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閑話 イルクゥラ(キンパイさん)のその後2

 話はすんなり通ったのか、アルレンの案内でそのまま執務室まで通された。


「それでは私は失礼します」


 と帰ろうとするアルレンに


「お前は入らないのか?」


 と聞いてみた。

 一応、弟ではあるが家を出た身。その上帯剣したままだ。


「いえ、せっかくの水入らずを邪魔しては私が怒られてしまいます。それにイルクゥラ様も込み入った話があるのでしょう?私は仕事に戻りますゆえ、ごゆっくりどうぞ」


 と言うと、そそくさと帰ってしまった。


 まぁいいか。


 扉をノックすると、中から「どうぞ」と聞こえた。


 戸を開けて中に入ると、机を前に書類に目を通している兄貴が見えた。


 書類からチラリと鋭い視線を俺に向け、


「来たか」


 と呟いた。


 変わりなさそうで良かった。

 表情の変化の乏しい、誤解されやすい兄貴だが、よく見ればちゃんと表情の変化が見て取れる。

 僅かに目尻と口角が上がっているこの表情は兄貴で言うところの満面の笑み。といったところだ。


 正直、俺もこの表情の変化が分かるようになるまで、一年以上かかった。


「忙しい所をすまないな、兄貴」


 兄貴は書類を傍らに置き、ふんっと鼻で笑った。


 これは照れだ。言葉にするなら気にするな。といったところだ。


「話は聞いたよ、やられたそうだな」


「・・・知ってたのか」


 これは驚いた。

 兄貴から口を開くのも珍しい。それに王都から近いとはいえ、昨日の今日でもう話が来ているのも驚いたが、それ以上に驚いたのは兄貴の笑顔だ。


 俺が自分で言うのも何だが、兄貴は俺を猫可愛がりしている。

 てっきり怒るとか、そっちの方の感情かと思ったが・・・。


「生きていてよかった」


「っ⁉︎」


 思わず言葉に詰まった。

 兄貴はやはり、ジンという人族を、その実力を知っている。


「兄貴!ジンって奴を知っているのか⁉︎」


 兄貴の動きが止まった。無表情のまま、俺をジッと見ているこの感じは・・・、思案?している⁇


「イルクゥラ」


「なんだ?」


 兄貴は机の上にある水差しからコップに水をいれ、一口含み、コトリと置いた。


「イッ君」


「やめて。もうそんな呼び方される歳じゃないから」


 あぁ、もう。そんな鋭い顔しながらシュンとするなよ‼︎


「イルクゥラ」


「なんだよ」


 やり直し・・・、したのか。


「貴族になる気はないか?」


 またその話か。

 何故かよく分からんが、兄貴は俺に子爵の席を譲りたがる。

 妾腹の子が貴族になるってだけでも大変だし、それに俺は貴族にも領地経営にも向いてない。

 というか、兄貴は自分が寡黙なのを気にしちゃぁいるが、それで人付き合いがダメって訳じゃない。

 この人は言葉こそ少ないが、それ以上に人を安心させる何かがある。

 言葉を交わさずとも、ただ一緒にいるだけで安らぐというか、落ち着かせる空気を作る達人だ。


 それは本当に稀有な才能だ。

 そんな兄貴から譲られたって上手くいかないのは目に見えてる。

 それに俺自身、やれる自信がないんだから尚更だ。


「兄貴、前にも言ったけどな?俺にゃ・・・」


 あれ?なんかおかしい。


 ふと思い出した。兄貴は話を途中で折るような事をしない。

 それに目がいつも以上に真剣だ。


 と言う事は、これは話を切ったり、変えたりした訳じゃなく?・・・とすると。


「兄貴・・・。俺が貴族にならなきゃ話せないような事なのか?」


 兄貴が少しだけ目をそらして椅子に腰かけた。


 これは“はい”って意味だ。しかも、少し後ろめたい“はい”だ。

 国から情報統制がかかってる。そういう事なのか?


