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閑話 イルクゥラ(キンパイさん)のその後3

 フェルディナンド伯爵領は国境線に近い町だが、人族の王都からは微妙に遠く、また俺たちの国と隣接はしているが、間に魔獣の住む森があったため、直接の戦闘にあまり関わらなかった所だ。


 王命をのらりくらりと躱し続け、出兵を最小限に抑えていた。

 なんて噂も聞いたが詳しい事はわからん。


 ただ終戦後、未だに混乱している都市が多いと聞く中で、真っ先に適応した都市であるのは間違いないんだろう。


 とはいえ、人族嫌いを公言していた俺が、人族の町に行く事になるとはなぁ・・・。


 何があるかは分からんものだ。


 まぁそれはさて置くに、これからどうするか。


 本来なら森の手前で夜を明かし、日が昇ると同時に森を駆け、フェルディナンド領に入るのが無難だ。


 だが、これをすると安全性は高いのだが、かなり時間がギリギリになる。

 休む間も無く選考に入るのは少々キツい。


 逆に、夜の森を抜ける覚悟で走れば夜明け前にはフェルディナンド領に入れる。


 これなら十分な休息を取った後で選考に望めるのだが、夜に活発になる魔獣の森を駆け抜けるというのはかなりの危険を伴う。


 魔獣に一匹も会わずに抜けられる可能性なんて限りなく低い。

 最低でも二、三度、多ければ森の中にいる間中、襲われるだろう。

 それに森の浅い所には盗賊も多い。


 森を抜けるのに失敗した奴らの残骸を漁ったり、時には徒党を組んで商隊を襲う盗賊どもはある意味、魔獣より厄介だ。


 もうすぐ森に差し掛かる。


 森の中程まで入った頃に日が暮れるだろう。


 どうするか。


 ・・・。


 いや、そうだな。

 明るいからといって魔獣や盗賊に出会わない訳ではない。

 それに俺の影魔法は夜と相性がいい。

 まぁ、だからこそ殺し屋みたいと言われるのだが・・・。


 よし、突っ切るか。


 なんとなくだが、拳を構えたあの人族に感じた恐怖を思い出すと、夜の森がやさしいものに思えた。


 アレを耐えられたんだから、夜の魔獣もなんとかなる気がする。


 姿勢を少し落とし、さらに加速して森の中に突っ込んだ。


 日が暮れかけた森の中はもう十分に暗い。


 ふとするとすぐ側の木陰から何か飛び出してきそうな感があるが・・・。


 なんだ?


 生き物の気配がしない。


 あまりに気配がなく、あまりに静か過ぎて逆に気味が悪い。


 目に暗視の魔法を掛けて暗闇に備える。


 何もないに越した事はないが、なんかヤな予感がするな。


 思わず足が速くなる。


 なんだ?

 緊張してる?俺が?


 おかしい。

 夜の闇ってだけでここまで緊張したことなんか一度もない。

 不気味だ気味が悪いだなんてのは冒険者の仕事をしてれば、さして珍しい事ではない。


 なら・・・なんだ?

 なんなんだ?この湧き出してくる不安感は。


 何かいる?

 そうか、何かいるのか。


 思わず足を止めた。


 このまま進めば、この不安感を煽ってくる奴に必ず行き会う。

 間違いない。


 行くか、引くか。


 自分の中の何かが引けと訴えかけてくる。

 これには従った方がいいな。


 森の外で夜を明かし、出直そう。

 それでもまだ何か居そうな・・・。


 その時、耳が痛くなる様な静寂の奥から何か物音が聞こえた。


 物と物がぶつかり合う様な、鈍い音。

 それからやや遅れて馬の鳴き声が聞こえた。


 俺より先に走って行っていた何かが居た?

 馬と物音なら、馬車か?


 引き返そうと思っていた足が、自然と前に出ていた。


 助けるとか、そういう感情ではない。

 ただ、安全に不安を煽る何かを確認出来るかもしれない。そう思った。


 出来るだけ音を立てずに速く走った。

 もう暗視の魔法無しにはまともに前も見えない暗闇の中で、それは直ぐに分かった。


 森の中で明かりを点けている一団が見えた。

 その明かりの中心に馬車がチラチラと見える。


 近くの木に飛び移り、木と木を渡りながら状況を伺う。


 何だ?

 何か変だ。


 最初は馬車を中心とした一団が足止めを喰らっているのかと思った。

 だが、そうじゃない。


 松明を持った一団が武器を構えて馬車に向かって何か言っている。


 馬車は人族が好みそうな派手な感じの物だ。伯爵とか、それに準ずる奴らがよく使いそうな上等そうな馬車。

 なのに・・・護衛がいない?


 それとも、盗賊に襲われたんじゃなく、護衛に雇った奴らに裏切られたか?


 いや、馬車を襲ってる連中は、まかり間違っても護衛してくれそうな、マトモな連中にゃ見えない。


 とすると、豪華な馬車が護衛も連れず単身で森の中に突っ込んだ?


