悪魔の森
空気の壁を抜け、煙をかき分けて進む。
煙がわだかまっている所はさほど多くはなく、すぐに視界が開け・・・、見えたのは一面真っ茶色の世界だった。
思わず息を飲んだ。
そこらに生えている草や木の葉がみんな茶色い。
目の前に垂れ下がっている木の葉に触って見ると弾力があった。
枯れている、という訳ではないのか。
変色?
木の葉を一枚引きちぎって見たが、中は青い。
燻製された感じに近いのか?
そう考えて触って見ると葉の表面が少しべたついている感じがある。
何がどうしてこんな事に?
茶色い草を踏み分けて先に進む。
すぐにズポンの裾が黒く汚れ始めた。
煤・・・じゃないよな?
どっちにしてももうこのズボンは履けないな。洗っても落ちる気がしない。
「もうそろそろ悪魔の森に入るよ」
「ん」
進むにつれて見える木の種類が変わり始めた。
太い、高い木が少なくなり、所々枯れた木が見える中で、若木がちらほらと見えるようになった。
細い、ひょろりとした若木が高く伸び、枝から青い若い芽が葉を広げて伸びている。
この辺はあまり変色してないみたいだが・・・、なんか見覚えのある木だな。
畑の近くにもよく生えてた気がするんだが・・・?
これはなんの木だったか。
森の中をさらに進んでいくと、さっきの木がどんどん増えてきた。
あの木はよほど強いらしい。
明らかに他の木を圧倒して侵食していっている。
「これが、悪魔の木か」
普通に考えて有り得ない。
広葉樹・・・だと思うが、一つの枝に連なるように葉をつけている木が、針葉樹を圧倒して勢力を広めるとか・・・。
こんな異様な森、というか木は初めて見た。
さらに先に進み、悪魔の木ばかりになった頃、ようやく火元に着いた。
そこはなんというか・・・地獄みたいな光景が広がっていた。
ブスブスと白い煙をあげるドロドロとした黒い水溜り。その水溜りの真ん中に悪魔の木の形をした真っ黒い塊が立っている。それが目の前いっぱいにいくつも立ち並んでいる。
木が・・・黒い樹液を吐き出している?
そして・・・なんだ?
木の足元が不自然にボコボコしている。
ズブズブと樹液溜まりに足を踏み入れ、黒くなった木に近づく。
粘り気の強いドロドロとした樹液に足を取られながら、ボコボコとしたそれに触れた。
思いの外、簡単に取れたその樹液にまみれたそれは・・・木?
いや、これは半分炭化した薪か‼︎
つまり、悪魔の木を焼く為に薪を積み上げ、火を付けたのか。こうやって火のついた薪を悪魔の木が樹液を出して消す事を知ってて・・・。
・・・ムカつくなぁ。やり方が陰湿過ぎる。
しかし・・・、なんかこの木、見覚えがあるんだよなぁ。
畑の近くにも生えてたっけか?いや、こんな感じのデカい木はなかったけど。
なんだろう?
ドロリとした樹液を出す木で、その樹液は糸をひくほど粘り強くて、匂いは・・・特にしない。
うーん、なんか見てたら痒くなってきたな。
・・・痒い?
もしかして・・・。
腕輪を剣の形に変え、目の前の悪魔の木を袈裟斬りに切る。
ズルリと落ちた木の断面から白い樹液が浸み出し、あっと言う間に断面を覆い、黒く変色した。
これ・・・ウルシか?
ちょっと意味の分からないレベルで汁が出すぎてるが・・・、そうだ思い出した。あの若木、漆の若木だわ。
漆の若木だけなら割とどこにでも生えてるんだが、漆の成木って珍しいんだよな。
多分、他の木との生存競争に勝てないからだと思うんだが・・・、この漆はすごいな。明らかに他の木を駆逐して生息域を広げてる。
・・・とすると?あの腫れたり水膨れしてたのは漆かぶれ?
