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罪無き罪人

 森を走り抜け、程なくして木で作られた建物が見えた。


 雨露をしのげるだけといった粗末な小屋。その中から苦しげな気配をいくつも感じる。


 この小さな平屋建ての小屋の中に何人入っているのか・・・。

 環境は想像以上に悪いようだ。


 小屋を横目に入った村の中は、さらに粗末な小屋がひしめく様に乱立していた。


 村として家を建てられる場所が極端に少ないんだな。狭い範囲に小屋が密集しすぎてる。


 網目の様に細かい、整然とは程遠い道を走り、中央辺りに着いた。


「クグル。煙は追い出せたか?」


「大体のところはいけたよ。残りは風を吹かせて飛ばしちゃうから、後の事はマオちゃんよろしくね」


「任されたわぇ」


 いつの間にか現れたマオの言葉を合図に、風が吹いた。


 さほど強い風でもないのにギシギシと小屋が鳴る。

 ともすれば一瞬でバラバラになりそうだ。


 その風の中でマオは両手を広げ、呟いた。


「我と共に」


 その瞬間、風が止まった。


 何が・・・起こった?


(凄いなぁ。無防備だったとはいえ、僕が支配していた空間をそのまま奪われちゃったよ)


(奪われた?)


(僕のやり方は周りを自分の魔力で満たす事で空間に干渉して、それをそのまま動かして風を起こしてたんだけど・・・。

 僕の魔力そのものに干渉して一度に広範囲の空間を自分のものにしちゃったのよ)


 何を言ってるのかよく分からん。


「すまんのぅ、丁度よかった故、利用させて貰ったわぇ」


 俺の頭の上に向かってマオが話している。


「中々やるねぇマオちゃん。君は風の属性持ち、って事でいいのかな?」


「かの魔王とは違っての」


 なんかこいつらピリピリしてんな。

 魔王とか別にどうでもいい話だろうに。


「煙はもう入って来ないのか?」


「それは大丈夫じゃ、この村の周辺の大気は儂が停滞させておる。外から入ってくる事はまずないぇ」


「停滞かー、それなら魔力もあんまり使わないもんねぇ」


 というか、もう肩車してる必要はないな。


「降ろすぞ」


 しゃがもうとした所でモモで顔を強く挟まれた。


「ほら、急に動くと危ないよ!そんな事言って、年頃の可愛い娘の太ももに挟まれて」


 ふんっ。と地面に叩きつける様に落としてやった。


「ぷきゃっ⁉︎」


 気の抜けた声を上げてはいるが、綺麗に受け身をとって転がり素早く立ち上がった。


「危ないよ!僕じゃなかったら怪我してるよ⁉︎」


 なんで、アレで怪我しないんだよ。


「怪我しそうな奴にはやらねぇが、怪我しそうなやつはそもそも肩車されてる所でふざけないから安心しろ」


「それもそうだね」


 理解が早すぎるだろ。別にいいが。


「それよりも・・・」


 周囲を見回す。

 結構騒いでいるが、誰も出てくる気配がない。


 近く小屋からこちらを伺う視線はいくつも飛んできているが・・・。なんだろうか、怯えられてる?


「誰も出て来ませんね」


 ぽりぽりと頬を掻いているフーカが言った。


 弱ったな。この状況は予想外だった。


 もっとバタバタとしているものと思っていたんだが・・・。


 村の中は静まり返り、息を潜めてこちらを伺っている様だ。

 家々からはゴフゴフとした苦しげな咳をする音だけが聞こえる。


「とりあえず、どこか尋ねてみるか」


 そう言って目の前の小屋に視線を移すと、わずかに開いていた戸がピシリと閉まり、ガタガタと音がした。


 どうしようもない程の拒絶反応。


 うーん。困った。


 いや、困らないか?

 する事がないなら帰ればいい。無理に何かしてやろうという気もないんだから。


 しかし、ここまでハッキリと拒絶する理由はなんだろうか?

 それだけが気になるが・・・。


 と、考えていた所でガタガタと後ろの方から音がした。


 振り向くと小屋の戸が開き、一人、出てくるのが見えた。


 その人の姿を見て、釈然(しゃくぜん)としなかったものが、ストンと落ちた。


 擦り切れてボロボロになった継ぎはぎだらけの服。水膨れて腫れ上がった顔や手。

 そして、額から突き出している捩(ねじ)くれた角。

 つまりは・・・。


 魔族だ。


 ここは魔族の流刑地だったのか。


 ふと、視界を飛ばしてマオを見た。


 マオは真っ青な顔をして呆然としていた。

 もしかすると、ここに居るのは三百年前に勇者に倒されたっていう魔族の、その生き残りなのか?


