追加閑話 ギルド長は挫けない
ジンという若造がイラクサを発って一日経った。
森のエルフが沈黙せざるを得なかった魔獣の暴走を、自分のチームだけで収めてみせると大口を叩いた若造。
しかもギルドからの依頼でもない、エルフの小娘の頼みだと金にもならん死地に、まるでピクニックにでも行くかの様に出かけて行った。
見所のある若造ではあった。
儂の力にビクともしないというだけで並ではない。
だというのに、あの若さで驕るでもなく、胆力もある。
一体、どんな環境で、どう育てばあんな化け物が出来上がるのか。
だが、十中八九、生きて帰る事はないだろう。
森の魔獣の危険性もさる事ながら、その森を生活の拠点としているエルフ族が手も足も出なかったとは、そういう事だなのだから。
もしも、それが・・・。
もし本当に全てを収めて帰って来る事が出来たのなら・・・。
それは魔鋼級どころではない。
この町から初めての神銀級が生まれるかもしれない。
この国にも当然、神銀級はいる。
いるにはいるが・・・。
それはこの国でトップの冒険者というだけであり、神銀という絶対不変の神の金属の名を冠するに値するかと言われれば、疑問符を浮かべざるを得ない。
それを実力で、しかも儂の元で成り上がったのならば・・・。
そう考えるだけで、自然と笑みが浮かんでしまうというものだ。
どのみち、通りすがっただけの冒険者。
死んだ所で惜しくはなく、生きて帰ってきたのなら儲けものなのだ。
問題は事を成して帰ってきた場合、どうやって囲い込むか、だ。
男を囲い込むなら手段は主に三つ。
金、女、名誉、だ。
金で動くのなら簡単なのだが、話してみた様子からは一番手応えのない選択肢に思える。
なによりギルドからの確定した褒賞に一切の興味を示さなかった辺り、金に困っていないんだろう。
これは逆に、一度囲んでしまえば引き抜かれ難いという利点にもなるから、悪い事ではない。
次に女。
ここで囲えるのが一番なんだが・・・、あの若造が連れていた狐娘。あれはとんでもないな。
美人過ぎる。
いや、美人というほど熟してない、少女と女の間の短い時間にみせる可憐さ・・・というのか?
年甲斐もなく見惚れる所だった。
しかも冒険者としての実力も一定以上の水準に達していた。
あれ、まさか噂に聞く芙狐族じゃあるまいか?
・・・いや、まさかな。
芙狐族は人族を一番恐れているというし、奴隷として使役している感じもなかった。
しかし、あの狐娘の心酔っぷりは見ていて嫉妬に狂いそうになる程だ。
それを軽く顎で使ってみせる様はなんとも、男として羨ましいというか、見事というか・・・。
しかも話を聞くに、まだ他にも犬狼族の娘も仲間として連れているという。
こちらは狐娘とは逆をいくグラマラスな美人だという。
となると、適当な女を見繕って囲い込ませるのは至難と言わざるを得ない。
少なくともあの狐娘以上の器量良しは、儂にゃ見つけられん。
あとは名誉か・・・。
これが一番釣れそうな感じではある。
ただ、残念ながらあの若造は冒険者ギルドを、便利に使える施設、以上の価値を持ってはいなかった。
たぶん、どう上手く口車に乗せた所で、その価値観を大きく膨らませる事は難しい。
神銀級という名誉でも釣れないとなると・・・。
あと残る手段としたら・・・情か。
エルフの小娘の嘆願一つで動いた男だ。
情に訴えかけ、徐々に縛っていくのが最善手だろう。
まぁ、それも結果次第だ。
昨日の内から金級三組と連絡役に銀級三組に声を掛けて、早朝から森の状況把握に出るよう依頼してある。
もうそろそろ連絡が入る筈だ。
しかし、森のエルフ族が無力化されたのは痛い。
少々高く付くが奴らの腕は確かだ。
依頼で森に入るまだ駆け出しの冒険者達の大半は彼らの世話になる。
保護や討伐の補助や援護をしてくれていた奴らの力が今後借りられなくなるとすると・・・、冒険者ギルドを含め、他のギルドにしてもかなりの痛手になる。
新しい育成の方法と、治安維持の方策を考えねばなんか・・・。
頭が痛い所だ。
コンコン
おっとドアがなった。
ようやく連絡が来たか。
招き入れた職員が「途中経過です」と持ってきた書類を受け取る。
思わず口元がにやけた。
途中経過。
それは周辺の森の脅威がなくなり、森の深部へと足を伸ばしている。という事だ。
これは朗報だな。
早速、書類を開き、中を確認する。
書類の内容は周辺からダークキュイビットが姿を消している事、森の内部においてもダークキュイビット、オーグ共にその姿は見えず、魔獣の姿も平時よりかなり少ない事が記されていた。
これは・・・。
あの若造、やりよったか⁉︎
これはいよいよ油断ならなくなった。
まだまだどんな結果が待っているとも限らないが、無事に事を成し遂げた場合を考えて準備する必要がある。
幸いにも戻ってきたならば、酒を酌み交わす約束をしている。
それまでに出来る限りの情報を集め、この町に留まるように仕向けなくては・・・。
情に訴えるならば、エルフ族の状況が鍵を握る。
少しでも下手を打っていたならば、それが弱点となる。
くははっ。
四十五で冒険者を引退してギルドに入り、ギルド長になって五年。齢六十一にしてようやく儂にも機会が廻って来たか!
