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閑話 イルクゥラ(キンパイさん)のその後4

 再び耳を刺すような静寂な森に返った。


 他に伏せた盗賊どもは・・・気を失っている者が大半か。血を吐いた奴はまだ生きてるが・・・、時間の問題だな。


 盗賊なんてやってる奴らだ。別にどんな死に方をしようが知った事じゃない。


 それよりだ。


「あぁ、これは困ってしまいました」


 盗賊の持っていた松明を手に、女が馬車を照らして何か言ってる。


 さっきまでの無表情な女とはまるで別人だ。

 年相応のどこにでもいる不器用な人族の女にしか見えない。


「よっ・・・むむむむっ」


 馬車の車輪に挟まっている木を掴み、引っ張っているが、微動だにする気配はない。


「ひゃっ⁉︎」


 手が滑ったのか、後ろにゴロンと転がった。


 なんとなく、車輪に挟まった木を掴み、グイッと動かす。


 簡単に取れた。


「あぁ、ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げる女。

 調子が狂うな・・・。


「それで・・・」


 急に寒くなった気がした。

 気が付けば女の顔から表情が抜け落ちている。


「盗賊を追い払うのに手を貸してくださり、今また私を助けてくださる貴方はどちら様なのですか?」


 怖えぇよ。

 さっきと今と落差が激しすぎる。


「俺は金級冒険者のイルクゥラってんだ。この先のストゥルムの町に向かってる途中だったんだが・・・あんたは?」


 金の冒険者票を見せると、女の顔に表情が戻り、明るい顔になった。


「まぁ、そうなのですね!実は私もストゥルムに行くところなのです」


 ふと、悪魔憑き、という言葉が頭に浮かんだ。


 魔力の塊そのものである悪魔は、その動き全てに魔力が働くという。

 それは人が魔法を使うために必要な、詠唱や魔法陣を使う事なく、それ以上の魔法を僅かな動きだけで発生させるとか・・・。


 そして、その悪魔に憑かれると、悪魔と同じように魔法を使えるようになるが、それと同時に精神がひどく不安定になるという。


「では、イルクゥラさんはさっきの盗賊とは無関係だったのですね。てっきり暗殺者か何かとばっかり・・・。巻き込んでしまってごめんない」


 勢いよく頭を下げられてしまった。

 なんというか、黙っていればお姫様だが、動くと途端に幼く見えるな。

 しかし・・・、俺は盗賊の仲間か同類に見られていたのか。

 この黒い服、ちょっと変えた方がいいのかもしれない。


「あぁそうだイルクゥラさん。冒険者であるというのなら、私に雇われませんか?」


 行く先が同じな訳だし、俺としても都合がいい話ではあるのだが・・・、断りたい。

 悪魔憑きと一緒など、夜の森を駆ける方がまだマシだ。


「あぁ、魔獣の心配であれば、ドラゴンでも出てこない限り襲われる事はありませんので大丈夫ですよ。魔獣用に威圧の結界を張るので・・・、ただ、思ったよりも人には効果が薄い様でして、盗賊に襲われてしまいましたが・・・」


 結界?


 はにかんだ様な照れ笑いをする女。


 あの妙な不安感に襲われたのも、夜の森だというのに魔獣の気配がしないのもコイツの結界のせい、という事か?


「あんたは・・・何者なんだ?」


「あぁ、そういえば名前を言っていませんでしたね。失礼しました」


 わざとじゃなかったのか。


「私はアンネマリー・パウル・ハウゼンベルグと申します。この先の町、ストゥルムで従者の選定をする予定になっておりまして・・・、どうしても明日の昼までに行かなくてはならないのです」


 ・・・。


 とある貴族の子女ってお前か‼︎


 っとすると?こいつがジンに繋がる唯一の道・・・?

 しかし、なんかどこかで聞いた事のある名前だな・・・。


「あの・・・」


 いや、おかしい。

 俺が人族の名前を覚えている訳がない。それなのに聞いた事がある?