 なにもんだ。あのジンって奴。

 いや、ティルフス王女が関わってる以上、そういう事くらいはあるかもしれないか。

 少し見立てが甘かった。


「すまん兄貴。言えないって事は分かった。それでも何か・・・言える範囲でいいんだ。ジンって人族がどこに行ったのか、何をしようとしているか、なんでもいいから、些細な事でもいいから教えてくれ。別に復讐しようとか、そんなんじゃないんだ。ただもう一回、会いたいだけなんだ・・・。頼む!」


 兄貴は動かない。

 表情も変えず、ただジッと俺を見てくる。


 これは拒否だ。


 ただ、やや迷っている感じはある。


 兄貴はふと僅かに目をそらして閉じた。


 これは・・・、ギリギリ教えていい、ギリギリの何かを見つけたな?


 もう少し押せば・・・折れてくれる?

 うぅ・・・だが、俺もあまり兄貴を困らせたくない。


 この屋敷に来てからの三年間は、本当に兄貴には世話になった。

 世間というものから貴族社会、魔法から剣の技まで、何から何まで教えてくれたのは兄貴だ。


 お前みたいな弟が欲しかったと言われた時は、本当に涙が出た。


 俺が屋敷を出る決心を後押ししてくれたのも兄貴だった。

 すまん兄貴。不甲斐ない弟で本当にすまん。


 けど、兄貴。

 俺も譲れない、譲りたくない物があるんだ。許してくれ。

 この手だけは使いたくなかったが・・・、仕方ない。

 絶対に迷惑はかけないから・・・。


 二度、深く息を吐き、口を開く。


「ろ、ロラ・・・ちー」


 やべぇ!吐きそうな程に恥ずかしい‼︎


 だが、効果はあったようだ。

 兄貴の耳がピクンと跳ねた。


 姿勢を変えて、両手を口元の前で組み、膝をつく。


「今・・・なんと言った?」


 やばい!これ以上ない程にテンションが上がってる‼︎


 これは、俺も腹をくくるしかない。


「頼む、教えくれロラちー。ほんの些細な事でも構わない。ジンに繋がる道を教えてくれ!」


 やべぇ!顔から火が出そうだ。


 兄貴の目がカッと見開かれた。

 この反応は初めて見る。どんな状態なんだ?


 見開かれた目がゆっくりとすぼみ、そして閉じた、

 なんか、ホッコリしてる?


 しばらくジッとしていた兄貴は、やがてゆっくりと動き出し、引き出しから一枚の紙を取り出して、俺に向けて差し出した。


 なんだろうか。


 その紙を受け取り、確認する。


 内容は・・・求人?


 とある貴族の子女が遠方の大学校に入る際の従者兼護衛として一名募集。


 しかもコレ・・・。


「兄貴、これ公国になった人族の貴族の護衛じゃんか」


 兄貴、俺が人族が嫌いなの知ってるだろ?


 兄貴は何も言わない。

 ただ、俺をジッと見つめるだけ。


「これがジンに繋がる唯一の道だと?」


 兄貴は動かない。

 これが兄貴が教えられる、唯一ジンに繋がる道だというのならそうなんだろう。

 兄貴から伝わる緊張感が、かなり危ない道だと言っているようだ。


 場所はフェルディナンド伯爵領、ストゥルムの町。公国内だが、割と近いな。

 選考日は・・・明日の昼⁉︎ギリギリだ!


「ありがとう兄貴、行ってくる!」


 乗合馬車とか使ってる暇はないな。走って行く方が早いが、護衛の選考だ。体力をある一定以上残しておかないと・・・。


 ふと見た兄貴の耳がペタンと寝ていた。

 落ち込んでる?

 しまった⁉︎


「あ、ありがとう、ろ、ロラッち。行ってくるよ」


 か、噛んだ!


 けど、兄貴の耳がピンッと伸びた。


 ・・・。


 何かを考える様に、僅かに耳が動いている。


「行ってこい」


 人を視線だけで殺しそうな鋭い眼光。

 よく分からないがかなりご満悦のようだ。


 ・・・。


 うん。兄貴がいいんならいいんだろう。


「行ってくるよ」


 そう言って俺は部屋を出た。

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