神銀級を輩出したとなれば、儂もこんな地方ギルドではなく、ギルド本部に・・・いや、それどころではないぞ。
上手く籠絡出来たなら、国の指南役となるのも夢ではないかもしれん。
くははっ。
さぁ、恐らく戻ってくるのは明日か明後日になるはずだ。
それまでに集められる情報を出来る限り集めねば。
情報は速度が命。
馬を借り受けて早馬を立てて・・・。
くふふ。
儂の腹斜筋が小躍りしておるわ。
着々と準備を整え、次々と手を打つ。
もどかしい時間が過ぎ、続々と入る情報は驚くものばかりだった。
まず、永きに渡り聖域とされていたエルフの村。
この聖域の核とされていたのが、実は大昔にエルフと契約した悪魔の半身だったという事。
そして悪魔が半身を取り戻した事により村は長くても半年程までしか存続出来ないという事。
一連の魔獣の異常行動もこの半身を取り戻しにきた悪魔の仕業だという事。
そしてさらにその悪魔をあの若造が調伏したという話。
にわかには信じ難い情報ばかりではあったが、これが真実であるならば、かなり儂に有利に働く。
ただ・・・。
その若造、ジンとその一行はその日の内に、日が暮れているにも関わらず、エルフの村を出たという。
エルフと村が混乱の極みにあり、危険を感じて即村を出た、というのは分かる。
それならば、森の中で一夜を明かしたとしても翌昼にはこの町に着いていなくてはおかしい。
にも関わらず、イラクサに帰って来たという情報が届かない。
どういう訳か。
その後、密に連絡を取り合い、一部のエルフの戦士の抱き込みには成功したが、ジンの足取りは全く掴めなかった。
エルフの村まで強行突破したというジンの一団が、戻る途中、壊滅したとは考え難い。
何かあったのならば、生き残った何人かはこの町に戻って来る筈でだ。
なのに足取りが掴めない、という事は・・・。
目の前に積まれた書類の山を見やる。
エルフの村及びその周辺の森の調査させた結果の産物だ。
そして、この書類の大半は請求書だったりする。
未来の神銀級冒険者・・・その生みの親・・・か。
見果てぬ夢を見てしまったようだ。
最初こそ、欲しい情報がこれでもかと入って来たが、その後は難航した。
特に、ダークキュイビットが何故、あのような連携を取って戦えたのか、またあの石玉の弓をどうやって作り得たのか。
その情報が欲しかったのだが、ダークキュイビットどもが姿を見て消した事により、逆に捜索が困難になってしまっていた。
悪魔の仕業、と片付けてしまうのは簡単だが・・・。詳細が分かれば本部から金を引き出すいいネタになったんだがな。残念だ。
「まぁいい、どうとでもなる」
思わず声に出た。
若造に一杯食わされた。
ただそれだけの事だ。
机の引き出しからガラスの瓶を取り出す。
ジンに飲ませてやろうと置いておいた、とっておきの火酒だ。
蓋を開け、口をつける。
一口含んだ火酒が口の中を、喉を、胃を焼く。
「かぁぁぁっ!」
美味い。
気付けにはこれが一番効く。
多少情報を集めるのに少し金をかけ過ぎたが、無駄な事など一つもない。
何よりエルフ族は丸々残ってるんだ。
情報が新鮮な内に他のギルドに必要な情報を、必要な分だけ売ってやりエルフとの交渉を円滑に進められる様に計ってやる。
エルフ族は色々と使える。
弱ってる今の内に売れる恩を売っておけば今後の共生の足掛かりになるだろ。
さぁ、これからさらに忙しくなる。
今日の美味い酒と、明日の美味い酒の為にやってやるかね。