でも、漆かぶれじゃ普通は死なない。
多少酷くても黙ってたら治るが・・・そうか、焼いた煙で喉や肺がかぶれたのか。これはヤバい。
それに漆かぶれって確かアレルギーだったはず。
回復で腫れが酷くなったのはそういう訳か。
長期的に見ればいずれ腫れも引くだろうけど、短期的に自己回復力が上がるだけなら、余計に自滅する速度を上げるだけになるのか。
「ねぇなんか分かったー?」
「あぁ・・・、なぁクグル」
「なーにー?」
「漆器って知ってるか?」
「シッキ?あの木の器に赤とか黒とかの色を塗ったヤツ?」
「それだ。それってどこで作られてた?この辺にもあるか?」
「この辺で作ってるって話は聞かないねぇ。ずっと西の方の国で見かけたかなぁ?」
遠くの国か。
漆は天然の万能塗料だ。
腐らねぇし、水に強い。接着剤にも使える。確か電気も通さない筈だが・・・まぁこの世界じゃあんまり関係ないか。弱点があるとすれば日焼けするって所くらい。
それがこんなに自生してるのに使われてないってのは反応が強すぎて誰も使えなかったからか?
魔獣ですら嫌がるレベルだ。
ありえるな。
「シッキがどうかした?」
「あ?あぁ多分だが、これはその漆器の原料になる生漆だよ」
「なま?それってそんな腫れ上がる物なの?」
「弱いと腫れるな。扱ってたら慣れる物のはずだが・・・、ここの漆はかなり特別なんだろ。普通、よほど弱くない限り、顔の形が変わる程に腫れあがらない筈だ。まぁ・・・悪魔の木とはよく言ったもんだ」
分からなかったら、この症状はかなり驚異だろう。
しかし、そういうのに弱い子供がパンパンに腫れ上がってたのを見た事がある。基本、水膨れをやぶったりしなきゃ綺麗に元どおりになる筈だが・・・、ここまで強いものだと分からんな。
それよりも、喉が腫れたのは不味い。どうにか・・・。
「それって薬とかあるの?」
「・・・ない」
対症療法しかない。
それも喉や肺となると、どう手を出していいのか皆目見当が付かん。
ここまでか・・・。
ふと、苦しげに息をする子供の姿が目に浮かんだ。
年端もいかない子供が死ぬのは遣る瀬無い。
手はないのか・・・。
いや、待て。
万知さんいる?
万知さん、回復の文様を知ってるんだったら、解毒の文様とか、その逆に回復を遅らせる文様とか知ってる?
あぁ、やっぱりあるのね。
じゃ、このドロドロの中にある成分だけ、反応を鈍くする回復の魔石を作れないか?
言ってる意味が分からない?
つまりよ。
この生漆自体は毒じゃないんだよ。あの腫れ上がってるのって、アレルギーっつって、外から入ってきた物に対して過剰に反応して、自分で自分の身体を壊す事をいうのさ。
えっと、あれだ。
魔素が身体に入ると熱を出して追い出そうとするだろ?
それを過剰にした反応が、無毒な物に対しても起きてしまう。それがアレルギーなんよ。
「ご主人様?」
理解していただけたようでなにより。
それでどう?やれそう?
ん?
うん、毒はないと思うんだよね。
まぁ、元の俺の世界の漆の話になるんだけど、漆の若芽って食えるんだよ。
俺は食った事ないんだけどさ、漆の芽ってタラの芽に似てるんだよ。
まぁ、木が違うから地元民が間違って食う事はないんだけど、芽しか知らない山菜採りに来た奴がちょいちょい間違って採って行くんだよね。
けど、ついぞ死んだとか食中毒をおこしたとか聞いた事ない。
それより、美味かった。なんて言ってくる程でな。
まぁ、悪魔の木なんて呼ばれてるし、ここの漆に毒がないって話にはならないんだが・・・、ここは先はもう賭けに出るしかない。
成功以外にあの子達が助かる道はないんだから。
やるしかない。
「ねぇねぇ、急にどうしたの?ご主人様」
こめかみの辺りにふにふにとした物が押し付けられてて気持ちいい。
肉球かな?
まぁいいや。
魔石?魔石を使うのか。分かった。
取り出した魔石をドロドロとした樹液の中に落とし、人差し指を添えた。
人差し指から糸のような光がいくつも走り、魔石を包んだ樹液ごと、浮かび上がった。
やがて光が着て消え、ふにふにとした樹液の塊が手に残った。
これが・・・、対悪魔の木用の治癒魔石、か。
「それなーにー?」
これで本当に治るのか、はたまた裏目に出るのか・・・試すしかないな。
「ねーねー」
肉球は気持ちいいが、ムカつくな。
・・・。
「なぁクグル」
「なーにー?」
「お前、どこか痒くなってたり、息苦しいとかどこか熱いとかないか?」
「ないよー」
「そうか」
残念だ。実験台に丁度いいと思ったのに。
「あれ?今もしかして試そうとした?」
「当たり前だろ。何かしらの効果があるのは確かだろうけど、どういう結果になんのかは分からねぇんだから」
「うわー酷いなぁ。それって僕だったら何してもいいって事じゃない。ちょっと酷過ぎない?」
「そうだなぁ・・・確かにお前は生物じゃないもんな。俺らみたいな生身と一緒にするのは失礼だな。改めよう」
ちらりと肩に視線をやるとクグルと目が合った。
「や、やだなぁ。僕も生物だよ?生き物だよ?ほーらこんなにいたいけだよ?」
ならば何故に目をそらすのかな?