 それなら余程の有名人でしかありえない。それこそ王族・・・。


 バチンと自分の中で何かが嵌る音がした。


 思わず身体が動く。

 全身を駆け抜ける激情が俺に剣を抜かせ、女の胸元に切っ先を突き付けさせた。


「お前っ王女か‼︎」


 先の紛争の主犯。その勇者とかいうゴミの血筋。


「元、王女ですよ」


 そのまま心臓目掛け、刺し込もうとしたはずの剣がピタリと止まった。


 切っ先は既に食い込んでいる。

 切っ先からジワリと白いドレスを赤く染め始めていた。


「どうしました?あともう少し差し入れるだけで、私を殺せますよ?」


 優しく微笑んでいる女。


「反抗・・・しないのか?」


「あなたの怒りはきっと正しいものです。ですから、殺したいと思うのであれば、それは甘んじて受け入れようと思います。

 ・・・生き残った王族として」


 分からん。

 分からんがどうしようもなくムカつく。


「王族なら、その責務があるんじゃねぇのか?」


「世界を混乱に陥(おとしい)れかけた事の責任というなら、私の命で問題はないかと。私としても勇者の血は残すべきではないと思いますから」


 なんだコイツ。ただの死にたがりか?


「学校に行くために従者を募ってるんじゃねぇのかよ」


「はい。私を殺すと約束してくれた方が、約束を果たす前に居なくなってしまいましたので・・・、その約束を果たしてもらう為に」


「・・・それがジン・・・か」


 女の目が大きく見開いた。


「何故!それを⁉︎」


 突き付けられた剣に構う事なく俺の胸ぐらを掴みに来た女に、思わず剣を離してしまった。


 カチャッと音を立てて剣が落ちた。

 危ねぇ。殺す気がなくなったところから本当に殺しちまうとかねぇわ。


「貴方は彼を、ジン様を知っているのですか‼︎」


 こんな女でもここまで取り乱すのか・・・。

 しかもジン様って・・・あいつ一体何者なんだよ。


「知ってるよ。諍(いさか)いの上で殴り合った仲だ」


「では、今どこに⁉︎イラルカヤに向かったというのは」


「待て、落ち着け。ジンがどこに行ったのかまでは俺も知らねぇんだ」


 ハッとなった女が、俺の胸ぐらから手を離し、後ろに下がった。


 そうか、ジンの向かった先はイラルカヤか。

 この女は学校に行くのが目的らしいし、ジンも学校に行ったのか?

 まぁ、それは行ってみれば分かるか。


 行くべき場所が思わず分かった所で、この女はどうしよう。

 殺したい程に憎んでいた勇者の血筋だが・・・、なんかもう殺す気も失せた。


 まぁ、従者の話はもういいが、礼がてらに送るくらいはしてやってもいいか。


「さっきの話だが・・・」


 剣を拾い、鞘に納めて顔を上げると、女の顔が無表情に戻っていた。

 俺を見据える目が冷たい。なんだ?今度はどうした⁉︎


「貴方は・・・ジン様と殴り合いをしたと、言っておられましたね?」


「そ、そうだ」


 女の周囲から冷たい風が吹き荒れる。


「あなたは・・・、ジン様の敵・・・ですか?」


 濃密な魔力。それが冷気を帯びて周りを凍らせていっている⁉︎

 さ、寒い‼︎


「ま、待て、敵じゃない。味方でもないが、敵ではない。断じて違う」


 女の身体がフワリと浮いた⁇

 魔力の厚みだけで浮くとか、どんだけ魔力持ってんだよ‼︎


「私は従者を募っているとは言いましたが、学校に行く為の、とは言っていません。何故、知っていたのですか?」


 ・・・あっ⁉︎


「あなたはジン様を追う為に、私を利用しようとした。違いますか?」


 兄貴は貴族にならなきゃ教えられないと言った。それはつまり、国レベルでヤバい話って事だ。

 コレ、なんとかしておかないと兄貴に迷惑が掛かる・・・。


「あなたは何故、ジン様を追うのですか?答えなさい」


 嘘を吐いたら即、殺されそうな気がする。別にやましい事をしてる訳じゃない。正直にいこう。


「俺は・・・、ただ知りたかっただけだ」


「知りたい?」


「あぁ、俺はこれでもかなり強えぇんだよ。魔鋼級に上がるのも間近って言われててな。それがどうよ。ポッと出てきた人族に簡単にあしらわれちまった」


 つか、本気になったこの女にも勝てねぇな。俺最強とか言って笑ってた昔の俺をぶっ飛ばしてやりてぇ。


「グウの音も出ねぇくらいの完っ敗よ。だからよ、気になっちまったのさ。なんつーか上手く言えねえけどよ、これからどこに行って何をすんのか、見てみたくなったのよ」


「・・・」


 フワリと浮いていた女が地に降りた。凍りつきそうな程寒かった風が少し和らいだ。


 一応、信じてくれたみたい・・・かな?


