山火事
「うわぁ・・・何してるんですか?アレ」
何やら素っ頓狂な声が聞こえた。
まぁ、見なくてもこんな事を言いだす奴は一人しかいない。
「ちょ、ちょっとあの速さおかしくない⁉︎」
はて?
そこまで驚かれる様な事をしているだろうか?
「やっ、いやぁっ!ダルガ君もなんでアレ受けられるんです?おかしいでしょ⁉︎」
視界の端にビリィの後ろ頭に張り付いてぶつくさ言ってる黒猫が見えた。
何してるも何も、ここの所ほぼ毎朝やってる日課なんだが・・・。
そういえばあいつ、日がな一日寝て過ごしてるから・・・もしかして見るのは初めてか?
猫ならしょっちゅう寝てても別におかしくはないんだが、中身は結構高位な悪魔のはずなんだがなぁ。
「よそ見してるとかっ‼︎隙ありゃっ‼︎」
んなもん無いわ。
ダルガが拳を握る間に腹に二発、打ち出した拳に合わせてカウンターを一発顔に入れる。
パァン、といい音がした。
ダルガが軽くよろけた。
入れたと言っても打撃じゃない。少し派手な音が出る様に叩いているだけなのでほぼダメージはない。
「お前、受けは大分マシになったが、攻撃に入ると途端に雑になるな。力が入り過ぎなんだよ」
「けど、力入れなきゃ倒せねぇだろ」
「当たらなきゃもっと意味ねぇだろ」
「むぅ」
「むぅ、じゃねぇよ。おら、もう一回やるぞ。今度はもう少し早くいく、途中から変化を入れてくから気を抜くなよ」
「げぇっ、ち、ちょっ」
待たない。
低い姿勢からダルガの内に滑り込み、殴りかかる。
「うぉぉぉぉ!」
それをダルガは必死に受け、時に払い、かわし続ける。
入れるつもりの無い打撃だが、手だけで軽く受けると容赦なく弾かれていい音が鳴る。
入れられない為には、一つ一つ丁寧に、かつ迅速に対応しなきゃいけない。
言葉で言っても中々うまく伝わらないダルガに対して、身体で覚えさせる苦肉の策だったのだが・・・。
これが中々どうしてこっちの方が覚えが早い。
「うわぁ・・・、ダルガ君凄いですね。僕じゃ五秒と持たないや・・・」
ダルガが褒められて、何故かビリィさんは誇らしげにしている。
「でも、ダルガ君だけですか?ビリィさんやフーカさんは?」
「私らは見てるだけだよ」
「どうして?」
「ジンが言うには、戦い方の質が違いすぎて教えられないんだそうだ」
一度、フーカに教えを受けたいと乞われた事があったが、丁寧に断った。
フーカのような魔法を主体とした戦い方も、ビリィのような襲撃を主体とした戦い方も、俺には何が正しくて、何が良くない事なのか判断が付かないからだ。
「何をどうしたら、あんな早く動けるのか、それを教えるだけでも違う気がするんだけどなぁ・・・」
「足、腰、肩、腕。関節って関節を全部一度に動かせばいいんだってさ。感覚として教えにくいから見て感じて覚えろって」
「はぁー・・・あ?ちょっと何?アレ?」
おや、気付いたか。さすがは悪魔というべきか。中々に感がいい。
何とかギリギリで受けていたダルガに、攻撃が入りはじめている。
「目がおかしくなる。動きがズレてない?あ、いや、出ると思った手が出なくて、出ないと思った所から手が出てる⁇いや、分かんない、何をどうやったらあんな動きが出来るの⁉︎」
「不拍っていうらしいよ。自分の動きを無意識下に刷り込ませた後に、見える動きと実際の動きをズラして騙し討ちにするとかなんとか」
「そんな簡単な話⁉︎や、簡単じゃないと思うけど、それだけじゃ説明つかないよ⁇」
「あぁ、なんか重心をズラしてるらしいよ」
「重心?」
「そう、普通は身体の真ん中、大体腰の辺りに重心が来て、動きの起点になって動いてる筈なんだけど、ジンはどうやってるのか足の先の方に重心を持っていってるんだよね。
ほら、今足が後ろの方に伸びてるだろ?今、あの足首辺りに重心を置いてるから、そこを注意して見ると・・・、そこを起点に、ほら動いた」
「うぇぇ、ホントだ」
「外から見るからある程度分かるけど、目の前でやられると、もうサッパリだよ」
「けど、ダルガ君、半分位は受けてるよ?」
「毎日見てるとちょっとづつ分かってくるんだってさ」
「へぇー」
パパァン
いいのが二つ入った。
絶え間なく撃ち込んでる隙間を抜い、反撃して来たところにカウンターを入れたんだが・・・。
