすんのさ。労苦ばっかりで見返りなんて何もないよ?」
「それが分からんから、お前は悪魔なんだろうさ。曲がった事は許さねぇなんて、さらさら言う気もねぇが、それでも非道を見て見ぬフリもしたくねぇってのが人間ってもんだよ。それに仲間が助けてくれってんだ。大義名分はそれだけありゃ十分だろ。
それに・・・」
「それに?」
「神にでもなったみたいに、偉そうに踏ん反り返ってら奴の鼻を明かすってのは、それだけで楽しいもんだろ?」
「んふふ、ふふっ。どうやって鼻を明かすのか楽しみだなぁ」
楽しみにされても困るんだが・・・、まぁいいか。
「そろそろ結界を抜けるぞ。一応息は止めておけよ」
「はーい」
村の端、目の前には真っ白な煙の壁がある。
ここを抜けて行けば悪魔の森だ。
そのまま、歩く速度を緩めず結界を抜けて煙の中に入った。