 すでに滅んでいる。と聞いたのはマオの口からだったか・・・。


 目の前に現れた魔族の男は俺に向かって深々と頭を下げて口を開いた。


「人族様がかような地に、いかなる御用向きでありましょうか」


 思わず言葉に詰まった。


 頭を上げ、俺を伺う様に覗き込んでくる目が、完全に怯えている。


 卑屈を通り越して、哀れな姿だった。

 悲嘆するでもなく、恨むでもなく、ただひたすらに諦めている。

 生きた屍。

 そんな言葉がすっぽりと嵌(はま)ってしまうほど、目の前の存在が強烈に悲しかった。


「俺は・・・旅の冒険者だ。山火事を見かけたら集落があったんで手助けに来たんだが・・・」


「そう・・・ですか。ありがたいお申し出ではありますが・・・、お引き取り願えませんでしょうか」


 非常に丁寧だが・・・さもありなん。


 ここが本当に流刑地なのであるなら、俺の様な人族は恐怖の対象だろう。

 ここ、人族の領地だし。


 早く帰って欲しい気持ちは分からんではないのだが・・・。


 ふと気になりマオに視覚を飛ばすと、無言のまま歩き出していた。


 子供の姿からゆっくりと変わっていき、俺と魔族の男の間に立つ頃にはすっかり大人の姿になっていた。


 ただ、前から知っているマオの姿ではなかった。


 黒い髪をなびかせたバンキュッボンのキャバ嬢ではなく、赤い髪を肩の辺りまで伸ばし、額から一本の角を生やした若い娘だった。


 見知らぬ娘姿になったマオが俺に向けて頭を下げた。


「私からお願いいたします。どうか、この方達を助けてください」


 理解が追いつかん。


 突っ込みたい所だらけだ。


「おぉ・・・、呪縛から逃れた同胞が・・・居たのですね」


 どうしようかと考えていた所で、それを見ていた魔族の男が、目を滲ませながらなんか語り出した。


「もはや滅ぶ定(さだ)めと諦めていたのだが・・・、我らが一族を繋ぐ者が生きているたのですね。

 それを知る事が出来た。それだけで・・・今日(こんにち)まで生き延びた甲斐がありました。どうか、どうか同胞をよろしく頼みます。我らは」


「やかましい。自己完結してんなボケ」


 魔族の男を放置して、魔族の男が出ていた小屋を覗く。


「あっ、何を⁉︎」


 まだ少し煙(けむ)い、狭い小屋の中に五人も魔族たちが居た。さっき出て来た奴も含めれば六人も住む小屋なのか・・・。

 土の上に藁を敷いただけの簡素な寝床に、苦しげな息遣いで寝ている魔族の老人と小さいのが一人、他に土の上に直接座ってる男が三人。みんな見える肌が腫れ上がり、水膨れが出来ていた。


 そして小屋の中に物が無い。

 水が入っているっぽい壺が二つあるばかり。


 確かにこの狭さだ。

 全員が横になって寝られない程の広さしかないんだから余計な物を置く余裕もないだろうが・・・。

 それにしてもなさすぎだろう。


「やめてくれ!」


 後ろから肩を掴まれた。


「もういいんだ。我々はもう追われて虐げられる生活に疲れてしまったんだ。今ここで生き残ったとしても辛い奴隷以下の苦しい生活が繰り返されるだけなんだ・・・。もう帰ってくれ」


 悲痛だ。

 心が痛い。


 肩を掴む魔族の男の後ろにマオが見えた。


 スカートをギュッと掴み、悔しそうな泣きそうな顔で唇を噛んでいる。


 ふむ。


「俺は仲間に助けて欲しいと頼まれた。頼まれた以上は全力で助けてやる。死にたいんだったら助けられた上でまた考えろ!」


 掴まれた手を振りほどいて小屋の中に入り、苦しげに寝ている子供を見た。


 パンパンに腫れ上がった顔。僅かに開いた口からヒューヒューと細い呼吸が聞こえる。


 呼吸音がおかしい。

 ともかく、まだこの煙い小屋の中は良くない。そっと抱きかかえて小屋の外に出た。


「煙は毒だ!早く戸を開けて換気しろ‼︎具合の悪い者は場所を作って外に寝かせろ!動ける者は手伝え!早くだ‼︎」


 早口に大声で叫んだが、小屋の中で人が動く気配はあるが、戸が開かない。


「おいっお前も手伝え!」


 呆然と立ち尽くしている魔族の男の尻を蹴飛ばした。


「な、何を・・・」


「何を、じゃねぇよ。煙が毒なのは分かるだろう。とっとと換気するように説得して回ってこい‼︎あと動ける奴で回復魔法を使える奴がいたら集めろ!」


「ま、魔法は使えない・・・。契約で魔法を使う事を禁じられているんだ」


 どこまでも陰湿だな。おい。


「わかった。魔法はいいから換気するように説得してこい。ダルガ、弱っている奴がいたらここに連れてこい。それとこいつがつべこべ言ったら遠慮なく尻を蹴とばせ!」


「分かった」


 ダルガがいい笑顔で返事した。


「ひいっ」


 おい、ダルガの笑顔に怯んでる場合じゃねぇぞ。


 ダルガに追われるように魔族の男が別の小屋の方に走り、マオとダルガがその跡をついていくのを見届けた後、敷物を出して子供を寝かせる。


 脇に水の張った桶を出して布を濡らし、子供の顔を拭いてやる。


「フーカ、お前も・・・」


「は、はいっ!」


 フーカの様子が何かおかしい。

 どこかそわそわしているように身体をまさぐり、頬を掻いている。

 そういえば、さっきも頬を掻いてたか。


「フーカ、ちょっと来い」


「えっ?あ、はい!」


 と、走り寄って来たフーカの顔をよく見る。

 さっき掻いていた頬が赤くなっている。


「フーカ、痒い・・・のか?」


「はい、何かさっきから急に・・・」


「息苦しいとかはあるか?」


「いえ、特にはありません」


 これはもしかして、初期症状か?真っ先に変化が出るとしたらダルガかと思ってたが・・・。ダルガは平気そうだった。


 そういえば、ダルガには回復の魔石を持たせたままだったか。


「フーカ、ちょっとコレを持って」


「はい」


 持っている魔石に、ダルガに渡した物と同じ回復の文様を刻ませて渡す。


「どうだ?」


 フーカの手の中で魔石が淡く光る。


 それを見つめていたフーカは、


「ひゃっ⁉︎」


 と声を上げて魔石を落とした。


「どうした⁉︎」


「き、急に寒気が、それに身体が痒く・・・」


 両手で自分の身体を抑え、身悶えているフーカの顔がまだらに赤くなってた。


 明らかに状態が悪くなっている。


 これは・・・回復魔法が効かないのか⁉︎

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