「攻撃自体は力みのない、いい打撃だったぞ」
褒めるところはキッチリ褒める。これ大事。
「じゃ、なんで綺麗にカウンター喰らったんだよ」
「そりゃお前、俺の誘いに乗って来たからだよ」
絶え間なく攻撃しているといっても、切れ目が各所にある。ただそれは攻撃を誘ったわざと作った隙が殆どだ。
「マジかぁ」
「反撃しやすい隙があったら全部、罠だと思え。自分がやられて嫌だと思う攻撃は相手も嫌なもんだ。
ま、反撃の隙が見えてきたって事は成長の証だ。次のステップに進んだって事だよ」
「自分じゃよく分かんねぇよ」
まぁ、そんなものかもな。
「まぁ何にしても俺とお前じゃ身長差があり過ぎるからな。俺に有利でお前に不利な間合いの中で、お前はよくやってるよ」
「そっか」
「そろそろ身長差を埋める武器の練習もやった方が良いかもな。お前の得意武器って何よ?」
ダルガが拳を握って振って見せた。
「それ以外だよ」
拳だけだったら変わらねぇだろ。
「ホルトルみたいに棍とか斧とかないのか?」
「武器としては使えない事はないんだけどさ、俺、親父みたいに作る魔法って苦手なんだよ」
「じゃ、それも合わせて練習だな。幸い悪魔っつー魔法の専門家がいる。アイツに教われ」
「猫にか?」
「猫は問題じゃねぇだろ。何だったら可愛い狐っ子に変身してもらって教わるか?」
「・・・猫でいいです。いや、猫がいいです」
「そうか」
「僕に拒否権は?」
黒猫の悪魔、クグルがビリィの後ろ頭から離れ、近くに来ていた。
「ない」
「やっぱりかー」
拒否する気もない癖に。
「さぁ、少し休憩したら移動するぞ」
「うーっす」
ダルガに水を渡して、その辺に腰掛ける。
「そろそろ野菜も水も心細くなってきたからなぁ。どこか町に寄らないと・・・」
収納から地図を取り出して広げる。
「というか、ここどこだ?」
エルフの里から出て夜を明かした時の事。次はどこに向かおうかと地図を眺めながら思案していて気がついた。
目的としているイラルカヤの国が思いの外近かったのだ。
ただ、街道が繋がっておらず、道に沿って行くならばもう一国は跨がなきゃいけない。
今いる場所からちょっとした山と森を抜けた方が、距離的には遥かに近いんだが・・・。
山を越えた所に不穏な地名が書かれていた。
悪魔の森。
思わず黒猫を見たが、本人曰く。
「僕達は関係ないよ」
との事。
「悪魔の森っていうのは正式な名前じゃなく通称だね。普通、森はヌシみたいな魔獣が支配してる事が多いんだけど、この森は違うんだよ。魔獣どころか生き物が一匹も住んでいない森なんだ。
なんでも、この森に長くいると全身が爛れて死んでしまうらしい。
僕も一度行った事があるんだけど・・・何もない普通の森だったかな?」
とまぁ、こんな感じの事を言っていた。
急ぐ旅でもないが、少しばかり気になったので、悪魔の森を見に行ってみよう。
となったのが四日前。
山を登る時にはちらほらと見えた魔獣も、山を下る時にはほとんど見えなくなり、森が近くなった頃には気配もなくなってしまった。
そして目印となる物が全くないので、現在地もよく分からなくなっていた。
「感覚的にこの辺かな?」
山と悪魔の森の間を指差す。
「多分そうだね。悪魔の森にはまだ入ってないと思うからその辺りじゃないかな?」
多少なりとも土地勘がある奴がいるのは助かる。
「このまま進めば、悪魔の森を掠めて・・・少し先に町があるか。そこまで行けば・・・」
「なぁ、悪魔の森の近くって誰も住んでないんだよな?」
「ん?まぁ死ぬって言われてるしな。住んでないんじゃないか?」
「あれ、なんだろ?」
ダルガが指差した先、木々を縫ったずっと奥に煙が立っているのが見えた。
「火事・・・か?」
ダルガか指差した方を見ている間に、ビリィがスルスルと近くにあった木を駆け登った。
「ジン、山火事っぽいけど何か変だ」
変?
ビリィの隣の木に登り、煙の方を見た。
少し遠い所で白い煙がモクモクと立ち上っているのが見えた。
けど・・・。
「何が変なんだ?」
「自然に火事が起こるほど乾燥してないのもあるけど・・・、あそこ、火事になってる所の奥。不自然に森が切り開かれてる。アレ多分集落があるぞ」
何?