「でも、殺しても死なないよな?」
「ま、まぁ・・・、契約で存在が成り立ってるから、しょうめ・・・死なないかな?」
消滅って言いかけたな。
そうかお前の場合、概念が死じゃなくて消滅か。
「そもそもお前に毒とか効くのか?」
「ベースがご主人様だから、ご主人様が効くのなら効くんじゃないかな?」
「死なないのに?」
「死なないのと、痛いか痛くないか話が違うでしょ!」
ゴスッゴスッと肉球で叩かれた。
「ていうかさ、むしろご主人様に毒とか効くの⁉︎」
「さあ?俺も普通じゃねぇってのは分かるんだが、どこまで普通じゃねぇのかは分からん。俺がベースってんならどこまで人なんだ?お前」
「うーん、子供は作れるよ?」
「作った事あんの?」
「僕はないけど、人族の子供を産んだ奴も人族に子供を産ませた奴も知ってるから、そのくらいには人だよ。まぁ今は猫にされてるけど」
「その子供は人・・・なのか?」
「あーベースは人だったけど、中身はちょっと違ったかなー。一人はとんでもない魔力を受け継いじゃって英雄みたいになっちゃってたなー、結果的には殺されちゃったけど。あと魔法の研究にのめり込みすぎちゃって死んじゃった子もいたなぁ。あと他には・・・、あぁでも、あんまり面白くないけど、普通に生きて普通に死んだ子もいたよ」
面白くないの意味が分からんが。
「よく分からんってのがよく分かったよ」
「子供なんてそんなものじゃないの?」
「そうかもな」
さて、無駄話はここまでにして・・・、あとは何かする事があったっけか。
一応、樹液・・・というか生漆か、これも多少持って行っておこう。複製にも使うが、本当に漆として使えるなら色々と便利な筈だ。
「それじゃ戻るぞ。走るから振り落とされたくなかったらちゃんと捕まってろよ」
「にゃーん」
火も消えてるし、もうすぐ煙も立たなくなるだろう。もうここには用はないな。
まぁ、シラミ潰しにすればこんな仕掛けを組んだ奴の手掛かりが残ってるかもしれないが、今はそんなことしてる暇はない。
振り返り、とんっと地を蹴って走る。
「それでさぁぁぁああ!」
走り出した勢い振り回されてか、肩の猫がうるさい。
「なんだよ」
「誰に一番に使うのさ?」
んなもん決まってるだろ。
「フーカ」
「おやおや、あんな可愛い小狐ちゃんを実験に使おうってのかにゃ?ご主人様も中々に酷い人だにゃー」
こいつ。
「フーカに何かあれば、俺が責任を取る。けど、魔族の奴らじゃ、俺じゃ責任を取りきれん。それだけだ」
「おーぅおーぅ、あんな可愛い子の責任なんて、ご主人様ったらもしかしてフーカちゃんを責任なんて言葉でたぶら」
「せいやっ」
肩の猫を掴み、思いっきり振りかぶって地面に叩きつけた。
「にゃんぱらり」
とすっと軽妙な音を立てて着地した。
あの勢いから喋りながら着地するとか・・・こいつただの猫じゃねぇな。
「ご主人様ったら乱暴ー」
「次からは着地出来ないように手加減しないで投げるように心がけるわ」
中身が悪魔でも、持ってるのが猫かと思うと、どうしても加減しちまうな。気を付けよう。
「ちょっとやめて、今のも結構ギリギリだったんだから、本当に死んぢゃう」
嘘くせぇ。
横を走っていたかと思うと、クグルは木に跳ね、三角飛びに俺の肩に戻ってきた。
「けど、ご主人様。その気があるなら別にいいけど、その気がないのにあんまり優しくしちゃうと・・・.酷だよ?」
・・・ん?
「フーカが俺に・・・そういう感情がある・・・か?お前にはそう見えるのか?」
「見えなきゃ言わないよ。本人に自覚があるかは知らないけどね」
・・・うーん。