 とすりゃ盗賊に襲って下さいって言ってるようなもんだ。

 そんな馬鹿貴族、助ける義理はないんだが・・・何故だ?目が離せない。


「ひっひぃぃ!」


 哀れな程ガタガタと震えていた御者が手綱を離して走り出した。


 一瞬、盗賊どもが慌てたが、御者の姿がすぐに闇に紛れて見えなくなった。


「おい!御者が逃げたぞ!諦めて出てこい」


 リーダーらしい大柄な男が馬車に向かって叫んだ。

 慌てた盗賊どもも、逃げた御者よりも馬車の中にいる奴の方が大事だと気付いたようだ。


 それに魔獣の多い夜の森を逃げ切れるとは思えない。追うだけ無駄だろう。


 パチパチと松明の火が爆ぜる音だけが寂しく響く森の中で、馬車が軋む音を立てた。


 中の人が動いたんだろう。


 カタリと音がして、馬車の戸がゆっくりと開いた。


 その瞬間、俺の心臓が跳ねた。


 痛い位に激しく心臓がなる。

 胸を押さえて必死に鎮めようとするが、治らない。呼吸だけが荒くなる。


 馬車から出てきたのは若い人族の女だった。


 腰まである長い金色の髪。小さい顔。大きな目。白いだふっとした服を着た人族の女。身体の凹凸はそんなにねぇが、なんつーか品があるというか、花のようなやわらかそうな感じだ。人族の顔はよく分からねぇが、美人にはちがいないだろう。


 それを証明するように下品な笑いと口笛がそこかしこから上がってる。


 だが・・・本気か!?


 俺はあの女を見た瞬間に確信した。


 森に入ってからの違和感。

 森を走るにつれて湧き上がる不安感。


 その全ての原因はコイツだ。


 森の中で魔獣の気配を感じないのはコイツの所為だ。コイツから垂れ流れる異様な気配を恐れて、魔獣はみんな逃げたんだ。


 怖い。

 ただ黙って突っ立っているだけの、風邪が吹けば倒れそうなか細い女だっていうのに、恐怖が抑えられない。


 こいつらはこの女から何も感じないのか⁉︎


「げひゃひゃ、お貴族様のお嬢さんがこんな所を急いで何処に行くってんだい?」


 リーダーっぽいのが女に近付く。


「俺らが安全な所まで案内してやるぜ。まぁ・・・なんだ。お代は高く付くかもしれねぇけどなぁ」


 聞くに耐えない笑い声が上がる。


 ダメだコイツら、何も分かってねぇ。


 女の目が細くなる。


「うぉぉぉぉ!」


 急な大声に驚いた。


 自分の声だった。


 気が付けば木の上から跳ね、リーダーっぽいのに剣を振り下ろしていた。


 そうだ。

 これ以上の傍観はダメだ。


 俺もコイツらの仲間だと思われかねない。

 直ちにコイツらを排除して、この女に敵ではないと示さなければいけない。


 リーダーっぽいのを一撃で屠り、返す剣で近くに居た男の首を跳ねる。

 空いている左手を振って影を飛ばして少し離れた所にいる盗賊二人を撃った。


 よし、四人殺った。

 残りは八人。


「な、なんだてめぇ!」


「どこから出てきやがった!」


 それぞれ武器を手に取り、吠えちゃいるが腰が引けてる。


 後は適当に散らしておけば。


「やめなさい」


 静かな声だった。

 女らしい、耳に残る優しい声だが、その質は違う。


 心臓をじかに掴まれるような緊張感と背中にのしかかる重圧に、一瞬にして膝が崩れそうになった。


「っ」


 声が出ない。


 周囲を見渡せば、盗賊達がみな這いつくばっていた。

 メリッメリッと骨が軋むような音と呻き声が聞こえる。


 なんだ?これは。


 魔法?

 こんな魔法、見た事も聞いた事もない。


 何より魔法の兆(きざ)しがなかった。


 この女、何をした?


 重い身体をどうにか動かし、後ろの馬車を、その前に立っている女を見た。


 女は手を腹の辺りで組み、何事もなく立っているだけだった。


 ただ、あの目。

 ゴミか虫でも見る様な蔑(さげす)んだような、憐(あわ)れんだような目でぼんやりと周囲を見ている。


 それは人を見る目じゃない。


 ベキベキッと音がした。


 音の方を見れば盗賊の一人が血を吐き、痙攣しているのが見えた。


「もう、やめ、て、やれ」


 口が重い。

 うまく開かねぇ。


 女の方にもう一度向き直る。


「もう、あいつらに・・・戦う、気力なんざ、もうない。・・・やめてやれ」


 女と目が合った。

 早鐘の様に打ち鳴る心臓が痛い。


 女はやや不思議そうに俺を見ると、軽く手を横様に振った。


 途端、重圧が消え去り、不安を煽る様な気配もなくなった。

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