「分かりました。あなたを従者として雇います」


 はぁ⁉︎


「ちょっと待て、なんでそうなった⁉︎」


「イルクゥラさんでしたね、あなた私の従者選定を受ける為にストゥルムに向かっていたのでしょう?では、別に構わないのではありませんか?」


 バレてたか。いやまぁ、バレるか。


「確かにそうだが、選定はこっちにも選択権があるんだ、そんな一方的な」


「断ると言うのなら、ジン様の情報を漏らした者がいると、あなたの国に抗議します」


 なんてこったい、完全に首根っこ抑えられてるわ。


「あなたの取れる選択肢は二つのみ、私の従者となるか、私を殺すか。

 いえ、私に殺されるか、という選択肢もありますか」


 選択権がねぇのと一緒じゃねぇか!


「私の従者となるのであれば、ジン様がどこから来て、何故強いのか、という点については教えて差し上げられますよ?」


 それ、従者だからって言っていい話なのか?


「俺を契約で縛る気か?」


「そんな事はしませんよ。話を聞いた上で逃げたりしたなら・・・、敵であると確定されるだけです」


 よりエグい。

 それ地の果てまで、死ぬまでお前に追われるって事だろ。


「あぁ、そうですね。どの選択肢を取るのか聞く前に一つ、聞きたい事がありました」


「・・・なんだよ」

 

 まだあんのかよ・・・。


「何故、私を殺すのを躊躇(ためら)ったのですか?」


「・・・なんでだろうな。なんでかは分からねぇけどよ、お前は違うって思ったんだよ」


「違う?」


「俺は人族が嫌いだが、皆殺しにしてぇって訳じゃねぇ。人族にだっていい奴がいるのは知ってる。

 まぁなんて言っていいか分からねぇが・・・少なくとも、刺さされてんのに笑ってられるような奴は違う。そう思ったんだよ」


「そうですか」


「それより、お前は死にたいのか、死にたくないのか。どっちなんだよ」


「そんなの・・・、私にだって・・・分かりませんよ」


 うぇ⁉︎

 女の顔がくしゃくしゃになり、ポロポロと泣き出した。


「けど、私が、私達が犯した罪は余りにも多すぎる。私一人、その罪を背負って生きていくには大きすぎるんです」


 こいつは・・・裁かれたいのか。


 少なくとも俺に裁く権利はないな。けど、殺してくれると約束したというジンにはあるんだろうか・・・。

 まぁ、俺の考える事ではないか。


 両手で顔を覆い、泣き崩れるかと思った女はピタリと泣き止み、


「お恥ずかしい所をお見せしました」


 と、軽く頭を下げてみせた。

 もうさっきまで見せていた高圧的な姫の顔に戻ってる。


 なんとなくだが、こいつを殺せなかった理由が分かった気がする。

 こいつも立場は違えど被害者なんだ。それをあの笑顔から感じたんじゃないのか。

 多分だが。


 どちらにしろ殺さなくてよかった。


「それで、どうしますか?」


 腰から剣を鞘ごと外し、片膝を突いて姫さんの前に置いた。


「あんたの従者になるのはいいが、一つだけ約束してもらいたい事がある」


「なんですか?」


「ジンと会うまで、何に襲われようとも、絶対に死を受け入れないと、約束してくれ」


 なんとなくだが、こいつを絶対に、ジンに会わせなきゃいけない。

 そう思った。

 それまで、絶対にこいつの死に顔を見たくない。


 女は、姫さんは目を閉じて、ゆっくりと頷いた。


「分かりました。約束します」


「よし、それじゃ俺は今から姫さんの従者だ。よろしくな」


「ええ、よろしくお願いします」


 と、姫さんは優雅にお辞儀をして見せた。


 人族嫌いを公言していた俺が、その大嫌い筆頭である勇者の血筋の従者になる。

 俺は神なんてものは信じちゃいないが、もしいるのなら性格が捩じくれてるに違いない。


「それではイルさんお願いしますね」


「イルさん?」


「イルクゥラって呼びにくかったので・・・嫌でしたか?」


「いや、それが呼びやすいならそれでいいよ。俺も姫さんって呼ぶけど、構わねぇな?」


「はい」


 変わった女だ。

 人族の貴族ってなもっとお堅い連中だと思ってたが、こいつは俺の今の実家並みにフレンドリーだな。


 ただ、敵と認識されると一瞬でためらいなく殺されそうだから、そこだけは気をつけるとしよう。

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